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『きみと、波にのれたら』不完全な者たちの等身大の姿 湯浅政明監督作にある“対比構造”を紐解く

リアルサウンド

19/6/27(木) 12:00

 湯浅政明が監督を務めた『きみと、波にのれたら』が6月21日より公開された。前作の『夜明け告げるルーのうた』で世界でも有数の国際アニメーション映画祭であるアヌシー国際映画祭にてグランプリにあたるクリスタル賞に選ばれるなど、国際的に注目を集める日本を代表するアニメ監督の1人である。

参考:脚本家・吉田玲子が語る、『きみと、波にのれたら』湯浅政明監督との2度目のタッグで描いたもの

 そんな湯浅監督作品の特徴といえばドラッグ作画とも称される独特な線や絵の動きに注目が集まるだろう。本作でも水が重要な役割を果たしており変幻自在な動きによってアニメならではの快感を発揮している。湯浅監督作品を語る際はアニメ特有の動きについて言及する方が多い印象を受けるが、今回は物語の特徴から本作ではどのような作家性が発揮されているか考えていきたい。

 湯浅作品の大きな特徴の1つが“不完全な主人公や登場人物への愛”と言えるのではないだろうか? 湯浅の名前を一躍世界中に知らしめ、今でも多くのクリエイターから絶賛されている『マインド・ゲーム』は、好きな女性に告白できず、またその女性がピンチの際に逃げ出そうとしてしまうような、いわゆるヘタレな男が主人公であった。またそれ以外の登場人物も借金取りや暴力団員から逃げ回る家族のような、恵まれない状況にいる人たちである。そしてそのような人たちへの人生賛歌が描かれている。

 また近年アニメ化を担当することが多い森見登美彦原作の作品である『四畳半神話大系』や『夜は短し歩けよ乙女』といった作品も、好きな女性にアタックすることのできない奥手でこじらせた大学生が主人公である。童貞小説などと呼称されることの多い森見登美彦のコミカルな作風と相まって人気を博した作品だ。

 湯浅監督が手がけたテレビアニメ『ピンポン』も才能の壁を残酷なまでに描く。類い稀な才能を持ちながらもそれを磨くことのできなかったペコと、ペコに匹敵する才能を持ちながらもそれを発揮することができなかったスマイルのライバル関係が物語の中心となっている。しかし、テレビアニメ化の際に追加されたオリジナルエピソードでは、中国から来た留学生であるコン・ウェンガなどのサブキャラクターを魅力的に描くシーンが多く、原作よりも強く印象に残る作品となっている。上記の作品は原作があるために何でも好きにできるということはないだろうが、女性に積極的になれない主人公や才能があるにもかかわらず何らかの壁にぶつかってしまったキャラクターを重点的に描く作品が多いのは決して偶然ではないだろう。

 それでは『きみと、波にのれたら』はどのように描いたのか。今作ではオムライスが何度も描かれており、オムライスをうまく作ることができないことでヒロインであるひな子の不完全さを強く印象づけている。また冒頭のシーンでは、引っ越ししたばかりの部屋の中で倒れてくる段ボールを必死に抑えていることから、ひな子が現状にそこまで余裕がないことが伝わってくる。

 一方でひな子の恋人である港はオムライスをうまく作れるなど完全性を強調し、ひな子だけでなく港の同僚である山葵と対比となるような描かれ方が印象的なキャラクターだ。山葵は火事が発生したマンションの屋上に取り残されたひな子を必死に助けようと階段を上がってきたのにもかかわらず、レスキュー車によって助けに来た港がいいところを持っていってしまうなど、山葵の存在もまた港の完全性を引き立たせている結果となっている。

 この対比関係は前作の『夜明け告げるルーのうた』でも発揮されている。主人公であるカイは動画投稿サイトで話題になる音楽を作ることができるが自分に自信を持つことができない少年である。そこに現れる人魚のルーは天真爛漫で歌うことや人前に出ることに一切の躊躇がない。自信がもてないカイと、自信にあふれたルーのコンビが対比関係となっているのは、本作と同じ構図と言えるだろう。このように湯浅政明は“不完全な人、自分に自信を持てない人”に対して優しく見守りながら応援するような視線を一貫して描いてきた。

 本作は『ゴースト ニューヨークの幻』の影響を強く受けており、湯浅監督自身も基本的に4人の登場人物の物語にするなど意識した作品と明かしている(参照)。“亡くなった男性が恋人を想い続ける”という基本的な構造は同じなのだが、幾つかの部分で大きな違いがある。『ゴースト ニューヨークの幻』では中盤以降サスペンス要素もあるのだが、本作においては4人の関係性を壊すようなサスペンス要素はほとんどない。悪人との対峙などの要素は最小限にとどめ、あくまでもひな子と港の恋愛や人間的な成長を中心とした物語となっており、よりストレートに2人の関係性とその変化を楽しむ物語となっている。

 そして『夜明け告げるルーのうた』と本作を比べた時、自然災害への言及があるように感じられる。特にルーの場合は海辺にある町が増水した海に飲み込まれていく姿を描いているものの、その描写はとても優しく人魚の助けもあって人が悲劇的に亡くなる様子を描かなかった。人魚になる=死を迎えると受け取れる描写もあるものの、決して不幸なことではないと受け取れるように描かれている。

 本作においてもそのような目線は健在だ。日常に唐突に起こる海難事故によって残されてしまい、呆然とするひな子の姿などはあまりに痛々しくて涙を誘うのだが、そこから立ち直ろうとする姿、そしてその死をどのように受け止めるのか? ということが描かれている。その描写の中には自然災害で家族や愛しい人が亡くなってしまった人々に対して優しく言及するような描写とも受け取れる。

 湯浅作品では努力する人や道に迷う人、大きな苦難に呆然とするしかない人たちへのエールが描かれており、多くの人に寄り添う物語となっている。特に今作は物語もストレートな作品となっており、多くの観客に届く作品となっているため、是非とも劇場での鑑賞をオススメしたい。

■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。

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