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宇多田ヒカルの楽曲はなぜ心地よいグルーヴを生む? 現役ミュージシャンが分析

リアルサウンド

15/1/19(月) 7:00

 宇多田ヒカルさんは15歳だった1998年に『Automatic』で鮮烈なデビューを飾りました。改めて聴いても、15歳の少女がこの曲を作って歌った、ということに心底驚かされます。

 そのプロフィールは話題性も十分でしたし、コード進行もなかなか複雑で色っぽいですが、この曲がヒットした最大のポイントは、「和製」ではない本物のR&Bのグルーヴの心地よさを日本語の歌で表現したことにあるのではないかと思います。ボーカルのグルーヴ表現を何となく聴くだけでも十分わかるかもしれませんが、それは譜面的にも説明できます。

 下の表はAメロの歌いだしのリズムを表したものです。1、2、3、4はそれぞれの拍の先頭(表)で「0.5」というのが拍の半分(裏拍)、太字がリズムのアクセントです。ザックリと言うと、最初の小節で言うと「なー な」でタメて、「かい めの」で進む、というリズムになっています。

1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5
じゅ
とっ

 次に、下の表と見比べてください。下の表の太字は、リズムのアクセントではなく発音が強い音です。乱暴に分けると、濁音や「か」「た」行が強く、母音や「な」「ま」行が弱い音です。

1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5
じゅ
とっ

 リズムのアクセントと音自体の発音の強弱がかなり一致しますね? つまり、アクセントを強く強調して歌わなくても、音自体の強弱で自然にリズム表現ができるようになっている、ということです。実際によく聴いてみると、それほど強調しているわけではないのに、横揺れの心地よいグルーヴ感が強烈に印象に残ります。彼女はボーカリストとしても高い技量を持っていますが、そのグルーヴは単に歌が上手いからというだけではなく、歌唱力と作詞・作曲能力が一体となって形作られていることがわかります。

 このように、リズム表現を「譜割り」「アクセント」「歌詞」で作り、実際に歌って表現する、というのは多くのミュージシャンが少なからずやっていることですが、この曲の歌い出しでは表にして説明できてしまうくらいきれいに作られています。この一貫性は曲が進むにつれて段々と崩れていきますが、当時の彼女の年齢を考えれば、このように完成度の高い1フレーズを感覚的に作り上げただけでも驚くべきことです。

 彼女のこのような能力は、R&Bから離れ、より広い音楽性を提示するようになってからの楽曲でも遺憾なく発揮されています。例えば中期の『光』のサビの前半で同じような表を作ってみます。

1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5
どん
ずっ
どん

 ゆったりと歌っていますが、1〜3行目のリズムのフックがよく効いています。感覚的な言葉で言うと、1拍目の頭に休符を入れて、1.5拍目で踏み込んで、2拍目で広げて、3拍目からの3つのアクセントで畳み掛ける、というフレーズです。アクセントの位置だけを歌っても、“広げて〜畳み掛ける”というおおよその意図は伝わりますし、その前後でアクセントのない音が細かい表現をしていることによって、グルーヴも生まれています。そして、このパターンのフックが効いているからこそ、最後に平坦に並べた「そばにいるから」にしっとりとした優しさがこもります。

 また、トラック全体で見ると、ドコドコした印象で前へ前へと進むリズムトラックに対してどっしり構えたベース、という比較的シンプルな構造で、宇多田さんのボーカルによって初めて生まれているグルーヴ感があります。「歌と伴奏」ではなく、歌も含めてひとつのトラックとしてアレンジやエンジニアリングが施されていることは、彼女の楽曲の大きな特徴のひとつです。

 さらに、宇多田ヒカルさんはブレス(息継ぎ)も必ず音符と同じようにきちんとした位置に入れます。ブレスもひとつのリズム表現になっている、ということです。「Goodbye Happiness」「桜流し」のように、ほかの日本のミュージシャンが歌っていても不思議でないような曲でも、どこか独特のグルーヴ感を感じさせるのは、そのような細かいところに宇多田さんの鋭敏なリズム感覚が表れるからでしょう。

 以前このコラムでスピッツについて書いた際に、「発音の強弱が多彩な英語はリズム表現で起伏を作り、発音が比較的平坦な日本語はメロディで起伏を作る」というようなことを書きました。しかし、宇多田ヒカルさんの場合は日本語の歌詞でも洋楽的なリズム表現を自然に表現しています。英語で歌わなくても、あるいは「英語みたいに」歌わなくても、細かな発音の強弱や譜割りに対する鋭敏な感覚を持っていれば歌でグルーヴを表現できる、ということでしょう。

 楽曲の中でのリズムトラックの存在やアレンジの方向性も含めて考えると、歌や作曲の技術もさることながら、グルーヴに対する感覚や音楽の捉え方そのものが宇多田ヒカルさんの最大の魅力で、それは彼女の登場によって日本の音楽シーンに持ち込まれたものなのかもしれません。いずれにせよ日本の音楽シーンにとっていまだに稀有な存在です。

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■小林郁太
東京で活動するバンド、トレモロイドでictarzとしてシンセサイザーを担当。
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