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桜木武史×武田一義『シリアの戦争で、友だちが死んだ』対談 戦地の日常生活が教えてくれたこと

リアルサウンド

21/1/23(土) 10:00

 1月20日に発売された『シリアの戦争で、友だちが死んだ』は、フリージャーナリストの桜木武史の取材をもとに、彼の文章と漫画家の武田一義によるコミックで構成されたノンフィクションだ。複雑なシリア情勢や戦地での体験など、シリアスな内容を子どもから大人まで幅広い読者に向けて綴った一冊となっている。

 著書『【増補版】シリア 戦場からの声』やTBS『クレイジージャーニー』の出演歴を持ち、ジャーナリストの傍らトラック運転手の仕事も兼業している桜木武史。青年漫画誌『ヤングアニマル』で、太平洋戦争末期のペリリュー島での戦いを描いた作品『ペリリュー 楽園のゲルニカ』を連載中の武田一義。ジャーナリストと漫画家。ともに戦争を語る者として、戦地での暮らしや戦地に生きる人々など、報道では語られない戦地の様子をリアルに描く。

 日本では戦争体験を語れる人が少なくなってきているが、同じ地球上で、今も戦争を繰り広げている地域があることを忘れてはならない。桜木武史はなぜ、戦地取材を続けるのか。戦地の話を聞いて、武田一義は読者に何を伝えようとしたのか。二人と担当編集者の話から、本作を上梓した意義を考えていく。(とり)

報道の隙間にある戦地の現状

――桜木さんと武田さんは、本作で初めてご一緒されたと思うのですが、今回の依頼がきたときの印象を教えてください。

桜木:僕は今まで、子どもにも分かるような伝え方をまったくしてこなかったので、担当編集の長谷川さんから依頼をいただいたときは是非という気持ちで受けさせていただきました。武田さんとお会いする前に『ペリリュー』を読ませていただいたのですが、作中に描かれていることが、実際にシリアやカシミールで体験したことと強く重なって、日本にいながら、まるで戦場に行ったことがあるようなリアルさで漫画を描かれていることに、とても驚きました。お会いしたときも、戦場で体験したことをお話しすると、すぐに的を射てくれて。普通の人には1から10まで説明しなければ伝わらないようなことも、1から5までの説明で理解してくれる不思議な感覚でした。やはり『ペリリュー』を描かれているのは強いな、と。

武田:僕は長谷川さんから依頼をいただいたとき、失礼ながら桜木さんのことを存じ上げていなかったのですが、桜木さんの著書や『クレイジージャーニー』の映像を拝見させていただいて、新聞やテレビなどの後ろ盾もなく、完全にフリーの状態で戦場に行っている日本人の方がいることを知りました。一緒に仕事がしたいというよりも先に、桜木さんに会ってお話を聞いてみたいという気持ちが強くなり、実際にお会いしたときも、物腰の柔らかさにすごく惹かれましたね。『クレイジージャーニー』を観たときから、すでに柔らかい印象を感じていましたが、実際にお会いしてもその印象は変わらず、丁寧にお話ししてくだって。戦場で体験されていることの厳しさと桜木さん自身のパーソナリティにギャップがあるのがとても興味深かったです。

――本作は、「シリアの戦争」というシリアスで複雑なテーマを子どもでも理解できるように描いた内容となっています。制作する過程で意識したことは?

桜木:担当編集と相談しながら、くだけた表現で柔らかく書くことを意識しました。普段記事を書くときは、戦争に関心がある人に向けて、これだけの情報があれば分かる人には伝わるだろうという感覚で、簡潔に書いていたんです。ですが、今回は戦争を知らない子どもたちにも向けて、ということなので。シリアの情勢は、単純にどちらが敵で、どちらが味方でという話ではなく、それぞれの信条があって戦争をしていますが、それを子どもに説明するのって難しいじゃないですか。あまり説明的な文章が続いても、深く読んでもらえないと思いますし。その点は、武田さんのイラストがうまく伝えてくれたと思っています。

