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池上彰の 映画で世界がわかる!

『決戦は日曜日』―笑いながら観ているうちに悲しくなる日本の政治の現実

毎月連載

第43回

選挙をめぐるドタバタ政治バラエティですが、衆議院総選挙の記憶が残る今、笑いながら観ているうちに悲しくなります。

元防衛大臣まで務めた与党の大物議員が病に倒れます。衆議院選挙が始まるのに、どうしよう。そこで後援者たちは、ひとり娘(宮沢りえ)を後継者に立てることにします。

なるほど、世襲議員というのは、こうして誕生するのだな、ということがわかります。ところが、このひとり娘、世間知らずのわがまま娘。失言も飛び出して、騒動になります。父親の秘書たちは、今度は娘の秘書になるのですが、あまりの勝手ぶりに右往左往するばかり。

この秘書たち、崇高な政治の理想があって仕事をしているわけではなく、候補者が選挙に落ちたら失業してしまうわけですから、候補者と運命共同体。しきりに娘をなだめるのですが、わがまま娘は言うことを聞いてくれません。それどころか、古くからの父親の後援会の幹部たちを怒らせてしまう始末です。

そこに群がってくる地元の県会議員や市議会議員たち。国会議員を支えていれば、自分たちにもおこぼれが期待できると考えて応援していますから、金の要求までしてきます。

そういえば、今年の衆議院選挙をめぐり、新潟県で候補者に県議会議員が選挙運動費を要求したかどうかで揉めていますね。この映画を観れば、そんな現実のスキャンダルの一端が見えてきます。

選挙で当選するには三つの条件(三バン)が必要だと言われます。それは、「ジバン」「カンバン」「カバン」です。

「ジバン」とは地盤。しっかりとした後援会組織のことです。選挙となれば、後援会の人たちが、自らの人脈をフルに使って運動してくれるのです。

「カンバン」とは看板。要は知名度です。世襲議員は名字が同じですから、知名度抜群。選挙で有利です。

そして「カバン」は、鞄。お金がたっぷり入った鞄のこと。つまり選挙資金があることです。候補者が当選すれば、将来の見返りを期待して、政治資金が集まります。

こうして候補者が当選すれば、自分たちにとってプラスになると考える人たちが集まってきます。

世間知らずの娘も、選挙運動が始まると、当初の話とは違って、その苛酷なこと。親しいわけでもない人たちに頭を下げ、握手をして回って支持を広げる。「話が違う」と怒り出します。

そこで自分を支えてくれる秘書(窪田正孝)にとんでもない提案を持ち掛けます。こんな汚い政治の世界に入りたくないから、選挙で落選するようにしようというのです。

自らが落選するように仕掛けるには、どうしたらいいか。対立候補に喧嘩を吹っかけたり、秘書がSNSに候補のスキャンダル動画を匿名で投稿したりし始めます。

ところが、世の中はうまくいかないもの。落選しようと頑張るのですが、かえって支持率が上がってしまうではありませんか。

このままでは当選してしまう。候補者と秘書との落選に向けた二人三脚は功を奏するのか、どうか。そこに、病に倒れた父親の過去のスキャンダルを週刊誌が報じます。万事休す。いや、これで落選に進めば、ありがたいことではないか。

しかし、娘は突然、正義感に駆られて父親の代わりに謝罪に出ます。さて、この結果は吉と出るか、凶と出るか。あれ、どっちが吉でどっちが凶だったか。

結果が出るのは日曜日。支持者たちは当選を期待し、候補者本人は落選を期待して、テレビの開票特番を見ているのですが……。

コメディタッチの映画になってはいますが、これが日本の政治の現実でもあります。これでいいわけはないのですが、この映画を観ることで、政治への絶望と共に希望も持てるかも知れません。

掲載写真:『決戦は日曜日』
(C)2021「決戦は日曜日」製作委員会

『決戦は日曜日』

2022年1月7日(金)全国公開

脚本・監督:坂下雄一郎
出演:窪田正孝/宮沢りえ/赤楚衛二/内田慈/小市慢太郎/音尾琢真

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

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