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松重豊が語る、複雑怪奇な「俳優」という生き物の性 「改めて自分は変人だなと思います」

リアルサウンド

20/10/25(日) 12:00

 俳優・松重豊が初著書となる小説&エッセイ集『空洞のなかみ』を出版した。テレビドラマ『孤独のグルメ』シリーズ、『アンナチュラル』『きょうの猫村さん』、映画『アウトレイジ』シリーズ、『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』などで、実力派として高い人気を誇る松重が書き下ろした本著は、連作短編小説「愚者譫言(ぐしゃのうわごと)」と週刊誌『サンデー毎日』で連載中のエッセイ「演者戯言(えんじゃのざれごと)」の2部で構成。現在、向井秀徳をはじめ11人のミュージシャンと共作する、本書の読み聴かせ朗読ムービーを収録したYouTubeチャンネルも公開中だ。

 「57歳にして色んなものに初挑戦中」という松重に、執筆の際の胸の内を直撃。「俳優とは表現者として歪みを抱えている」と語る松重の魅力が詰まった本書にまつわるエピソードに始まり、「俳優は空っぽな器」との役者論、その気づきに出会った40代前半の出来事など、多くを聞けば聞くほど、俳優・松重豊という“器”のユニークさが伝わってきた。(望月ふみ)【記事の最後にサイン入りチェキのプレゼント企画あり】

松重豊、小説&エッセイ『空洞のなかみ』を語る

自粛期間に小説を執筆し、「最初に出そう!」と最速出版

――本書は、連作短編小説「愚者譫言」と、エッセイ集「演者戯言」の2部構成になっています。小説部分は、新型コロナ禍による自粛期間があったから生まれたとか。

松重豊(以下、松重):まさにコロナの自粛で、ステイホームで何もすることがなくて、書いちゃったんです。でもきっとみんな暇で、こういうのを書いている人もいっぱいいるでしょうから、秋から冬口くらいに雪崩を打って出てくるぞと思ったので、「最初に出そう!」「埋もれてなるものか!」と急いで出しました。

――(笑)。自粛期間に書かれてもう出版ですからね。

松重:「先を越されたか」と思う奴が大勢いると思います。とにかく暇だから、みんなが何をやっているのか気になるし、ひょっとしたらものごい表現が出てくるかもしれない。僕は書くだけじゃ物足りなくなって、「朗読してYouTubeに出そう」とか、だったら「ミュージシャンも巻き込んじゃえ」とかやり始めてしまいました。今はそれが非常に面白くて、日夜YouTuberとして充実した日々を送らせてもらっています。57歳にして、いろんなものにデビューさせていただいていますね。不謹慎ですけど、自粛期間があったからこそです。

俳優は表現者として“歪み”を抱えている

――小説、エッセイともに楽しませていただきましたが、特に小説パートは変化球といえる構成で驚きました。

松重:僕は直球のつもりで書いてるんですけどね(笑)。世間一般の方はきっと、「俳優が何を書くんだろう」と思われるでしょうね。

――俳優である主人公「私」の自己問答になっていて、それぞれの短編が「はて、私は今何の役を演じているのだろう」といった具合にスタートします。読みようによっては推理モノのようでもあり、とても新鮮でした。

松重:改めて自分は変人だなと思いますね。いわゆる素直ないい子の俳優さんではなく、非常にひねくれているんですが、いい意味で変態なのかなと。俳優というのは、ミュージシャンとか絵描きさんとかとは違って、自分の表現したいものを100%表に出すことはない。脚本だったり監督だったりと、色んなフィルターを通したものを、自分の言葉のように喋っているだけ。そこに表現者としての“歪み”というものがあるんです。年齢とともにどんどん蓄積されて経験値としても溜まっていったそうしたものを、ひとつひとつ掘り下げていって遊んだのが、これらの短編小説です。