武田:僕は、子どもにも伝わるようにという理由で描き方を変える意識はなかったですね。そもそも漫画自体が、戦争に興味のない人や子どもでも読みやすい敷居の低いものだと考えていますので。ただ、桜木さんが書く文章には、無意識に削ってしまっている感情や情報があると思ったので、文章から漏れている部分を拾って描くという点は意識しました。『ペリリュー』を描くときもそうですが、証言にあることが全てではないと思っているので、自分の想像も織り交ぜながら「こうじゃないですか?」と提案する形で描くようにしています。それこそが、僕が介在する意味だと思っているので。

桜木:僕の場合、普段は現地で見たこと、聞いたことを伝えるのが仕事なので、著書でもあまり自分の感想や主観的なことは書かないようにしています。なので、今回主観的な部分を描くことができたのは、企画してくれた長谷川さんと、感情を拾い上げてくれた武田さんのおかげです。どの部分を漫画で描くかというチョイスも絶妙で。

長谷川:桜木さんはジャーナリストとして、普段は事実を整理して伝えられていますが、今回は「事実の隙間」にある人間的な部分を伝えたかったんです。桜木さんが現地でどう感じたのか、現地のシリア人はどう感じているのかなど、感情が動く部分は漫画で描いた方が子どもたちにも伝わると思い、選ばせていただきました。また、雑談のなかから、武田さんが「これは絵で伝えた方がいいんじゃないか」と漫画家視点で選んでくださった部分もあります。

武田:桜木さんのように、実際に現地で戦争を体験された方って日本人では少ないですよね。なので、純粋に報道やニュース映像では見られない部分を聞きたいなという思いが強かったです。生きていくために必要な「食べる」「飲む」「寝る」といったことはどうしているのか? そういう基本的なことがまず分からないですよね。ご飯はちゃんと食べられているのか、どれくらい眠れているのかによって、疲れ方や精神状態も変わりますし、人の描き方も変わります。あえて報道されるような情報ではないですが、漫画として描くうえでは必要な情報だと実感しました。

長谷川:「トイレやお風呂はどれくらいの頻度で行かれるんですか?」といった質問もされていましたよね。まさに子どもが感じるような素直な疑問が本作には反映されていると思います。

――戦地での生活の様子や兵士の会話など、細かい部分が描写されているおかげで、戦地のシリア人の人柄が見えるのは、報道では知り得ないことなので新鮮に感じました。そのような“生”の部分も印象的でしたが、対して“死”を描く点では何か意識されましたか?

長谷川:あまりに無残な写真や表現はあえて避けました。“死”は戦争に深く関わることですが、過度にそれを前面に出すことは、戦場を恐ろしがらせることはできても、身近に思ってもらうという本作の意図からずれてしまう気がしました。

武田:僕が人の死を直接的に描いたシーンはスナイパー通りの部分だけでなのですが、ここは桜木さんが実際に目撃した場面ではないので、あえて感情を入れこまない「客観的映像」として描写しました。無残な事実ではありますが、読者の方のショックも必要以上に重くならないはずなので、読みやすいのではないかと思います。

戦地の日常と日本の平和

――本作で驚いたのが、桜木さんの取材に行くまでの思い切りの良さです。

桜木:当初からそうでしたね。大学を卒業した後、バイトしてお金を貯めて、つてのない状態でカシミールに行きました。若かったし、なんとかなるだろうみたいな感覚で。

――もともと戦場ジャーナリストに憧れがありましたか?

桜木:高校生の頃、担任の先生がジャーナリストの本多勝一さんが好きだった影響で、教室の本棚に置いてあった本多さんの本を読みました。そこでベトナム戦争やカンボジア大虐殺の本を読んだとき、遺体の写真も載っていて、同じ地球上にこんな世界があるのかと衝撃を受けたんです。そこから書籍や映画を通して、戦争について知っていきました。本多さんのようなジャーナリストになりたいと憧れはしたんですけど、新聞社や出版社を受けることなくフリーになって、とりあえず戦場に行ってみようと思い、飛び出しました。経験や実績がなくても、体さえ張ればなんとかなるだろうと思って……。

