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樋口尚文 銀幕の個性派たち

石橋蓮司、いぶし銀のアウトロー渡世(前篇)

毎月連載

第57回

『一度も撃ってません』(C)2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

阪本順治監督の新作『一度も撃ってません』はしたたかに面白いクライム・サスペンスであり、大楠道代、岸部一徳、桃井かおり、柄本明らシニア個性派俳優総進撃のオトナのコメディであった。そしてこの猛者たちを率いて19年ぶりに主演を果たしたのが、わが国の個性派俳優の筆頭にあがるであろう石橋蓮司だった。

石橋蓮司といえば、多くの観客にとっては1970年代以降のスクリーンとテレビをまたいで数々の癖の強いアウトローを演じてからめきめきと頭角をあらわした俳優という印象が強いはずだ。しかし実は子役から出発してせっせとプログラム・ピクチャーの端役、脇役をつとめたキャリアの長い苦労人なのである。私はもちろん1971年の『あらかじめ失われた恋人たちよ』以降の石橋蓮司の活躍は強烈に覚えているけれども、不明にもキャリアが子役から始まったことは知らなかった。

ところがある時、1955年の谷口千吉監督のサスペンス映画『33号車應答なし』を観ていた時に、荒んだ役柄のとても印象的な子役がいて面立ちが石橋蓮司ふうなので調べたら、まさに本人だった。しかも当時14歳の石橋が演じたのがヒロポン中毒の子ども(!)という役で、すでにして個性派の資質の萌芽があったというわけである。両親の離婚もあって少年時代は兄弟ともども苦労したようだが、中学に入ると家の近くにあった劇団若草に所属し、実は13歳にして東映児童映画の最初の作品『ふろたき大将』でいきなり主演をつとめていたのだった。

しかし、私も数年前に昭和期の子役をめぐる本を上梓するにあたってかなり調べたが、いかに人気があろうと子役は子役としてのみ求められているのであって、その需要の期間は短くはかない。子役の季節を抜けた石橋は1960年代に『網走番外地』シリーズや『非行少女ヨーコ』などの東映のプログラム・ピクチャーに顔を出すが、まだ70年代のピラニア軍団のように悪役、脇役にスポットが当たる時代でもなく、当時劇団青俳に所属していた20代の石橋蓮司が秘めしポテンシャルを発揮できたのは、青俳の脱退グループで結成した劇団現代人劇場の舞台のほうだろう。

向かって右が石橋蓮司
『一度も撃ってません』(C)2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

1968年にできた現代人劇場には清水邦夫、蜷川幸雄、蟹江敬三ら異才が集まり、72年にはこのメムバーで劇結社「櫻社」が再結成されるも、蜷川が商業演劇に舵をきったのを機に74年に解散となり、石橋は次いで76年、パートナーの緑魔子とともに劇団「第七病棟」を立ち上げる。緑魔子もお似合いの個性派女優だが、そもそもは女優志願のところを発見されて1964年の『二匹の牝犬』で主演デビューを果たし、東映の専属人気女優として30本近いプログラム・ピクチャーに出演するも、もっとアート性の強い作品に出たいと名付け親の岡田茂社長に訴えて解雇されたという強者である。以後は増村保造監督『盲獣』、大島渚監督『帰って来たヨッパライ』や佐藤信の黒テントに出たり、存分にアングラ女優道へと漕ぎ出した。

石橋蓮司とは1965年の東映〈夜の青春シリーズ〉第4作『かも』で知り合って、生涯のパートナーとなるが、この出会いの時点で緑魔子は新進スタアとして脚光を浴び、子役あがりの石橋はまだまだ地味な脇役で、ずいぶん距離があったことを後に石橋が述懐していた。しかしまさにヌーヴェル・ヴァーグ的な作品をやりたいのにこんな陳腐な娯楽作ばかりをやらされるのは辟易だと緑魔子が例として挙げていたのは、この〈夜の青春シリーズ〉であり(このシリーズはけっこう当たっていた)、その主張が岡田茂の逆鱗にふれて緑はクビになったわけだが、そんな気に入らない一本に出ていたおかげでお似合いの石橋と知り合った。

ともにごつい商業性のかたまりのような東映のプログラム・ピクチャーに煮え切らないものを感じていたふたりは、運命的に出会ってアングラ演劇の掉尾を飾る「第七病棟」を結成し、使用されなくなった建物を劇場に見立てて、唐十郎や山崎哲の戯曲を演じた。60年代の抵抗の季節もとうに過ぎた、70年代も半ばを越えてのアングラはもはや希少種になりつつあったが、石橋蓮司と緑魔子は60年代の鬱憤を晴らすがごとき快進撃を見せたのだった。ちなみにふたりが戸籍上のパートナーとなるのは出会いからずっと後の1979年のことである。(つづく)

最新出演作品

『一度も撃ってません』

『一度も撃ってません』
2020年7月3日公開 配給:キノフィルムズ
監督:阪本順治
脚本:丸山昇一
出演:石橋蓮司/大楠道代/岸部一徳/桃井かおり/佐藤浩市/豊川悦司/江口洋介/妻夫木聡/井上真央/柄本明/渋川清彦/小野武彦/柄本佑/濱田マリ/堀部圭亮

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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