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パソコン音楽クラブ、夜の高揚と感傷をパッケージングした『NIGHT FLOW』レビュー

リアルサウンド

19/9/10(火) 7:00

 パソコン音楽クラブ。奇妙だがどこか人懐っこい、一度見ると忘れられない印象的なアーティスト名だ。tofubeatsやimai(group_inou)らから称賛を受けるパソコン音楽クラブとは一体何者なのか。

(参考:パスピエ 成田ハネダ×tofubeats特別対談 サウンドメイクにおける“音楽的ユーモア”の重要性) 

 パソコン音楽クラブは、ともに90年代生まれの柴田と西山による大阪発の二人組トラックメイカー・DTMユニットだ。彼らの一番の特徴はRolandのSCシリーズやヤマハのMUシリーズなどといった90年代に発売された、もはや”レトロ機材”と呼ばれるような音源モジュールを使って作品を制作しているということだ。現在の音楽制作ではほとんど使われることのないその音色は、チープでノスタルジックだ。そんなレトロ機材を巧みに操り、80年代シティポップやフュージョン、テクノ、アンビエント、果てはヴェイパーウェイブなど多様な影響を飲み込み、独特なノスタルジーを備えた内省的なポップソングやクラブユースなダンストラックを生み出してきた。

 2015年の結成後、SoundCloudでの楽曲公開、他アーティストへのリミックス提供などの活動を経て、2017年にはtofubeatsやbanvoxらを輩出したことでも知られるネットレーベル<Maltine Records>よりEP『PARKCITY』を発表。その後もラフォーレ原宿のTVCMへの楽曲提供や2018年1月よりテレビ東京にて放送されたドラマ『電影少女-VIDEO GIRL AI 2018-』(テレビ東京系)の劇伴制作への参加、同ドラマ主題歌のtofubeats「ふめつのこころ」のリミックス提供などの活動や精力的なライブ出演でクラブシーンを中心に着実にファンベースを拡大してきた。そして2018年6月に初の全国流通盤となる1stアルバム『DREAM WALK』を発表。同年10月には4つ打ちのダンスナンバーに焦点を絞った『CONDOMINIUM. ーAtrium Plants EP』もbandcampで発表している。

 そんなパソコン音楽クラブの2ndアルバム『Night Flow』が2019年9月4日に発表された。タワーレコードが選出するレコメンド企画「タワレコメン」にも選出されている。“夜から朝に至る時間の流れとそれに伴う心の動き”というコンセプトのもと制作された本作は、前作『DREAM WALK』で感じられた“どこか遠い場所/記憶のノスタルジー”よりぐっと身近な印象となっている。前作から引き続き参加となるシンガー/イラストレーターのイノウエワラビに加え、新たにシンガーソングライターの長谷川白紙、unmoと、前作より多くのゲストボーカルを迎えた『Night Flow』。彼らとのコラボレーションによってもたらされた変化と本作の魅力に迫りたい。

 アルバムのオープニングとなる「Invisible Border」は、合成音声のカットアップとレトロ色の強いザラついた音像でレトロなデジタル感が強く打ち出されている。続く「Air Waves」では、幾度もダンスフロアでオーディエンスを熱狂させてきた彼ららしい攻撃的なダンスチューンで、夜が始まる高揚感を感じる事が出来る。ポップな歌モノが話題に上がることが多い彼らだが、こうしたインストのダンスミュージック然とした楽曲もクラブシーンで活躍してきたパソコン音楽クラブの重要な側面だ。

 本作最初の歌モノ楽曲「Yukue」は強い郷愁を誘う美しいシンセサイザーのアンビエンスからスタートし、unmoの柔らかくも芯のあるウィスパーボイスがノスタルジーを加速させる。これまでの彼らではあまりなかった“歌を聴かせる”ような音数を絞ったスローテンポの楽曲で、夜の情景とそれに喚起される内省が見事に表現されている。

 メロウな余韻も冷めないままキャッチーなシンセリフがなだれ込む「reiji no machi」は前作『DREAM WALK』に収録されクラブアンセムとなった「Inner Blue」の系譜に連なるアッパーな歌モノダンストラックだ。トラック自体はアッパーでありながら、過度なエモーションを抑えたイノウエワラビの歌唱によって聴き手の感情移入を容易くすると同時に、静かな夜の街の情景が強く印象付けられる。こちらも「Inner Blue」同様、2019年を代表するクラブアンセムのひとつとなることは確実だろう。

 またアルバム発売に先駆けて公開されたTao Tajimaによる本楽曲のMVは、無機質ながら息づく夜の街が絶えず回転するカメラワークによって撮影され、まるで街そのものが虚構であるかのように感じさせるような美しい映像となっている。映像と音楽の両面から双方の世界観を強化した作品だ。

 続く「Motion of sphere」は「Air Waves」と比べるとチルな雰囲気のある4つ打ちのインストナンバーだが、折り重なるアトモスフェリックなシンセサイザーの音色で思考が潜るような深い夜を感じさせる。「In the eyes of MIND」では前曲の雰囲気を受け継ぎつつよりアンビエント的な色を濃くしていく。ややスクリューされたような音像とモジュレーションはヴェイパーウェーブに近い感触で、こういった引き出しもまた彼ららしい。

 本作2曲目のイノウエワラビ参加となる「Time to renew」では、終わってしまう夜への未練と再び訪れるであろう新しい夜への期待が歌われている。Bメロにあたる部分ではラップのような歌唱も披露されているほか、いわゆるCメロが存在する、全体を通して男声コーラスが起用されているなど、どれも彼らの楽曲としては新機軸だ。「Time to renew」のアウトロから切れ間なく始まる「Swallowed by darkness」はインタールード的に挟まれるアンビエントナンバーで、来たる“夜明け”というフィナーレまでの期待を充分に盛り上げてくれる。

 アルバム最後を飾る「hikari」ではイントロで聴こえる陽性のピアノリフで否応もなく夜明けを連想させられる。パソコン音楽クラブとしては初の男性ボーカルをフィーチャーした楽曲だ。中性的で柔らかな長谷川白紙のボーカルとアンビエンスに暖かな朝日のように包み込まれる。長谷川白紙自身の活動においては特異なトラックメイキングのセンスに注目されがちだが、本作では彼がボーカリストとしても非常に高い能力を有していることを改めて実感させられた。パソコン音楽クラブは以前よりtofubeats「ふめつのこころ」のリミックス提供やライブセットではハードコア・テクノ的なアプローチは垣間見えていたが、後半で繰り出されるブレイクコアやドラムンベースを想起させるような激しいドラムの連打や手数の多いピアノは長谷川白紙とのコラボレーションによって引き出された彼らの新たなボキャブラリーのひとつかもしれない。

 前作のレトロでノスタルジックな魅力はそのままに、より洗練された音像によってさらなる深い郷愁と高揚感を生み出している。個々の楽曲はそれぞれポップチューンとして以前にも増した強度と普遍性を獲得し、バラエティ豊かでありながらコンセプチュアルにまとめることに成功している。“夜”という誰もが体験したことがある時間の、簡単には言葉にしがたいあの高揚と感傷を全9曲に見事にパッケージングした名盤の誕生に喝采を贈りたい。(しずろう)

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