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生田斗真×宮藤官九郎×水田伸生による問題作 『JOKE~2022パニック配信!』が描いた“言葉の暴力性”

リアルサウンド

20/8/12(水) 10:00

 新型コロナウイルスの影響で、密閉、密集、密接の“3密”を避けた新たな映画や番組制作が模索されている昨今。林遣都が1人3役に扮した『世界は3で出来ている』(フジテレビ系)や広瀬アリス・すず姉妹が共演した『リモートドラマ Living』(NHK)、千葉雄大が宇宙飛行士に扮した『40万キロかなたの恋』(テレビ東京系)など、現状に即したアイデア性あふれるドラマが次々と生まれてきた。

 8月10日にNHKで放送された特別ドラマ『JOKE~2022パニック配信!』も、そのような系譜にある1本。生田斗真演じる芸人が自宅で生配信を行い、45分間ほぼ1人でしゃべり続ける、という設定にすることで“3密”を回避している。アイデア自体は昨年からあったというが、まさに「コロナ禍だからこそ実現した」作品といえよう。

 ただ、脚本を手掛けたのは、あの宮藤官九郎。そして、演出は『Mother』(日本テレビ系)や『Woman』(日本テレビ系)の水田伸生。人気ドラマ『ゆとりですがなにか』(日本テレビ系)でもタッグを組んだ2人が、「コロナ禍でできることをやった」だけにとどまり、何も仕掛けないはずがない。事実、その中身は毒だらけのシニカルなストーリーになっている。

 舞台は、ポストコロナの近未来。漫才コンビ「俺んち」の沢井(生田斗真)は不祥事を起こし、自宅に引きこもっていた。ただ、AIロボット「マイルス」が家事や雑務を引き受けてくれ、“大喜利機能”を搭載したAIロボット「JOKE」を相手にライブ配信を行えば、生活は快適で自己顕示欲も満たされる。悠々自適なステイホーム期間を過ごしていた沢井だったが、ライブ配信中に「家族を誘拐した」という男から電話がかかってきたことから、窮地に陥る……。

 「生放送中に事件が起こる」という設定は、韓国で多数の映画賞に輝いた『テロ,ライブ』や、ジョディ・フォスターが監督を務めた『マネー・モンスター』などにも見られたもの。ただ、これらはテレビ局やラジオ局が舞台になっているもので、個人発信にまで落ちてきたところに、現代的なエッセンスを感じさせる。

 また、“犯人”と思しき人物が「声だけ」という部分に、日本でも大いに話題を集めた映画『THE GUILTY ギルティ』を想起する方もいるかもしれない。しかし、ここからスリリングなサスペンスが幕を開けるのか?と期待すると、大いなる肩透かしを食らうだろう。もちろんスリルはあるのだが、前述したように『JOKE~2022パニック配信!』はより毒素が強く、現代の日本が抱える様々な問題、或いはトレンドにある事柄に唾を吐きかけるようなテンションで進んでいく。

 まずは、沢井がライブ配信を開始するところからみていこう。生配信を始めた途端に、「馬鹿」「パクリ野郎」「クズ」といった誹謗中傷コメントが、多数寄せられる。彼の出した自伝の帯に書かれていた言葉が、盗作だというのだ。沢井は「全く知らなかった」と語るが、コメント主たちはさらなる罵声を浴びせてくるだけ。「嫌なら見なきゃいい」「外野は黙ってろよ」と反論しても、粘着し続けるのだ。

 恐ろしいのは、彼が引きこもるきっかけになったこの事件が、昨日や今日の出来事ではないということ。何年も前の事柄にもかかわらず、いまだに執拗にたたき続けられるおぞましさは、SNSでの誹謗中傷が加速し続ける現代において、下手なホラーよりも肝が冷える。

 つい先日も話題になったが、こうした「姿の見えない悪意」は、相手を明確に傷つけながらも、犯罪として裁くことが非常に困難だ。『JOKE~2022パニック配信!』は、冒頭から「人間の闇」を明確に提示し、疾走感ある物語を始めようとしない。劇場型犯罪を起こす特定の犯人以前に、この世に悪意があふれていることを示してしまうのだ。つまり、この犯人との対決を制したところで、沢田に降りかかる火の粉は消えないということ。なんと絶望的なプロローグだろうか。

