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『チェンソーマン』圧巻のスピード感と“絵”の力 救いのない物語はさらにヤバい世界へ

リアルサウンド

20/8/17(月) 16:09

 巻を重ねるごとに面白さが加速する藤本タツキの『チェンソーマン』(集英社)。悪魔が跋扈する世界を舞台にした本作は、チェンソーの悪魔と融合した少年・デンジが公安のデビルハンターとして悪魔や魔人(人間の死体に乗り移った悪魔)と戦う姿を描いたオカルトアクションバトル漫画だ。

 『週刊少年ジャンプ』での連載は、大きな山を超えてクライマックスへ向かう直前といった印象だが、次の瞬間に何が起こるのか予測不能な作品であるため、突然、登場人物が全員死んで、最終回となってもおかしくない。だが一方で、その場のノリで行き当たりばったりで描いているように見えた物語の裏に、細かい伏線が張り巡らされていたこともわかってきた。

 あらためて第1巻から読み直すと、作者には描きたい物語は明確にあり、そこに向かって無駄なく突き進んでいるように見える。何より漫画としてのコマ運びが圧倒的にうまい。特にこの第8巻は全編見せ場とでもいうようなキレッキレの演出を見せている。

※以下、ネタバレあり

 物語は引き続き、デンジを狙う世界各国から派遣されたデビルハンターと公安のデビルハンターの敵味方入り乱れた激しい戦いが繰り広げられる。

 デパートの中で、クァンシ率いる中国からの刺客と戦う岸辺たちデビルハンターは、デンジを守りながら一進一退の攻防を繰り広げる。しかし逃走する中で、デンジは釘を踏んでしまい、刺客のトーリカが仕掛けた(釘で4回さすことが発動条件の)「呪いの悪魔」の攻撃を受ける。意識を失うデンジの前に現れるトーリカと師匠。「あなたはもう立派なデビルハンターです」と師匠はトーリカを称賛するが、その後、彼の意識を奪う。

 そして、人間を人形に変えるサンタクロースと思われる老人がデパートにやってくる。老人は手を刃物に変えて自分の胸を貫き、自分の命と三人の子供を生贄に捧げ「地獄の悪魔」に「このデパートにいる全ての生物を地獄へ招いてください」と言う。老人と師匠が同じ台詞を言った後、子供と老人の死ぬ姿が描かれ、デパートの中は真っ暗になる。そして空から現れた巨大な手がデパートを掴むと、デンジたちは地獄へと引きずり込まれる。

 言葉で説明しても意味がわからないかもしれない。実際、本編を読んでいても、突然のことで、何が起こったのかわからなくなるのだが、だからこそ地獄に引きずり込まれた恐怖が伝わってくる。

 状況の説明がないまま、突き進む藤本タツキの描写力は、これまでも凄まじかったが、空にびっしりとドアが敷き詰められており、足元には切り取られた人間の指が落ちているという地獄の描写は、比喩ではなく本当に悪夢を見ているかのようである。

 魔人たちが怯えているのを見たクァンシは一時休戦を申し出て、戦いに備えるのだが、そこに現れた根源的恐怖の名前を持つ悪魔達の一人「闇の悪魔」は、圧倒的な力でデンジたちの両腕を切り落としてしまう。

 「私は人形の悪魔です」「契約通りチェンソーの心臓を持ってきました」「私にどうか……マキマを殺せる力をください」と言うトーリカは、闇の悪魔に首をとられる。デンジたちは「闇の悪魔」に戦いを挑むが、返り討ちに遭い、デンジの上司・マキマは蜘蛛の悪魔・プリンシの肉体を使って地獄へ向かい、なんとかデンジたちを現実に帰還させる。

 現実では「闇の悪魔」の肉片を取り込んだ師匠が不気味な姿に変身していた。実は彼女こそが、人間を人形に変える真のサンタクロースだったのだ。

 ここから先はデンジ&クァンシVSサンタクロースのノンストップバトルとなる。何回も読み返さないと状況が理解できない複雑な構成だが、どうやら狙われていたのはデンジではなくマキマで、世界の権力者たちが恐れる巨大な力が彼女にはあることがわかってくる。劇中には「会話はマキマに聞かれている」というニュアンスのメモが繰り返し登場するのだが、どうやら彼女はネズミや鳥といった下等生物の耳を借りて人の話を盗み聞きしているらしい。

 デンジと「闇の悪魔」の力を取り込んだサンタクロースとの戦いにおける、真面目なのかふざけているのかわからないやりとり(なぜか途中で綱引きになる)や、サンタクロースを倒す際にクァンシと同行する魔人・コスモが見せた「ハロウィンのことしか考えられなくなる」精神攻撃の宇宙を感じさせる描写が続いた後、あっけなくクァンシたちはマキマに殺され、この巻は終わる。

 この7~8巻のスピード感は圧巻の一言で、新登場した多数のキャラクターたちがあっさりと一掃されてしまう展開はもちろんのこと、悪魔や魔人の禍々しい姿と人智を超えた攻撃を、言葉による説明を最小限にして絵の力だけで押し通す演出には頭が下がる。

 岸辺でなくとも「何も見たくねぇ…」と言いたくなる救いのない物語だが、巻を重ねるごとに漫画家として研ぎ澄まされていく藤本タツキが今後「どんなヤバい世界を見せてくれるのか」と思うと、恐いと同時に楽しみである。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『チェンソーマン』既刊8巻
著者:藤本タツキ
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/chainsaw.html

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