Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

樋口尚文 銀幕の個性派たち

内田勝正、たまらなく洋風な和物のピカレスク

毎月連載

第44回

写真提供:株式会社 エ・ネスト

中山仁の追悼を書いている時に、あのメロドラマ映画の美男やテレビ映画のスポ根物の鬼コーチといった記憶にはるか埋もれた、三島由紀夫の寵愛を受けた美のアイコンという本来の顔が思い出されて、感慨深いものがあった。このように俳優が売れた“商品”としての顔と、その本来の魅力の核とが交わらないことはしばしば見られる。

そんな俳優のひとりが、つい先日七十五歳で亡くなった内田勝正だ。名前と顔が一致しない人も多かろうが、その顔を見れば「ああ!」とみんなが頷くであろう現役悪役俳優の代表格だった。そのおっかない風貌とは裏腹に面倒見がよくて俳優仲間の信頼も厚く、晩年は日本俳優連合の副理事長として俳優の待遇改善に尽力していたという人である。

1944年、野田に生まれた内田は、青山学院大学を卒業後、劇団四季に入団するが、なんとその後、三島由紀夫率いる劇団「浪曼劇場」の立ち上げに参加する。中山仁の追悼でもふれたが、浪曼劇場は1964年に文学座から分かれた劇団NLTがさらに分派して中村伸郎らを筆頭に結成されたが、三島作品の上演を何よりの目的としていたので、それまでは後方支援に徹していた三島が牽引役として前線に立つこととなった。

そして三島の『朱雀家の滅亡』では中山仁が主役を張っていたが、『サロメ』では内田が主演を果たす。後の内田はなぜか時代劇の悪役のオファーが後を絶たなかったのだが、風貌は彫りも深くアクのある洋風の風貌で(同じことはやはり浪曼劇場に属して後に時代劇の悪役として重宝される川合伸旺にもあてはまるのだが)、このまだ二十代半ば過ぎくらいの内田の精悍な容貌と肉体が三島ごのみであったのは想像に難くない。しかし、そんな三島が劇的な事件を起こして浪曼劇場も解散となる。

三島の死からまだ三月も経たない1971年2月15日、三島追悼公演として新宿紀伊國屋ホールで『サロメ』が上演され、内田は預言者ヨカナーン(ヨハネ)に扮して主演、天上の三島に熱演を捧げた。三島はこの後も存命であったら内田の俳優人生は変わっていたかもしれないし、ことによるとごく地味な舞台俳優として活動し続けたかもしれない。三島なき後の内田は、なりわいとしてテレビ映画『木枯し紋次郎』の脇役をつとめた。第11話「竜胆は夕映えに降った」で喜連川の八蔵(街道筋で紋次郎と同じくらい知られた悲運の渡世人)という役に扮した内田の印象的な風貌と真摯なる演技は、シリーズの監修をつとめて大人気に導いた市川崑の目に止まった。ちなみにこの11話は映画『ひとごろし』の大洲斉監督で、脚本に久里子亭(市川崑)が加わっていたのだが、この好評でシリーズでは例外的に18話「流れ船は帰らず」にも十兵衛という重要な悪役で再登板となった。

何が人生のターニング・ポイントになるか本当にわからないものだが、どうやらこの『木枯し紋次郎』への出演と評判が、以後の内田への時代劇悪役オファーの着火点であったようだ。実際、この同じく72年からの『大岡越前』シリーズ、73年からの『必殺』シリーズ、『水戸黄門』シリーズ、74年からの『大江戸捜査網』シリーズ、77年からの『桃太郎侍』シリーズ、78年からの『暴れん坊将軍』シリーズ、83年からの『長七郎江戸日記』シリーズ……そのほか、もう書ききれないほどの時代劇でやくざ者から悪代官まで悪役をやり尽した。なんと『水戸黄門』で悪役に扮したのは約七十話に及ぶそうで、シリーズ中内田はゾンビのように蘇生して違う悪役を熱演し、お茶の間を「またあの人だ!」と沸かせていたわけである。

しかし、私個人の思い出としては時代劇に比すとかなり少ない(と言いつつ相当な出演本数なのだが)現代劇での内田の記憶が強烈で、それだからこそ浪曼劇場時代の魅力や雰囲気もわかるような気がした。たとえば内田は小松左京原作の映画『エスパイ』では藤岡弘、ら正義のエスパーを抹殺せんとする冷血スナイパーに扮していたのだが、そのハードボイルドな雰囲気も、なんとも派手であっぱれな死にざまも、なんだか昭和のニッポン人とは一線を画したバタ臭さがあって、なんと続く映画『メカゴジラの逆襲』ではインターポールの刑事(!)に扮した。そういう役柄が妙に似合うイメージだったのだが、1977年のテレビ映画『Gメン‘75』「黒人兵カービン銃乱射事件」と同年の『怪人二十面相』なども心に残る(もちろん内田が二十面相)。日本人ばなれした和物のピカレスクに合掌。

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

アプリで読む