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スピッツ、連続テレビ小説『なつぞら』主題歌「優しいあの子」と「ロビンソン」の関係性

リアルサウンド

19/6/22(土) 8:00

 スピッツの新曲「優しいあの子」を聞いて最初に思い浮かんだのが1995年の「ロビンソン」だった。

(関連:スピッツ、連続テレビ小説『なつぞら』温かく包み込む主題歌 全編アニメーションOPとの相性を読む

 それは、新曲を聞くときに誰もが持つように「今までにない試みがされている新しい曲」と「その人らしい要素が感じられるどこかなつかしい曲」という2つの感想の後者の方で、その代表曲が「ロビンソン」だったということに過ぎなかったかもしれない。

 ただ、何度か聞いているうちにそこにはもっと意図的なものがあるのではないかという推測に変わり始めているので、そのことについて書こうと思う。

 たしかに、風のように何かが視界を遮るような音での始まりは「ロビンソン」とは違う。でも、その後のきらめくようなギターと空に広がって行くメロディの展開には共通するものがあるような気がした。

 イントロが感じさせる“きらめき”と“広がり”。浮き上がるような心地良さとそこから光を放ちながら遠くへ向かっていくような広がり。それでいて「優しいあの子」には「ロビンソン」の持つ爽快な解放感は薄い。高らかというよりどこか低いトーンで落ち着いている。それだけでも2曲に時間差があるように思った。

 同じ流れの中にありながら少しずつ違う。

 ご承知のように「ロビンソン」は〈新しい季節〉を迎える歌だ。〈誰も触われない二人だけの国〉で〈宇宙の風に乗る〉歌だ。〈僕ら〉はここで〈生まれ変わる〉。あの曲の清々しさも瑞々しさも、そんな言葉から来ていると言って良いだろう。

 「優しいあの子」はどうだろう。

 〈重い扉を押し開けたら 暗い道が続いて〉いるのである。単に“扉を開けよう”と歌っているわけではない。例え、扉を開けたとしてもその先にはまだ暗い道が続いていることを知っている人の歌だ。もし20代だったら、扉を開けよう、そして新しい旅に出ようという楽天的な歌になっているのではないだろうか。扉を開けただけでは解決しない、でも、その先には〈知らなかった世界〉が待っている。〈切り取られることのない丸い大空〉がある。そのことを〈教えたい〉と思っている。

 同じように“空”が舞台でも「ロビンソン」はそうではない。あの歌の中の〈僕ら〉はまだ空に浮かんでいるわけではない。〈浮かべたら〉という仮定である。しかも〈大きな力で〉という条件もついている。〈僕ら〉が見上げている空には“汚れた三日月”が浮かんでいた。

 「優しいあの子」と「ロビンソン」との違いの最たるものが〈あの子〉の存在ではないだろうか。「ロビンソン」は“君と僕”つまり“僕ら”だ。〈宇宙の風に乗る〉のは、歌の主人公の2人ということになる。

 〈あの子〉は誰なのだろう。

 主題歌になっているNHK連続テレビ小説『なつぞら』の主人公“なっちゃん”でもあるのだろう。ただ、それだけではなさそうだ。

 “優しい子”とはどういう子なのだろう。それを表しているのが冒頭の歌詞なのだと思う。“重い扉”に閉ざされている子、自分にも“知らない世界”が待っていることを知らない子、“切り取られることのない丸い空の色を知らない”子。そういう子たちが〈優しいあの子〉であり、つまり、「ロビンソン」で言えば〈猫〉だろうか。

 “優しさ”に分の悪い時代だ。“優しさ”よりも“問答無用の強さ”や“威勢の良さ”の方が大手を振って歩いている。表に出られずに閉じこもってしまう。そんな“優しい子”たちに向かって歌っているのがこの曲だと思う。

 注目しなければいけないのは〈教えたい〉と歌っていることだろう。一緒に宇宙の風に〈乗る〉のではない。教える側”に回っている。

 なぜ、そんな風に思っているかが2番のように聞こえた。彼らがこれまでに経験してきたこと。“泣けるほどの憧れ”が“砕かれたこと”や“胸に抱いていた火”が“消えかけた”ことがある人。それがスピッツ自身の軌跡と解釈することは出来ないだろうか。

 そうやって辿り着いたのが〈コタン〉だった。北海道に開拓前から暮らしている先住民たちの集落である。そこは「優しい人たち」が暮らしている。

 スピッツは“すき間の詩人”なのだと思う。

 “音のすき間”や“言葉のすき間”。余計な音や刺激的な音、饒舌な言葉でそれを埋めない。“心地よいすき間”を作り出そうとしている。〈優しい〉や〈教えたい〉の“い”の繊細な余韻はその“すき間”に沁みとおって行くからでもあるのだと思う。

 世の中はどんどん窮屈になっている。ささやかな“すき間”も許されないほど人は密集し、情報が埋め尽くしてゆく。その反面、“心のすき間”は広がって行く。“すき間”に対して愛おしさが彼らの音楽でもあるように思う。そして、北海道の広い空は彼らにとって“理想のすき間”だったのではないだろうか。

 「ロビンソン」を発表した時、彼らは20代だった。すでに25年が経とうとしている、と書いていて〈あの子〉の中にはバンド活動に踏み出す前の彼ら自身も含まれているのかもしれない、と思った。そして、ここまで来た。だからこそ〈ありがとう〉なのではないだろうか。

 「優しいあの子」が「ロビンソン」の成長形に聞こえたのは僕だけだろうか。(田家秀樹)

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