寅さんはもういない。寅さんこと車寅次郎を演じていた渥美清はもういない。だから、第1作の公開から50周年となる2019年に、最新第50作が製作されると聞いても最初はピンと来なかった。 けれど、山田洋次監督には最初から明確なビジョンがあったのだろう。そのことは、本作を観ればよく分かる。往年の寅さんの姿が4Kデジタル修復で鮮やかに蘇り、その名調子に思わず顔がほころんでしまうが、山田監督は昔の映像をただ闇雲に挿入し、ただ郷愁に浸ることだけに終始しない。 今は小説家の寅さんの甥・満男（吉岡秀隆）、彼の初恋の女性・イズミ（後藤久美子）、寅さんのかつての恋人・リリー（浅丘ルリ子）の現在のドラマを、寅さんの“想い出”が動かすという大胆な構成に果敢に挑んでいる。特に満男とイズミの恋をめぐるクライマックスには大きく作用するが、そこでは主人公の不在をまざまざと実感し、観ている私たちも自然に“寅さんが今もそばにいてくれたらな～”という気持ちになるのだ。