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なぜ日本でも“ミリタリーSF”は成立するようになった? 「星系出雲の兵站」シリーズ誕生の背景を探る

リアルサウンド

21/2/13(土) 9:00

 SFのサブジャンルのひとつに、ミリタリーSFがある。ミリタリーSFの定義は、なかなか難しい。大雑把に書くと、軍人が主人公、戦争や何らかの敵との戦いが題材、主な舞台は未来の宇宙といったところだろうか。

 ロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』あたりを起点として、アメリカの作品を中心にしながら発展していった。多数の作品が翻訳されているので、実際に読んでみれば、どんなジャンルであるか体感できるはずだ。

 一方、日本でも谷甲州の「航空宇宙軍史」シリーズを始め、幾つかの優れたミリタリーSFがある。だが、それほど作品数が多いわけではない。なぜなのか。やはり戦後の歴史が関係しているのだろう。第二次世界大戦の敗戦国となった日本は、新たな憲法により「戦争の放棄」「戦力不保持」「交戦権の拒否」を定められた。これにより軍隊を持つことが不可能になったのである。その後、自衛隊が作られるが、存在を否定する人は多かった。また、戦中の記憶や、戦後の教育により、戦争も否定すべきものとされてきたのである。このような日本で、ミリタリーSFが生まれづらかったのは、当然のことといえよう。

 巨大な軍隊を保持し、世界の警察を任じていたアメリカとは、あまりにも国の在り方が違いすぎていたのである。だが、時代を経たことで人々の意識は変わる。そのための傍証として、戦争冒険小説を挙げよう。第二次世界大戦を題材とした戦争冒険小説は、基本的に戦勝国のエンターテインメントであった。なぜなら戦争に勝った国だからこそ、自国の戦いを正義といえ、娯楽として楽しめるからだ。

 しかし伴野朗が1978年に刊行した『33時間』(後に『三十三時間』と改題)を皮切りに、日本にも本格的な戦争冒険小説が現れるようになった。そして1988年の『ベルリン飛行指令』から始まる、佐々木譲の「第二次世界大戦」三部作によって、日本人による戦争冒険小説は市民権を得たのである。

 もちろん当時の日本軍を肯定しているわけではなく、主人公を時代のはみ出し者やコスモポリタンにするなど、現代の読者に受け入れてもらうための工夫が凝らされている。ただ、このような作品がヒットした理由に、歳月の隔たりがあったことは間違いないだろう。戦争を歴史と認識する人が増えたことで、日本人による戦争冒険小説も、エンターテインメントとして成立するようになったのである。

 その流れが、SFにも当てはめることが出来るように思われる。さらにいえば阪神淡路大震災における救助活動を切っかけに、自衛隊の活動が広く知られるようになり、肯定する人が増えた。また、インターネットの発達により、軍事関係の情報に触れるのが容易になり、昔より正確な知識を持つ人も増えた。かくして日本でも、ミリタリーSFを楽しめる読者が増加したのである。とはいえ、ミリタリーSFを書くのは大変だ。なにしろミリタリーの知識が必要であり、そのうえでSFとして面白い作品が求められるからだ。

 この点を軽々とクリアした作品が、林譲治の「星系出雲の兵站」シリーズである。『星系出雲の兵站』全4巻と、『星系出雲の兵站―遠征―』全5巻で構成された大作だ。作品の評価は高く、現在、第41回日本SF大賞の最終候補作になっている。

 遥かなる未来。人類は播種船により植民した五星系で文明を栄えさせていた。異星からの侵略に対する脅迫観念から、人類は宇宙に飛び出したというが、すでに伝説であり本当のことは分からない。ただし、それにより人類コンソーシアムが生まれ、形骸化した部分はあるものの、今も異星の脅威に備えている。

 しかし異星の文明とのコンタクトは、思いもかけぬ形で始まった。辺境の壱岐星系で、人類以外のものらしき無人衛星が発見されたのだ。すでに人類は監視されていた。この非常事態に、出雲星系を根拠地とするコンソーシアム艦隊が派遣される。そして「ガイナス」と名付けられた謎の敵と、激しい戦いを繰り広げることになるのだった。

 本書の第1巻の帯に、「英雄の誕生とは、兵站の失敗に過ぎない。」と、デカデカと書いてあった。これには痺れた。戦争における兵站の重要性はいうまでもないが、ミリタリーSFやファンタジー戦記で、この点に重きを置いたものは少ない。さすがはSFだけでなく、仮想戦記もので活躍している作者である。目の付け所が素晴らしい。

 と思ったら、兵站は物語の一要素にすぎなかった。出雲星系防衛軍の兵站監・火伏礼二も主人公ではなく、主要登場人物のひとりなのである。そう、本書は群像ドラマなのだ。

 出雲星系と壱岐星系の軍人と政治家を中心に、多数の人々が、「ガイナス」との戦いで混乱した時代を、それぞれの意思や思惑を抱いて生きていく。そんな人々の動きを通じて、人類の政治・経済・社会が、丸ごと描かれているのだ。まるでミリタリーSFの皮をかぶった全体小説である。魅力的な人物を躍動させながら、巨大なストーリーを創り上げた作者の手腕には、脱帽するしかない。

 さらに、てんこ盛りどころかメガ盛り状態のSFのアイデアも見逃せない。特に「ガイナス」の謎は凄かった。人類からすると、ちぐはぐにしか見えない「ガイナス」の行動。人型だが、人類とはかけ離れた「ガイナス兵」の正体(これには本当にビックリした)。ひとつの謎が明らかになると、別の謎が生まれる。この強烈な吸引力により、寝食を忘れた、至福の読書を体験できるのである。

 その一方で、戦闘シーンも、ガッチリと書き込まれている。コンソーシアム艦隊第一降下猟兵師団第一連隊第七中隊長(後に旅団長)のシャロン紫壇と、その部下たちの戦闘など、読む手に力が入るほど興奮した。ミリタリーを期待している人も堪能できるのである。

 ただし長い作品であるためか、最初は主要人物だったのに、後半では脇役になってしまう者もいる。顕著なのが、壱岐星系防衛軍軍務省第三管区軍事研究所主席分析官のブレンダ霧島だ。前半で彼女は「ガイナス」の謎に迫っていたが、後半になると壱岐方面艦隊第二一戦隊司令官の烏丸三樹夫に取って代わられる。おじゃる言葉を使う烏丸もいいキャラ(いうまでもなく映画『柳生一族の陰謀』で怪公家・烏丸少将に扮した成田三樹夫を意識している)だが、内容から考えて、ラストで「ガイナス」と対峙するのは、ブレンダ霧島の方が盛り上がったはずだ。物語の中でキャラが育ち、ストーリーが流動的になるのは当然なのだが、いささか気になってしまったのである。

 いや、こんなことを書くのも、登場人物の誰も彼もが魅力的だからだ。もしかしたら主要人物の中で、もっとも貧乏籤を引いたのではないかと思う、壱岐星系統合政府筆頭執政官のタオ迫水。タオの妻のクーリア迫水と、彼女と組んで暗躍する火伏の妻の朽綱八重。その他、多数の男女が、未曽有の事態の渦中で、自分の力を振り絞る。ああもう、全9巻では短すぎだ。全30巻くらいで、みんなの人生を見ていたかった。

■細谷正充
 1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 呪術廻戦読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『星系出雲の兵站』1巻(ハヤカワ文庫JA)
著者:林譲治
イラスト:Rey.Hori
出版社:早川書房
Amazonページ
出版社note紹介ページ

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