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『花と雨』が描く音楽と人の親密な関係 細部にまで込められたヒップホップへのリスペクト

リアルサウンド

20/1/10(金) 15:00

 音楽という形の無いものを映画で描くのは難しい。だからこそ、ファッションやヘアスタイルみたいにわかりやすい小道具やイメージに頼りがちになるが、そんな「外側」からは音楽は聞こえてこない。とくにヒップホップのように強烈なイメージを持っている音楽を題材にする時、それに振り回されることなく、しっかりとヒップホップという音楽の芯を捉えるのは至難の業だ。なにしろ、ヒップホップで重要なのは「リアル」であることなのだから。そのリアルさを追求したラッパー、SEEDAの自伝的アルバムであり、ヒップホップの歴史に残る名盤を映画化したのが『花と雨』だ。

参考:マイクを握る笠松将

 ロンドンで少年時代を過ごし、日本の有名私立高校に通う吉田。ロンドンでは外国人ということでいじめられ、日本では閉鎖的な社会や学校に馴染めず、吉田はイギリスでも日本でも孤立していた。自分の気持ちを打ち明けられるのは姉だけ。そんなある日、吉田はヒップホップ好きのグループと出会い、初めて自分の居場所を見つけ出す。そして、ヒップホップにどっぷり浸かった吉田は、ドラッグの売人をやって小遣いを稼ぐ一方で、ラッパーとして成功することを夢見ていた。しかし、念願のデビューが決まったものの思ったようにCDは売れず、晴れの舞台のラップバトルではプライドをズタズタにされる。突きつけられた現実の壁を乗り越えられないなかで、吉田を大きな悲劇が襲う。

 「吉田」というひとりの青年がヒップホップに目覚め、『花と雨』という名作を世に送り出すまでを描いた本作。監督を務めたのは、ビョークや水曜日のカンパネラなど様々なミュージック・ビデオを手掛けてきた土屋貴文。吉田を演じたのは、最近出演作が相次ぐ注目の新人、笠松将だ。笠松はリアルタイムで『花と雨』を聴いていたというSEEDAの大ファン。ヒップホップに馴染みがあることに加えて、撮影現場では物怖じせずに自分の意見を言い、周囲とぶつかっても納得いかないことをうやむやにしないという笠松のアクの強い性格が、吉田という複雑な内面を持ったキャラクターを演じるうえでプラスに働いている。土屋監督はキャラクターの内面をセリフで説明するようなおせっかいな演出はしないが、笠松はセリフに頼らずに表情や仕草の微妙なニュアンスで吉田の感情の揺れを表現。とくに印象的なのが目の表情で、吉田が抱えている行き場のない怒りや焦燥感が鋭い視線から伝わってくる。

 音楽映画として『花と夢』を観た時、重要なのは音楽と人の関係を丁寧に描いているところだろう。SEEDAのラップは自分の生き様を語ることであり、吉田という人物をしっかり描いていないとアルバム『花と雨』の世界を描くことができない。だからこそ、土屋は吉田の孤独と挫折を容赦なく描き出す。吉田はラッパーとして成功することを目指すが、その根底にあるのは自分を認めてもらいたいという、若者らしい切実な願望だ。子供の頃から世界に見捨てられたような疎外感を感じてきた吉田にとって、ラップは世界を振り向かせるための自己主張であり、初めて手に入れた武器だったことが映画から伝わってくる。

 そして、本作の見どころのひとつが笠松が初挑戦したラップだ。今回、笠松はラッパーの仙人掌からコーチを受けた。とくに「花と雨」に関しては特訓を重ねて、仙人掌から口の開け方や言葉の発し方などを細かく教えられたという。その甲斐あって本番で一発でOKを出した「花と雨」を歌うシーンは、吉田が大きな痛みを盛り超えてSEEDAとして成長したことを告げる本作のハイライトだ。また、個人的に印象に残ったのが、吉田が友人と街を歩きながらラップする姿を長回しで撮影したシークエンス。撮影時は現場で起こることに即興で反応してながらラップをしていたそうだが、そこに漂う空気感を通じて彼らとヒップホップの親密な関係が伝わってる。

 そのほか、自宅のクローゼットで吉田がラップを吹き込む姿、ラッパーとトラックメイカー(ラップを乗せるトラックの制作者/作曲者)との関係、レーベルの舞台裏など、ヒップホップをめぐるディテールを物語にさりげなく織り込んでいて、作り手側のヒップホップに対するリスペクトをしっかりと感じさせる。だからこそ、ヒップホップ好きにはもちろん、ヒップホップを誇張されたイメージでしか捉えていない初心者にこそ見て欲しい作品だ。そして、さらに本作は青春映画としてのリアルさも併せ持っている。

 自分が本当にやりたいことがわからないまま、傷だらけになって迷走する吉田の姿を、余計な説明やセリフを削ぎ落して鮮烈な映像で描き出す語り口は、土屋が本作を作るうえで刺激を受けた『ムーンライト』や『神様なんかくそくらえ』に通じるところもある。そして、そのなかで笠松は吉田というキャラクターを完全に自分のものにして、強烈な存在感を放っている。笠松は「これまで自分なりに試してきた演技の集大成」と断言しているが、本作は間違いなく彼の代表作になるだろう。映像という舞台を用意した土屋がトラックメイカーなら、肉体と言葉を通じて物語を熱く語った笠松は役柄そのままにラッパー。二人の個性が激しくぶつかることで、『花と雨』は映画でも「名曲」になったのだ。 (文=村尾泰郎)

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