――俳優さんが、俳優を主人公に小説を書くというと、たとえば役作りの苦しみとか、現場でのエピソードといったものが綴られそうです。しかし本書はそうではなく、「私」がまるで記憶喪失のような状態でポンと現場に放り込まれます。

松重:よく作品のインタビューで、「役作り」について聞かれますが、僕はもともと役を作らないタイプの役者で、「この役はこうだから」といったことを考えないようにしているんです。それが究極になると、「俺、今日は何の役をやってるんだ?」となる。昔、丹波哲郎さんが「俺は良いモンか、悪いモンか。君はいい奴か、悪い奴か」みたいなところからセリフを言われていたという話を聞きますが、それで素晴らしい演技が出てきたりもする。その裏付けのなさみたいなもの、“空っぽさ”というのを、僕は俳優の在り方として悪くないと思っているんです。

――究極の役者論でしょうか。

松重:それが正解かどうかは別ですよ。今回の「私」も誤解の中で失敗してますからね。でもこの仕事をやっていて、そこの面白さも含めて、俳優業というもののバカバカしさ、くだらなさというのが、魅力でもあるかなと思うんです。

ひたすら自分の歪みと向き合う時間は幸せ

――“空っぽ”という言葉が出ましたが、衣装や共演者、状況設定などで役が作られていく様が感じられて面白いです。

松重:役と向き合って自分を追い詰めることで何かを生み出していくみたいな、そういう方もいらっしゃいますけど、そういうことばかりじゃない。役者ってすごく外枠でできているし、その外枠に縛られたりして、戸惑っている日常があったりするんです。でもそういったことは、あまり知られていないので、読み物として面白く出せればと思いました。

――“空っぽ”という状態を伝えようとすることによって、より松重さんのキャラクターが見えてきます。毒を吐いたり自虐的だったり。それらがユーモアに包まれている。執筆されていて、ご自身が見えてきたりは?

松重:ステイホーム中だったので、向き合うものは自分しかない。自身の性格の悪さとか、性根の曲がり具合とか、今までは人と作業をすることで折り合いをつけてきたものにも折り合いをつけなくてよくて、ひたすら自分の歪みと向き合えばいい。非常に楽でした(笑)。さらに小説というフィクションですから、野放しに自分の歪みと向き合えるわけで、非常に幸せでした。この本が売れてくれれば、まだいくらでも書くことはあります。

――そうなんですか! 1日1編のハイペースで書かれたと聞きましたが、まだいくらでも書けると。

松重:そうですね。こういった妄想を24時間考えていていいよと言われて、そこで物語を紡いでいくというのは非常に楽しい時間です。

小説だから何でもアリ。ハリソン・フォードと共演も!

――後半に収録されているエッセイ部分をもともと書かれていたことは、小説を書く助けになりましたか?

松重:エッセイのお話をいただいたとき、最初は“聞き書きで”というオファーだったんです。でも「いやいや、自分で書きます」と、自分で書き始めました。そのエッセイをそろそろ本にしますかという話が出たのがコロナ騒ぎコロナ禍の直前でした。何かを足して本にしましょうということで、「インタビューを入れますか?」とか打ち合わせしてるうちに、ポンっと家に篭らされちゃった。書くことが自分のなかで苦痛じゃないと分かっていたので、「じゃあ何か書くか。フィクションだな」と。ノンフィクションだと書いちゃいけないこととか、書いちゃいけない人とかいっぱい出てきますが、フィクションならなんでもありですからね。それこそ『スター・ウォーズ』でもハリソン・フォードでも書いちゃえばいい。

――まさに作中で共演されていました(笑)。小説ですからね。

松重:自由です。それが楽しくて楽しくて。家に居ながらユニバーサル・スタジオに行けました(笑)。エッセイを書かせていただくうちに、「もっと出したい」「もっと書ける」という欲求が出てきた。もっともっと世間の反感を買うような怒られるようなこともどんどん出てくるぞと(笑)。それで小説を。自分本来の性格の悪さと変態性が如実に出ましたね。

