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『劇場版おっさんずラブ』はドラマの“優しい世界”がそのままに 再び歩き出した春田と牧たち

リアルサウンド

19/9/1(日) 10:00

 王子様によって、シンデレラの足にガラスの靴が戻りました。シンデレラは王子様と幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。

 まさにそんな完璧な結末だったのが、連続ドラマの『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)でした。それが映画になると聞いて、歓喜と同時に不安も感じました。

 完璧にお話は終わったのに、映画を盛り上げるために何か悲しい事件が起こるなら、それは見たくない。そう思った人、多いんじゃないでしょうか。たぶん、あの悲しい別離の6話(と、とんでもないラストシーン)から最終話を見るまでの1週間のせいです。あの辛さをもう2度と味わいたくない。あのふたりをもう2度と泣かせたくない。全7話のドラマを見ているうちに、春田創一(田中圭)と牧凌太(林遣都)のカップルは、架空の人物であることをこえて、何か不思議な存在になっていました。彼らは今もこの世界のどこかで暮らしている気がする、そうじゃないと嫌だ、どうか幸せであってほしい、と祈るような対象。

 そして、あの優しい世界観が好きだったのに、ポスターや予告では爆発してて、なんだかみんなが欲しい話とは違うのでは? という心配も。

 そんなわけで、うれしい気持ちにほんのちょっとの不安をふくんだまま、初日の映画館に座ったのですが……完全に杞憂でした。映画という大きな容れ物になったから、お話も大きくなりましたが、優しい世界はそのまま。ド派手に爆発しても(たぶんだいたい)大丈夫。

 シンデレラが靴を履きました。でもそこで物語は終わりではなく、シンデレラはその靴で歩いて行かなくてはいけない。映画は、その「歩き出すシンデレラたち」のお話でした。

 歩いていく道には障害物があったり、おたがいの歩くペースが違うことに気づいたり、行きたい方向が違ってきたり。時間が経てばいろいろ変わることもある。そんな時、どうするのか。そう、テレビドラマのエンディングは、スタートだったんですね。

 転がるように走って、必死に「あっち側」から「こっち側」へと渡って来た春田が、じゃあ「こっち側」で何をするのか。

 「愛って、いったいなんなんでしょうね」とつぶやいていた問いに、連続ドラマ版とは違う答えを見つけられるのか。

 恋をして結婚したら「家族」になる。その「家族」ってなんだろう。

 悩み考え、決断していくのは春田と牧だけではなく、黒澤部長(吉田鋼太郎)、武川主任(眞島秀和)、マロ(金子大地)などのいつものメンバーたちも、今回新しく参加した狸穴(沢村一樹)もジャス(志尊淳)も同じ。いろんな人たちのいろんな「歩いていくその先」がありました。

 平日の午後、また映画館に行きました。初日とは違って、そこにいたのはいわゆる「OL民」っぽい人たちだけではなく、文字通り「老若男女」でした。白髪の老夫婦、ひとりで来ている中年男性、ポップコーンを抱えてニコニコ待っている小学生とお母さん、制服の高校生たち、デートらしい若いカップル、中学生くらいの男の子たちのグループ。ありとあらゆるタイプの人たちで、夏休み終わりの映画館はいっぱいでした。

 恥ずかしい話なんですが、その光景を見て、ちょっと泣いてしまいました。視聴率一桁の深夜ドラマ。周りの人は誰も見ていなくて、それでも「『おっさんずラブ』が好きだ!」とツイートしているうちに、そんな人たちの声が集まり、ツイッターでのトレンド世界一になり、とうとうこうして映画になって、たくさんの人たちに愛されている。それがほんとうにうれしくて。

 上映中は何度も笑い声がひびき、シリアスなシーンではみんな静まり返り、ラストでは息をのむ音がする。

 映画が終わって出てくる人たちは、ほとんどが笑顔、何人かは目元をハンカチでおさえ、連れがいる人たちは感想を言い合っている。

 家でドラマを見るのと違って、周りにいる人たちと同時に『おっさんずラブ』の世界を楽しめる。楽しんでいる様子を感じて、また自分も楽しくなる。そこが映画のいいところですよね。映画館という空間で楽しさが増幅されていく。ドラマ見ながらツイッターでみんなと感想を言い合うのも楽しかったけれど、全然違う喜びが映画館にはありました。

 ホールでのんびりと余韻をかみしめていたら、小さな口笛が聞こえ、そちらに目を向けると、最初に見かけた男の子たちのグループのひとりでした。彼が歩きながら吹いていたのは「春」。春田と牧、ふたりのシーンでよくかかる、あのリコーダーの曲です。軽やかに「春」のメロディーを吹きながら、彼は友だちと去っていきました。

 『劇場版おっさんずラブ』はどんな映画かを、説明するのはちょっと難しい。ラブストーリーかもしれないし、アクションもすごい。働く人たちへのエールでもあるし、サスペンス風味もあり、スペクタクル要素もある。何度も声をあげて大笑いできるコメディ。それでいてさりげなく、社会の問題も投げかけてくる。ジャンル分けができないんですよね。

 ドラマを知らない人にどう言えばいいのかな、って考えていたんですが……「見終わった後、口笛を吹きながらそれぞれの道を歩きたくなる映画ですよ」でもいいかな、と彼を見て思いました。(イラスト・文=渡辺裕子)

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