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悪役令嬢ものの変化球? 『外科医エリーゼ』人気の秘密を探る

リアルサウンド

20/6/5(金) 8:00

 現在放送中の、アニメ版『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(以下『はめふら』)が好評だ。原作はWeb小説で、「一迅社文庫アイリス」から少女小説として出版され、『月刊コミックゼロサム』でコミカライズもされている。(関連記事:アニメ版『はめふら』、原作ファンも虜にする魅力 メディアミックス成功のポイントは?)

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 女性向け小説で人気のある「悪役令嬢もの」だが、TVアニメに進出したことで性別を超えて認知度も上がり、ジャンル自体への注目が高まっているようだ。まずはそのジャンルを築いてきた、代表的な作品を振り返ってみよう。

 タイトル自体に「悪役令嬢」を打ち出した『悪役令嬢後宮物語』が2012年。架空の西洋風世界を舞台に、(いわゆる「現代からの異世界転生」ではなく)「生まれつきの悪人顔のせいで悪役令嬢扱いされてしまう」主人公を登場させた。商業化の後、コミカライズもされている。

 2013年からの『謙虚、堅実をモットーに生きております!』の主人公は「少女漫画の世界の悪役令嬢に転生してしまう」という設定で、「悪役令嬢もの」と「異世界転生もの」が結び付いた人気をWeb上で長く獲得していた。

 ちなみに『謙虚、堅実~』より少しだけ発表の早かった『ヤンデレ系乙女ゲーの世界に転生してしまったようです』は乙女ゲーム世界が舞台だが、主人公が転生するのは悪役令嬢ではなく、「ライバル令嬢」という設定。

 そして2014年に始まった『はめふら』が「乙女ゲーム世界の悪役令嬢への異世界転生」となるのだが、要するに「Web小説界のお約束が乙女ゲーム転生に持ち込まれた」のであって、「悪役令嬢が乙女ゲーム界のお約束というわけではなかった」というのは重要なポイントである。

 それから『公爵令嬢の嗜み』(2015年)など、「乙女ゲーム+異世界転生+悪役令嬢もの」が定番化していくが、「乙女ゲーム」や「転生」に縛られない変わり種も出現するようになる。例えば『ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん』(2018年)は、現実のプレイヤーの立場から乙女ゲーム世界に干渉し、悪役令嬢ヒロインを応援するという「ひねり」が加えられている。

 さらに原作小説からのコミカライズではなく、漫画原作で悪役令嬢ものを描く作者も現れている。そこで今回紹介したいのは、『鬼滅の刃』などと並んで「ピッコマAWARD 2020」(https://piccoma.com/web/event_detail/3239)に選ばれたばかりの、『外科医エリーゼ』というWeb発のコミックだ。

■悪役令嬢+異世界転生+やり直し=?

 CLAMPや種村有菜の少女漫画を思わせる、綺麗なフルカラーがまず目を引くのだが、元は韓国の「カカオページ」で2015年から2017年まで連載された縦スクロールコミックで、日本では「ピッコマ」で翻訳されながらコミックスも順次刊行されている。ちなみに、中国語版でのタイトルは『女王的手術刀(女王のメス)』という。

天才外科医の転生先は1回目の人生に逆戻り? 悪女皇后と呼ばれ火炙りの刑になり一生を終えたエリーゼ。前世での過ちを清算すべく2回目の人生は外科医として人のため生きてきた彼女だが、ある日飛行機事故で帰らぬ人に…しかし、目を覚ますと1回目の人生に戻ってしまった!?

 タイトル通りに医学をテーマにしているが、ファンタジー作品としての見所は、1人の主人公が「火炙りにされる皇后」→「現実世界の外科医」→「皇后になる前の侯爵令嬢」という「異世界転生」を2回繰り返す点にある。

 通常、悪役令嬢ものの転生は「現実世界(地球)から異世界へ生まれ変わって前世の記憶を思い出す」という導入になる。しかしエリーゼはその前に「異世界から地球へ生まれ変わり、事故に遭うまで育つ」という第一の転生を挟むのだ。

 すると、読者から見れば「現代知識を持った地球からの異世界転生」として読めるが、エリーゼ自身の視点では「地球での人生こそが異世界転生だった」ことになる。そして「転生」と言えば「神からの贈り物」のようなチート能力も付き物なのだが、エリーゼは単純に2倍のチート(天才的な外科医の才能&現代知識)を授かっているわけで、これはかなり面白いアイディアだ。

 さらにこの「逆戻り転生」の設定は、Web作品で「転生」と共に定番ネタの一種である「やり直し」もの……、時間を逆行(若返り)してバッドエンドの回避を目指す物語のパターンが組み合わさっている、とも言える。

 普通の異世界転生ならば、悪役令嬢キャラの人格は現代人の意識に「上書き」されたような印象に見えやすい。しかし2回の転生を繰り返したなら、同じキャラクターが「現実世界で培った人格」を持って元の身体に戻るという一貫したものになるだろう。

 また、大抵の「やり直し」ものは「前世で犯した罪」を後悔することで性格を改めて再スタートしようとするが、エリーゼには「前世の贖罪のために人命を救う道に幸福を見出した」という、半生を懸けた改心のプロセスが挟まるため、「前々世の記憶を持ちながら人格的に成長している」という説得力が充分にあるのだ。

 前々世では悪女と怖れられつつも、恋もして家族を愛していた側面はそのままに、誰にでも優しく医師として働くのが夢であり生き甲斐という可憐な少女にエリーゼは生まれ変わる。

 前々世で失敗した経験から、転生後は諦めていた恋も次第に意識するようになり……というロマンスの展開も非常に可愛らしい。きらびやかな絵柄と合わせて、献身的かつ恋に臆病なエリーゼのいじらしさが本作一番の魅力だとも言えるだろう。

 なお、エリーゼの生まれたファンタジー世界は、私たちの歴史で「クリミア戦争」の起きた時代(19世紀頃)をモチーフにしている。そのため、外科手術のレベルがそれほど未発達なわけでもない、というバランスも面白い。例えば、現実でも19世紀には麻酔手術が可能になっているのだから。

 他にもファンタジー的な超常能力が存在する世界だが、過去に「天才としか説明できない人物が出現して医学を発展させた」前例が残されている(エリーゼ以前の転生者のようにも思える)ため、ただの侯爵令嬢が現代レベルの医学知識を持っていても信じてくれる者がいる、という展開を描きやすくしている。

 エリーゼも専門は外科医でありつつ、現実のクリミア戦争時に活躍した「近代看護学の祖」ことナイチンゲールと重ねられる表現も多い。感染症(コレラ)との戦いや衛生看護の徹底など、新型ウイルスと直面する現代の医療に思いを馳せるエピソードも豊富だ。

(文=泉信行)

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