勝手に「タイトルは26文字で」との縛りを決めて

――後半のエッセイ部分も楽しく読みましたが、各章のタイトルにも目が行きました。「背が伸びる秘訣をと問われたらとりあえず牛乳と答えるよ」とか「定食屋の奥に並ぶ宇宙人の眼差しにライス大盛りを完食す」など、すべて26文字で書かれています。

松重:エッセイって、何マス何行でというのが連載のときに決まっているんですが、そういう縛りが僕は意外と悪くない感じがするんです。それでそれぞれの題名に関しても、何文字と決めて書いてみようと。そこに面白みを感じてしまうんですよ。

――では松重さんご自身が考えられた縛りなんですね。

松重:はい。勝手にやりました。26文字に詰めて行こうと。人から与えられるセリフではない、自分で作る言葉遊びを、書くことによってやってみようと。その遊びが非常に面白かった。

――縛りがあるからこその遊びですね。今回、エッセイでも小説でもご自身の過去を振り返られたと思いますが、「こんなこともあったなぁ」と特にしみじみしたエピソードはありますか?

松重:いろいろ振り返って、本当に書けないことがいっぱいあるなと再確認しました(笑)。フィクションとはいえ、この思いをしたことはさすがに書けないなとか。これは完全にオフレコだなとか。そういう話がいっぱいありまして。何しろドロドロした暗黒の世界なので。

――ええー! そうなんですか!?

松重:キレイなところばっかりじゃないですからね(笑)。でもだからこそ面白いんですよ。魚はキレイな水の中ばかりには住めない。僕らはある程度の濁りのなかで生きているので。その濁りの面白さというのを、ほんの少し、少しだけ掬ってお見せできたらと。

――これで少しなんですね(笑)。ちなみに建設現場の話が出てきますが、実際に働かれていた時期があるとか。そこは俳優としての経験ではない、過去の仕事経験を持ってきて書かれたわけですか?

松重:そうです。建設現場に、役者としてではなく、仕事として入っていたときの経験ですね。でもそこにも役者をやるうえでのヒントになる人がいっぱいいました。腕のいい職人に1日付いていくという経験値は、僕のなかで非常に役立っています。

俳優は複雑怪奇。これは奇怪な生き物の生態図鑑

――小説とエッセイの2部構成で、俳優・松重豊を堪能しました。

松重:俳優という存在をすごく身近に感じていただいている人も多いと思うのですが、いわゆる表現者とは違う、とても複雑怪奇な生き物なんです。そこを面白おかしく感じていただければいいかなと。一筋縄ではいかない人種です(笑)。人からの借り言葉と借り衣装で、初めて会う人と「好きだ」「愛してる」だの言わなきゃいけない。奇怪な生き物の生態図鑑になっていると思います。

――ところで「私」は最初に弥勒菩薩と出会いますが、ご自身でも菩薩や仏の前で自問自答したご経験はあるのでしょうか?

松重:あれは結構実体験に基づいてます。40代の初めくらいに京都の広隆寺で弥勒菩薩を見ました。そのころ「いろんなことにこだわりをもって芝居をやろう」「役というのもちゃんと理解していたほうがいいんだ」と思っていたのですが、「こだわるなよ、お前」といったことが般若心経とかに書いてあったりして、自分を空っぽにする、何も考えない時間を作ったりした。仏教のなかに入っているエッセンスが、役者をやるうえですごいヒントになったんです。

――実際に大きな影響を受けたんですね。

松重:はい。僕は特定の宗教には入っていませんが、でも仏教徒だなと感じます。一神教の人たちには分からない、「空っぽでいいんだよ。この中に宇宙があればいいんだ」という仏教の、空洞の世界が、役者としての生き方に「これだ!」と思えたんです。40前半くらいのそこからの出発で、「俳優という、このくだらなく面白い世界」がなんとなく見えてきた。

――空洞が一番強いというお話も出てきますね。

松重:弥勒菩薩自体、真ん中が空(くう)なんですよね。今回の小説は弥勒菩薩が核になりました。“空洞”はタイトルにもなっているし、俳優という仕事も、そこに含まれるものの一部だと思います。

如何にして、空っぽの器でいられるか

――40代前半での気づきを、今回の執筆で改めて再確認した形ですか?

