Matt Cab、グラミー会場やコンテスト優勝で受けた刺激 愛用ヘッドホンの作り手と“音”へのこだわりも語る
20/3/26(木) 19:00
サンフランシスコ出身、日本在住のシンガーソングライター/音楽プロデューサーであるMatt Cab(マット・キャブ)が、アメリカにあるクラウド型楽曲制作プラットフォームを提供するSplice主催のリミックスコンテストにて優勝を獲得した。本コンテストではアリシア・キーズの楽曲を参加者がリミックスし、それをアリシア本人が選出して優勝者を選ぶという形になっており、何千人もの参加者の中から優勝を勝ち取り、そのプライズとして1月に行われた『第62回グラミー賞』に招待された。
グラミー会場では様々なアーティストや関係者との交流を深めると共にアーティストのライブを肌で体感し様々な刺激を受けて帰国したというMatt。ソロアーティストとしてはもちろん、プロデューサーとしても日々進化し続けているMattの今の声を聞くべく、今回はMattも普段から愛用しており、プロのミュージシャンにも愛用者が多いドイツのヘッドホンメーカー「ULTRASONE」(ウルトラゾーン)の国内販売に携わっている株式会社アユート Audio事業部の鈴木佑氏に同席してもらい、ヘッドホンと音楽の作り手として両者がこだわる「音」についても話を聞いた。(編集部)
『第62回グラミー賞』の会場で感じたこと
ーーMattさん、Splice主催のリミックスコンテストでの優勝おめでとうございます。どのようなきっかけで、コンテストへの出場を決めたんですか。
Matt:ありがとうございます。普段からSpliceをよく使用していたのですが、たまたまコンテストが開催されることを知って、昔から自分が大ファンで尊敬しているアリシア・キーズが審査することや、プライズのグラミー招待は大きなチャンスだと思いました。2000人以上の応募があったんですが、その応募方法がInstagramでハッシュタグを付けて投稿するだけだったんです。なので、きちんと見てもらえているかも不安だったし、結果の発表期日を過ぎてしまったから「ダメだったんだな」と諦めていたら、SpliceからDMが届いて、そのあとメールで「おめでとうございます」って書いてあって。自分でも信じられないぐらいびっくりしました。
ーー『第62回グラミー賞』(米ロサンゼルス ステイプルズ・センターにて開催)の会場に実際に行かれて、まずどんなことを感じましたか?
Matt:正直言葉では言い表せないほど色んなことがすごかったです。だけど、まずはグラミーと同じ日にコービー・ブライアント(元NBA選手、ロサンゼルス・レイカーズ)が亡くなったことが大きかったですね。彼はLAに住んでいる人にはヒーローみたいな存在だったし、しかも会場がレイカーズの本拠地でもあるステイプルズ・センターだったので、ショックを抱える人も多かった。僕もどうなるのだろうと少し不安でしたが、いざスタートするとコービーから皆がインスピレーションを受けて臨んでいたし、トリビュートステージも素晴らしかったです。
ーーコービーの逝去はとても大きなトピックでしたね。加えて、今年は若いアーティストのノミネートが多かったように感じました。
Matt:そうですね。ニュージェネレーションのアーティストが多かったし、BTSは5年前ぐらいにプロデュースさせてもらったことがあって(2016年『YOUTH』収録「Good Day」「Wishing on a star」)、彼らがグラミーのステージに立っている姿を応援しながら本当にすごいなと思いました。
ーー他にも実際会って嬉しかったアーティストはいますか。
Matt:ライブはしていなかったんですが、若手ラッパーのGuapdad 4000が会場にいて、彼はJ.Cole率いる<Dreamville>とも一緒に作品を作っているんですが、ずっと大好きで注目していたので、Guapdadと会って仲良くなれたことは嬉しかったです。今度東京に来たら一緒に曲を作ろうという話もしました。
宇多田ヒカルやサカナクションも使用、ULTRASONEヘッドホンの魅力
ーーそういえば、会場へ向かう飛行機の中でULTRASONEのヘッドホンを使用されてたそうですが、ユーザーとして使い心地はいかがですか。
Matt:音がすごくはっきりしていて、とてもいい音です。僕はミックス作業も普段からしていますが、他のヘッドホンで聴けない音もクリアに聞こえるところが素晴らしいです。
鈴木:早速ありがとうございます(笑)
ーー製品の売り手側である鈴木さんにもお聞きしますが、ヘッドホンに対する音のこだわりはどういうところですか。
鈴木:ULTRASONEはドイツのメーカーなのですが、聴く人の健康面やプロの方が長時間使用しても大丈夫な機材ということを前提に作られたヘッドホンなんです。耳の負担を下げたり、普段の生活での聴こえ方に近い音の響きと定位感を実現するS-LOGICという特殊な技術が使用されているのが特徴です。実際に聴いて頂くと効果が伝わると思います。
ーーULTRASONEは、宇多田ヒカルさんの「Goodbye Happiness」で実際に宇多田さんがつけていたり、サカナクションのメンバーがライブで使用されていますよね。
鈴木:実は、宇多田ヒカルさんの「Goodbye Happiness」で使用いただいていたのは、僕たちも出てから知ったんです(笑)。それくらい、プロの方にも通用するポテンシャルがあるというところが魅力の一つだと思います。たとえば宇多田ヒカルさんを始めとした所謂J-POPと言われる曲を聴いても、こんな音が鳴っていたんだという発見があったりします。それに、(ULTRASONEで)音を聴いていると色んなことが気になってくるんですよね。録音の音すごくいいけどどこのスタジオだろう? とか、エンジニアは誰だろう? とか。それは僕だけかもですが(笑)。
ーー音がクリア過ぎるがゆえに、音のバックグラウンドまで想像できてしまう、と。
鈴木:そうですね。普段、ポータブルではないホームオーディオで試聴しているお客さまに「こんな手軽に音質のいいものが聴けるんだ」と驚かれることもあり、リスニング用としてももちろん楽しんでいただけます。
ーー今はサブスクリプションが音楽の聴かれ方として定着して、手軽に誰でも音楽が聴ける時代ですが、Mattさんは曲を作る際に聴こえ方や音質をどう意識していますか。
Matt:ハイレゾ音源などもありますし、マスタリングの技術やストリーミングに配信するプロセスは浸透していると思いますが、そういうプロセスをもっとエンジョイするために、音を聴くシステムが大事だと思うので、聴こえ方や音質は常に考えています。
鈴木:最近では、ミックスするときにあえて普通のスピーカーやイヤホンで聴いて音質をチェックするそうですね?