 ここに見られるように、本作は「事件が発生し、解決する」ことに重点を置いていない。むしろ、早々に「誘拐されたはずの家族とメッセージのやり取りができ、沢井が困惑する」「犯人に明確な要求が見られない」といったノイズを入れ、従来のサスペンスに向かう推進力を意図的に削いでいく。

 犯人が「コンビニに車で突っ込む」という脅し文句と共に送り付けてきたショッキングな映像も、フェイク動画だったことが判明。さらに、何度もやってくる宅配業者たちが、物語の流れを寸断する。途中に乱入してくる警察官はミーハー心満載で、視聴者の反感を買いそうなテンションに設計されている。

 こちらも「沢井のアカウントで何者かが勝手に大量注文していた」、つまり「個人情報の流出」、さらには「(恐らく野次馬の)複数人が通報した」という社会問題的な要素があるのだが(犯人が沢井の電話番号を知っているという点も含め)、勝手に頼まれたのはタピオカミルクティーと歯ブラシであり、危機感が薄い。犯人の目的や真意がわからないまま、物事はいつの間にかうやむやになってしまう。その代わりに観る者の中でむくむくと立ち上がってくるのは、「この作品は、我々をどうしたいのだろう?」という疑問。まるでこのドラマ自体が悪い冗談(JOKE)のような、何とも言えない気味悪さが漂い始めるのだ。

 「伏線の回収」というカタルシスは後半に用意されているものの、それを軽く覆いつくすような後味の悪さ。生田は「社会風刺とブラックな部分がある」と語っているが、その言葉通り、観る者を暗澹たる気持ちにさせる問題作になっている。

 45分を通して幾度も描かれるのは、「言葉の暴力性」だ。冒頭から怒涛の勢いで向けられる、匿名の罵詈雑言。そして、詳しくは書かないが、後々明かされる衝撃的な“事実”も、こちらに起因する。沢井にぞんざいな物言いをする他人も、彼のピンチを見て「面白くなってきた」とあざ笑う視聴者も、正直なところ人ひとりの人生を消費しているだけ。仮に彼が死んでしまおうが、JOKEで済ませてしまう――。ステイホームで部屋に引きこもったところで、インターネットにつないでいる限り他者からの攻撃にさらされる。その残酷な真実は、外出自粛を経験した私たちが誰より知っていることでもあろう。

 そしてまた、沢井自身もテレビに映る相方をディスり(もちろん、複雑な感情があればこそなのだが)、その様子を配信する。JOKEとの大喜利合戦ではウケを狙うために過激なジョークを飛ばし、視聴数を稼ぐために犯人に乗っかろうとし、自分の立場を危ぶめる。彼自身被害者ではあるのだが、清廉潔白な人物ではない部分も、本作の苦みを強めている。

 インターネットが発達し、個々人の「発信力」と「発言力」が強まった今や、誰もが簡単に他者を破滅に追いやれるようになった。私たちが使う“言葉”というツールは、個人の感覚いかんで一種にして凶器と化し、そこには何の資格もいらない。沢井も、彼に群がる他者も、誘爆、誤爆、自爆……様々な危険性とともに生きている。

 人と会う機会が激減した私たちは、今こそ自分自身が持つ「言葉の力」を再認識するべきではないのか――。エグ味に満ちた『JOKE~2022パニック配信!』の奥には、そんな切なる想いが潜んでいるような気がしてならない。

■SYO
映画やドラマ、アニメを中心としたエンタメ系ライター/編集者。東京学芸大学卒業後、複数のメディアでの勤務を経て、現在に至る。Twitter

■放送情報
『JOKE〜2022パニック配信!』
NHK総合にて、8月10日(月)22:00〜22:45放送
作:宮藤官九郎
出演:生田斗真、柄本時生、松本まりか、岡部たかし、田村健太郎、一色洋平(声の出演)、佐々木史帆(声の出演)
制作統括:訓覇圭(NHK)、仲野尚之(アックスオン)、後藤高久(NHKエンタープライズ)
演出:水田伸生(アックスオン)
写真提供=NHK

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