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『映像研には手を出すな!』現役業界人の胸をも熱くさせるリアリティ “最強の人選”によるアニメ化

リアルサウンド

20/2/2(日) 8:00

 NHK総合テレビで放送中のアニメ『映像研には手を出すな!』が話題を呼んでいる。原作は『月刊!スピリッツ』にて連載中の、大童澄瞳による同名マンガ。迷宮のような町に暮らす高校1年生の浅草みどり(声:伊藤沙莉)、金森さやか(声:田村睦心)、水崎ツバメ(声:松岡美里)の3人組が「映像研」を立ち上げ、夢のアニメ制作に向かって邁進する姿を描いた物語だ。アニメ版の監督を務めるのは『夜明け告げるルーのうた』『DEVILMAN crybaby』の天才・湯浅政明。縦横無尽に広がる空想世界のビジュアルをふんだんに織り交ぜながら、アニメーション制作の過程を冒険ものとして活写する『映像研』の映像化には、これ以上ない最強の人選だ。

 マンガ・アニメともに多くの人を惹きつけてやまない『映像研』の魅力とは何か? たくさんあるが、まずは「ものづくり」のドラマとして優れていることが大きい。たとえば『カメラを止めるな!』や『下町ロケット』のように、日本人は職人気質を感動的に描いた作品が大好物だが、そこでキモとなるのが対象物への愛である。本当にゾンビ映画が好きなのか? 本当に精密機械や職人の技を愛してやまないのか? その点、『映像研』に描かれるアニメへの思いは紛れもない本物だ。

 うるさいぐらいに情報量の多い主人公たちの言動は、アニメに関する膨大な知識や考察なしには到底描けるものではない。彼女たちが取り組む自主アニメの制作工程も、極めて実践的かつ実戦的なものである。作品の完成を「魂を込めた妥協と諦めの結石」と表現する辛辣なユーモアも含め、本作の「ものづくり」にまつわる描写は、現役業界人の胸をも熱くさせる実感とリアリティを伴うものだ。

 それでいて、本作はどこにでもいる(?)高校生による無邪気な課外活動を描いた青春ドラマでもある。たとえば『SHIROBAKO』、あるいは『妄想代理人』第10話「マロミまどろみ」のように、シビアでリアルな業界裏事情を描いた作品ではなく、アマチュアだからこその純度と熱量をドラマに保ち続ける。しかも1年生だけの新設部という設定なので、先輩後輩のしがらみもない。この風通しのよさは、新入生しかいない野球部を描いた『おおきく振りかぶって』の設定の巧みさにも通じるものがある。ロマンスの要素が潔く省かれているのも現代的で、この余計なストレスを感じさせない作りが幅広く支持される要因でもあるだろう。

 もちろん絵の魅力も外せない。原作マンガのタッチ自体、作者の「アニメ大好き」で「作画大好き」な性格がひしひしと伝わってくるかのようだ。パースのきいた構図、路地裏ダンジョンめいた世界観設定、静止画でも動きを感じさせるキャラクターのフォルムなど、これをアニメ化せずになんとする!という作者の叫び声が聞こえてきそうだ。そんな原作を、作画マニアにとって神様的存在である湯浅監督が映像化するという事態は、いわばクエンティン・タランティーノのビデオ屋店員時代の逸話をマーティン・スコセッシ監督が映画化するようなものかもしれない。

 飛躍力抜群のイマジネーションを武器に、自らの夢みる「最強の世界」を作り上げようとする浅草氏。カリスマ読者モデルとして名を馳せながらも将来はアニメーターを目指し、溢れる作画表現への情熱を動画用紙にたたきつける水崎氏。そして、暴走しがちな彼女たちの手綱をクールに引き締めつつ、戦略的に成功の道を模索する金森氏。理想のアニメ作りを実現するために必要な構成要素(演出+作画+プロデューサー)を、明確にキャラ立ちした主要人物3人に集約して振り分けた設定もすこぶるうまい。今回のアニメ版では『獣道』『寝ても覚めても』『全裸監督』などの実写作品で注目を集める女優・伊藤沙莉が浅草役をエネルギッシュに演じ、作品に新鮮な風を吹き込んでいる。金森役・田村睦心のクールな怪演、水崎役・松岡美里のキュートな好演とのアンサンブルはそのままアニメ表現の多様性を体現するかのようで、これまた秀逸なキャスティングだ。

 3人娘のキャラクターには、原作者・大童氏の性格がそれぞれに一部反映されているというが、同じように湯浅監督のなかにも彼女たちは内在しているように思える。優れたアニメーターであり、独自のイマジネーションに溢れた演出家であり、制作会社「サイエンスSARU」を率いる代表兼プロデューサーでもある湯浅監督だからこそ、実感と共感と客観性をもって彼女たちの物語を楽しく描けるのではないだろうか。

 現実世界と空想世界を躊躇なく直結させつつ、その差異を明解に視覚化するアイデアも湯浅演出の真骨頂。空想パートはラフな水彩スケッチ風に描き、さらに効果音を人の声で表現する『風立ちぬ』スタイルで浅草氏の脳内世界を描き出す演出は、湯浅監督の『マインド・ゲーム』の未来予想図パートや『夜は短し歩けよ乙女』のクライマックスなども想起させる。抱腹絶倒の傑作短篇『キックハート』に続く湯浅作品への参加となる、オオルタイチによる浮世離れ感たっぷりの音楽も効果的だ。

 この原稿を書いている時点で、特に印象深いエピソードを挙げるなら、やはり第4話「そのマチェットを強く握れ!」だろう。3人娘が初めて自分たちの作品を(やや不本意な形ながらも)完成させ、初めて人前で発表するという重要な回である。ここでは原作以上に細かくアニメ制作のディテールが掘り下げられ、さらに原作以上の飛躍をもって「アニメーションの力」が可視化される。クライマックス、映像研の作った短編アニメが観衆を有無を言わさず巻き込んでいく臨場感表現は、まさに湯浅監督が思い描く「アニメの理想」でもあるだろう。アニメーションでアニメ制作について語るという本作のメタ的面白さが最初にピークを迎えたエピソードとしても、白眉の仕上がりだ。

 ちなみに僕にも学生時代、アニメ好きの友人たちとの出会いがあった(彼らもやっぱり3人組だった)。授業が終わると部室に集まって好きなアニメや作画の話ばかりしていた彼らは、やがて短編アニメの自主制作に熱中し、完成した作品は同級生たちの度肝を抜いた。3人とも、いまも現役バリバリのアニメーター、演出作監、美術監督として活躍している。

 だから知っている。いつの時代にも「映像研の面々」はいて、いまも夢中で何かを作ろうと頑張っていることを。この作品が、そんな人たちに限りない勇気と力を与える作品になる未来を願ってやまない。(岡本敦史)

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