松重:そうですね。今でもそこのスタンスは変わっていないし、そこを踏み外してないなと思う。改めてひとりになって、全然違うフィクションの中でも遊べるのに、こういう役者の空っぽの中身というものにまた自分を置いて遊んじゃった。死ぬまで謎解きですみたいな俳優さんはたくさんいらっしゃいますが、僕はそういう気はさらさらない。謎じゃないと思うし、毎回空っぽにしているだけ。脚本がないと何もできないし、カチンコが鳴って監督にOKと言われるまで何もない。俳優は拠り所を他に求めていくしかない。

――でも空っぽだからこそ何にでもなれるのでは。

松重:そうなんです。何もないから何にでもなれる。でも本当に何もなくなったらどうなるんだろうという、そこの問いかけも最終話でしています。何もないといって、無になっちゃうと終わっちゃう。無ではなく、空(くう)、空洞でいられるように。

――無ではなく空。

松重:器でいられるにはという模索ですね。

――現在、松重さんは俳優のお仕事で引っ張りだこで、大変な人気も伴っています。コワモテなイメージだけではなく、最近は猫(『きょうの猫村さん』)にまでなりました。この人気をご自身はどう感じていますか?

松重:人気があるとか、かわいいと言われるとかってことは、ま~ったくの幻であると思っています。器は本当に薄いので、慢心したり、「俺以上に食うのが上手い(『孤独のグルメ』)俳優はいないんだぞ」なんて思った瞬間に、器がバ~ンと割れてどこかに飛んでいきますからね。本当に儚い器なので。僕は自分の作品を観返すことがないので、まだ「食べること」や「猫になったこと」に関して自分のなかでパロディにもできてません。だからその辺は意識しないように、といっても、意識させられるんですけど、特に考えなくていいかなと思って過ごしています。

日本語の持つ語感の心地よさを意識

――松重さんは音楽好きとしても有名で色んなところで語られていますが、書くことに関して影響を受けた小説家などはいますか?

松重:今回、こうしてモノを書いてみたり、朗読をやろうとしたりして、自分の書いたものがリズムとして心地いいかよくないかということが、僕のなかで非常に大きいのだなと感じました。山田太一さんのような、「え、なに」「それ」「うん、わかってる」なんて日本語の持つ力のリズムを感じるものには、非常に影響されていると思います。ミュージシャンでもある町田町蔵(町田康)さんなんかの作品も音ですよね。逆にそうした響き、語感、リズムが意識されていないものは、セリフでも覚えづらいんです。今回も、そうした音として響く、リズムがある、朗読して面白いという部分は、自分の意識下にあったのだと思います。

――そういえば、小説もエッセイも、読んでいるときに頭のなかで松重さんの声で再生されていました。

松重:喋り言葉で心地のいいリズムの言葉を選んでいるんでしょう。職業柄です。

――YouTubeチャンネルでの朗読も楽しみです。最後に読者にメッセージをお願いします。

松重:菊地信義先生の装丁によって、とてもシンプルで美しい本に仕上がりました。でもこれが実は女性週刊誌よりもえげつないことが書いてあったりします(笑)。小説って小難しいのかなと身構える人もいるかもしれませんが、えげつない俳優のゴシップ本だと思ってもらって構いません。くだらない話を面白おかしく書きました。またそれを朗読しているYouTubeもあるので、そこで1編聞いてみてから読んでもらっても。おそらく今までこういうものはなかったと思うので、ぜひ手にとっていただければと思います。

■書籍情報
松重豊『空洞のなかみ』
価格:本体1,500円+税
出版社:毎日新聞出版

松重豊公式ウェブサイトURL:https://mattige.com 

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