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『メイドインアビス』はなぜ過酷描写を続けるのか? 根底にある“未知の世界”を探求する楽しさ

リアルサウンド

20/2/1(土) 8:00

 「ワクワクする自殺」

 原作者のつくしあきひとが『メイドインアビス』について語っている時に出てきた言葉に、これほど本作を表すのにしっくりとくる表現もないと膝を打った。そんな難しい題材を取り上げた作品だからこそ、映倫のレイティングの区分が問題となるのは当然のことなのかもしれない。

参考:細田守と新海誠は、“国民的作家”として対照的な方向へ 2010年代のアニメ映画を振り返る評論家座談会【前編】

 『メイドインアビス』は、つくしあきひとの漫画作品を原作としたアニメーションだ。2017年にテレビシリーズが放送され、前後編と2作の総集編映画を経て制作された新作が劇場版『メイドインアビス 深き魂の黎明』だ。50館という公開規模ながらも、話題作が並ぶ興行収入ランキングでも初週9位を記録している。世界に残された唯一の秘境とも呼ばれる大穴、アビスの奥深くを目指し探検する少女リコと、記憶を失ったロボットの少年レグを中心とした冒険が物語の主軸となっており、今作ではテレビシリーズの後の物語が展開されている。

 当初、本作は小学生に見せるには問題のある描写があるものの、保護者の指導があれば鑑賞できるPG12での公開が予定されていた。予告編でも映倫マークはPG12となっており、誰でも鑑賞できるように制作側も表現を配慮していたことが想像できる。しかし公開1カ月前を切った12月25日、R15にレイティングが変更されたことが発表され、鑑賞できなくなった15歳以下の観客へ前売り券の返金対応を発表している。

 アニメ映画においてバイオレンス描写でR15指定されることは頻繁にあるわけではないが、過去にも例は存在する。近年では『劇場版PSYCHO-PASS サイコパス』が、映倫のコメントによると「刺激の強い殺傷・肉体損壊の描写がみられる」という理由でR15に指定されている。一方で『劇場版「Fate/stay night [Heaven’s Feel]」II.lost butterfly』が「殺傷流血の描写がみられる」ほか、2020年に公開された『巨蟲列島』では「数々の残酷描写やエロティックな表現が見られる」とあるものの、この2作品のレイティングはPG12に抑えられている。また『劇場版総集編 メイドインアビス【後編】放浪する黄昏』も「児童に対する残酷な描写」を指摘されているが、PG12で公開されている。

 本作はどのようなシーンが規定に引っ掛かったのか、筆者は2ヶ所ほど可能性があるように思う。1つは予告編でも用いられているレグが裸で人体実験を受けているシーンが児童に対する性的、あるいは暴力的表現として引っ掛かった可能性だ。ただ、このシーンは映倫の審査対象である予告編でも使われていることから、それ自体が大きな問題にならなかった可能性も否定できない。

 むしろ問題は、ある登場人物に訪れる過酷な描写だろう。信じている相手からの人体実験の結果、人としての形を保てなくなり、文字通り使い捨ての道具にされるという、とても辛く重いシーンだ。強く印象に残る描写となっており、作中でも随一の過酷な描写ではあるものの、映像そのものは過激なものにならないように抑えられている印象があった。映像面のみで語れば、本作よりも過激な描写のあるアニメ作品はいくつも思い当たる。物語などの流れなども加味されるため、複合的に要素が絡んだ結果だろう。

 本作がR15の指定を受けた原因は、おそらくキャラクターデザインにあるのではないだろうか。上記にあるように映倫のコメントにも「児童に対する」という文言があるが、本作はキャラクターデザインを3、4頭身ほどと極端に低く設定しており、大人のキャラクターとの身長差は現実とかけ離れているほか、設定上も12歳と幼い少女である。本作は“子どもが主人公”ということが強調されており、大人がメインキャラクターの作品よりも残虐な描写に対するハードルが上がったと考えられる。子供らしい可愛いキャラクターデザインと過酷な冒険のギャップが本作の1つの売りであるが、それがゆえに今回レイティングの変更に至ったとも考えられる。なお、同様のギャップを売りにした『魔法少女まどか☆マギカ』シリーズも過酷な運命に翻弄されている少女を描いているが、直接的な暴力表現がないためか、G指定となっている。

 今回、R15に変更されたことは適切な判断だっただろう。慣れ親しんだアニメファンならば、本作のような作品に理解があり、またシリーズ初見であっても耐えられるレベルのバイオレンス描写に抑えられている印象だ。しかし、イメージビジュアルからは子どもも楽しめる作品のように伝わりかねず、何も知らないファミリーや少年少女が映画館に向かう可能性も考えられる。偶発的な事故を防ぐためにも映倫の指定は妥当なものだろう。

 この記事からは『メイドインアビス』はバイオレンスな描写が売りの作品なのかと思われそうだが、それは違うと断言しよう。人間が生きることも難しいアビス世界の脅威、手段を問わずアビスに挑む悪役ボンドルドの狂気、大人の悪意に翻弄されながらも前を向くリコたちの矜持、そしてリコとボンドルドに共通するアビスの深淵に対する興味。リコとボンドルドは根っこのところでは同じタイプの人間であるが、歪んだ大人たちの思惑と裏腹に、仲間たちと協力し合いながら前を向く純粋な挑戦が観客の心を掴むのだ。また、本作は映像表現も荒々しいタッチがあるかと思えば、動きのない美麗な1枚絵のイラストを入れることにより、ある種の願いとして強く観客に訴えかけるなどの演出面でも“冒険”をしている作品だ。

 本作を語る際には、目を背けたくなるような残酷な現実や、人間を捕食するクリチャーがいるアビスの大穴の驚異に目を向けてしまいがちだ。しかし、地上で安寧と暮らすような選択を捨て、リコは生きて戻れぬ深いアビスへと潜り込んでいくことを決意する。描写が過酷であればあるほど、その挑戦はより尊く、冒険で未知の世界を探求する楽しさを教えてくれる。残虐な描写というリスクのある挑戦をしっかりと描き切ったからこそ、リコやレグの互いを思いやりながら進む姿がより際立ち、観客の胸をうつ作品となっている。

■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。

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