――本書でも描かれていましたが、戦場で顎を銃で撃たれてもやめなかったことに驚きました。

桜木:一ミリずれてたら死んでたかもしれないと考えると、死ななかっただけ運が良かったと思っていたんですが、逆方向にずれてたら撃たれなかったので、「運が悪かった」とも捉えられるんですよね。でも、凄く酷い状態だったのに、同業の人たちは「元気になったらまた取材に行ける」と平気で言うので、自分でもまた行けるという気持ちになりました。回復後、またカシミールに行って、現地にいる友人に「あのとき助けてくれてありがとう」と言ったら「なんで俺に礼を言うの。助けてくれたのはアッラー(神)だよ」って言うんです。「カシミールでは罪のない人々がたくさん殺されているのに、自業自得で戦場に来た自分がなぜ助かったのか。なぜ神は罪のない人々を助けなかったのか」と聞いたら、「それは神にしか分からない。でも、タケシが生きていることには、何か意味があるはずだ」と。戦場で多くの不幸を目の当たりにして、自分も撃たれて、でも生きている。何か意味があるのだろうか?と考えたときに、きっと取材を続けるために生かされたんじゃないかと思いましたね。

――戦地に行って行動を共にしたからこそ、聞き出せた言葉ですよね。桜木さんの場合は実際に撃たれた後ですし……。そして、そういった戦地では、ジャーナリストが歓迎されるということを本書で初めて知りました。

桜木:住人たちの「この悲惨な現状を伝えてほしい」という想いは強いですね。でも本書にも書きましたが、住民とは逆の立場の側は嫌がって、厳しく取り締まっています。

――そもそも中東には、客人をもてなすという文化が深く根付いている印象を受けました。

桜木:あると思います。そこには外国人を寛大に歓迎しようという国民性があるのだと思います。ちょっと見栄もあるのかもしれませんが(笑)。自分はシリア、レバノン、トルコくらいですけど、特にシリアの人たちは、色々ご馳走してくれたり、家にも招待してくれたり、とても優しかった記憶がありますね。現地では、1週間も前戦にいると気が滅入ってしまうので、他の部隊とローテーションしながら、5〜6日前戦に行って、村で5〜6日休んで、また前戦に行くのですが、前戦に行く前日と前戦から帰ってきた日の夜は豪華な肉料理をご馳走してくれました。

――また戦地で結ばれる絆って、やはり違うと思います。最後、現地の人たちと別れるシーンでは、日本に帰る桜木さんに対して、彼らは戦争という日常に戻っていくという明暗対比がとても切なかったです。

桜木:自分には帰る場所がありますが、彼らはそこで生活しているので。残る道は戦場に行くか、祖国を捨てるか。自分は帰る場所があるのに、取材できてしまうことに負い目を感じることもあるんですが、彼らは「気にするな」と、仲間として扱ってくれるんです。彼らとの絆は、昔からの友達のようです。プライベートは一切ないですし、生き死にがかかっている緊張感もあるという環境がそう思わせるのかもしれません。

――テレビや新聞の報道では見えない部分、冒頭で長谷川さんが仰っていた「事実の隙間」であり、本作の意義だと感じます。このように、実際に体験された内容が忠実に描かれていながら、そこに武田さんの漫画が加わることで、シリアスすぎずフラットに読める点が本作の魅力だと感じました。桜木さんと武田さんから、読者の方に注目してもらいたいポイントはありますか?

桜木:「平和は貴重」だということですね。今は世界中が新型コロナで大変な時代ではありますけど、日本で暮らしていると当たり前のように平和を享受することができますよね。けれど、戦地に行くと平和の貴重さを強く実感するんです。「戦争なんてやめてくれ」と言うことすらもおこがましいというか。一度戦争が起こってしまったら、もうどうしようもないんですよね。

武田:桜木さんの仰るとおりで、僕も含め、ほとんどの日本人がシリアに行ったことがないですし、シリアに知り合いもいないですよね。でも、桜木さんは実際にシリアに行って戦地の生活を体験されている。遠い国の話ではありますが、今起きていることとして桜木さんを通して、自分自身に近づけて考えてもらえたら嬉しいです。

 ■書籍情報
『シリアの戦争で、友だちが死んだ』
桜木武史 著
武田一義  画
定価:1,650円(税込)
出版社:ポプラ社
公式サイト

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