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『呪術廻戦』は“虐げられた者の復讐”を描くーー芥見下々の「死」をめぐる表現を考察

リアルサウンド

21/1/18(月) 18:21

 テレビアニメも2クール目に入り、ますますの盛り上がりを見せる芥見下々の『呪術廻戦』(集英社)。「週刊少年ジャンプ」で連載されている本作は、人間の負の感情から生まれた呪霊を祓う呪術師たちの活躍を描いたバトル漫画だ。

 主人公の虎杖悠仁は「呪いの王」と呼ばれる両面宿儺の器となる身体を持った呪術師。師匠にあたる五条悟の指導の元、伏黒恵たち仲間の呪術師と共に呪霊たちに戦いを挑む。

※以下、ネタバレあり。

 最新巻となる第14巻では「渋谷事変」がより混迷を極めていく。

 2018年10月31日。ハロウィンの夜に渋谷駅周辺に帷(とばり)という結界が張られ、大勢の人々が閉じ込められてしまう。彼らを救うために五条悟は一人で渋谷駅地下に向かうが、呪詛師・夏油傑と特急呪霊の漏瑚たちの罠にかかり、封印されてしまう。

 夏油たちの目的は「五条悟の封印」と「虎杖の中にいる宿儺の封印を解き仲間に引き込む」こと。五条救出のため、渋谷駅周辺に待機していた虎杖たち呪術師は渋谷駅地下に向かい夏油に与する呪霊、呪詛師たちと戦うことになるが、敵も味方も次々と命を落としていき、虎杖も敵との戦いで意識を失う。夏油に仕えていた双子の少女・奈々子と美々子に見つかった虎杖は、宿儺の指を一本食べさせられる。その後、漏瑚が宿儺の指を10本食べさせたことで宿儺の力は強まり虎杖から肉体の主導権を奪う。しかし宿儺は誰にも制御できず、奈々子と美々子を殺し、漏瑚も焼き殺してしまう。

 死の間際、漏瑚は(おそらく心の中で)いっしょに戦った特急呪霊の花御と陀艮に「すまない」と謝り「我々こそ真の人間だ」と言うのだが、そこに宿儺が登場し「人間に成りたかったのか」と問いかける。

 宿儺は、漏瑚たち呪霊が、人間の立場を奪おうと試みたことを「下らんな」と言い、人間も呪い(呪霊)も「寄り合いで自らの価値を計るから皆弱く矮小になっていく」のだと呆れる。

 本作には、虐げられた者の復讐というテーマが繰り返し登場する。中核にあるのは、人間に成り代わろうとする呪霊たち(と彼らに協力する夏油傑)と、人間を守ろうとする呪術師たちとの戦いだが、先日までアニメで放送されていた、いじめられっ子の高校生・吉野順平の顛末もそうだ。

 真人にそそのかされて同級生たちを殺そうとした順平は虎杖と戦うことになるのだが、その過程で真人に改造人間(怪物)に変えられてしまう。その時、真人から「順平って君が馬鹿にしている人間の」「その次位に馬鹿だから」と言われるのだが、復讐心で行動すると、最終的に自分に跳ね返ってくるということが繰り返し描かれている。

 「人を呪わば穴二つ」ではないが、相手を引きずり降ろして成り代わろうという復讐心では、恨んでいる相手を超えることができない(むしろ相手の価値観に飲み込まれてしまう)というのが作者の考えなのだろう。

 漏瑚たちの限界は人間と呪霊を比べて、自分たちを下に見てしまい人間の立場になりたいと思ってしまったことだった。対して宿儺は「快・不快のみが生きる指針」で、戦い自体を楽しんでいる。だから別格なのだ。

 「呪い」から生まれた漏瑚にそれを指摘するのは、あまりに残酷すぎるとも思うのだが、面白いのはその後、宿儺が「多少は楽しめたぞ」と語りかけること。「誇れ」「オマエは強い」と讃えると、漏瑚は涙を流し「…何だこれは」と言う。動機の愚かさを指摘しつつも、漏瑚たちが「戦おうとした」行為は否定せず讃えるのだ。ジャンプのバトル漫画らしい顛末だが、どこか救いのようなものを感じさせる場面である。

 漏瑚たち特急呪霊を、感動的な形で退場させたのは実に意外だったが、作者は人間も呪霊も別け隔てなく対等に感情移入して描いているのだろう。だからこそ描けた名場面だ。

 その後、宿儺は、伏黒が呪詛師・重面春太を倒すために呼び出した式神・異戒神将魔虚羅を倒した後、肉体の主導権を虎杖へと返す。魔虚羅と宿儺の壮絶な呪術バトルも見応えのある場面だが、意識が戻った虎杖が、宿儺に乗っ取られた時に大勢の人間を殺してしまったことを知る場面は「そこまで精神的に追い込むのか?」と圧倒された。

 その後、呪術師の七海建人が「後は頼みます」と虎杖に最期の言葉を残し、真人に殺されるのだが、虎杖にとって“呪い”になるから「この言葉は言ってはいけない」と死の間際に七海がためらう瞬間が描かれているのも見逃せない。

 壮絶な能力バトルや「死」を描いた少年漫画は多数あるが、様々な「死」を、主人公がどう受け止めるのかについて、ここまで丁寧に描こうとしている作品は他にはないだろう。

 真人はそんな虎杖の繊細な感受性を理解した上で(人間を怪物に変えた)改造人間で攻撃してくる。命を弄ぶ真人は「オマエは俺だ」と虎杖に言うが、果たしてそれはどういう意味か? 「渋谷事変」の行方は未だ不明だが、呪術バトルを描く作者の表現力と「死」というテーマへの踏み込みは、より深まっている。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『呪術廻戦』(ジャンプ・コミックス)既刊14巻発売中
著者:芥見下々
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/jujutsu.html

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