Matt:そうですね。自分で作る音は幅広いレンジで聴かないとダメだなと思います。色んなもので聴いてみて、MacBookのスピーカーで最終チェックすることもあります。
ーーMattさんがご自身で使うスピーカーやヘッドホンを選ぶポイントはありますか。
Matt:フィーリングですね。でもそれは、色々な計算と技術を含めた上で「あ、この音気持ちいいな」というところに繋がっていると思うので、聴いた瞬間のフィーリングが良いと言うのは、それまでの製作の過程がすべて素晴らしいんだと思います。
ーーULTRASONEさんの音作りは、“低音の迫力と分離感”を得意とされているとのことですが、クラブミュージック、ダンスミュージックがトレンドの今の時代では、低音がどう聞こえるかも重要なポイントになっているのでは?
Matt:低音とハイハットのスタンダードが定番になっているので、そこがいい感じに聴けるシステムはすごく大事だと思います。
鈴木:音の特性には、低域と高域を抑えて中域・ボーカル域を重視した「かまぼこ型」と、低域と高域が特に強調されている「ドンシャリ型」というのがあるんです。ULTRASONEは、どちらかというとドンシャリだと言われるんですが、昔はかまぼこの方がいい音だと言う人が多かったんですね。なぜかというと、昔はアナログで音を聴いていたので、ドンシャリだと上下のノイズがより聴こえてしまうんです。だけど最近は録音や再生の環境が変わり、低音も高音も綺麗に聴こえるためドンシャリ型も認められるようになったと思います。
Matt:面白いですね。テクノロジーが変わると、人の定番も変わる。
鈴木:ULTRASONEは昔からあるブランドですが、低音と高音のメリハリがあるためトラップやEDM、ベースミュージックにもとてもハマっていて、そういったジャンルが好きな方にも楽しんで聴いてもらえると思います。
Matt:デザインも、フューチャリスティックとレトロさがどちらもあって、1970年代のSF映画とかに出てそうな感じが大好きです。
鈴木:ありがとうございます。無骨な感じですが、たとえば、こちら(Signature DJ)のヘッドバンドは車のバンパーと同じ素材で作っているのでかなり頑丈です。荒く扱っても、タフなのですごくしっかりしています。そのため、ライブ会場等のPAさんが使ってくれていることも多いですね。PAさんって大きい音でモニターチェックしているので、耳に優しく、なおかつ丈夫なヘッドホンを探していて、そこからULTRASONEを使って頂くようになったりもします。
Matt:大事ですよね、耳は。毎日5時間とか通しで音を聴くなんてこともあるので、やっぱり健康的なものが一番ですね。
SNSを駆使した発信などMattが届ける音楽の楽しさ
ーーMattさんの音楽遍歴についてもお伺いしたいのですが、サンフランシスコで育った幼少期の頃からよく音楽を聞かれていたのですか。
Matt:お父さんに色々音楽を教えてもらいました。父が大好きだったThe Beatlesや、モータウン、70年代のロック、それからThe Eaglesも聞いたし、クラシックまで色々な音楽を聞きました。それと、僕には年の離れた兄と姉がいて、2人からIce Cubeや2Pacなどのヒップホップや90’sR&Bを教えてもらったので、子どもの頃から幅広い音楽は経験できたかなと思います。あとは、5歳からクラシックピアノを習っていたので、そこがクリエイターとしてのスタートでしたね。
ーーたくさんの音楽を聞いていた中で、Mattさんがアーティストとして影響を受けたのは誰ですか。
Matt:やっぱりアリシアの存在はすごく大きいです。この前、彼女と初めて電話で話したんですけど、「僕が自分のお金で初めて買ったアルバムはアリシアの『Songs In A Minor』(2001年)です」って言ったら、彼女が本当に喜んでくれているのが伝わってきてとても嬉しかったです。
ーーアリシアからはどんなことを言われましたか?
Matt:アリシアの第一声が、「Maaaaaaaaaaatt!!!!」で始まったんです。僕の名前を覚えてくれてることに感動してしまって、全然言葉が出なくなってしまいました(笑)。憧れの人と話すのはすごく緊張したけど、彼女は思っていた通りとてもいい人でした。シンガーであり母親でもあるアリシアは、地に足がついた女性で、本当にあたたかい心を持っている人だと思います。僕も息子がいるので、お互いの子どもの話もして、友達みたいに話せました。
鈴木:自分が影響受けたアーティストに直接思いを伝えられるっていうのは素晴らしいことですね。
ーーご自身で作曲をしようと思ったのはいつからですか。
Matt:実はそれもアリシアの影響が大きいんです。クラシックピアノは譜面を見ながら弾くんですが、もっと自由な演奏がしたいと思っていたときにアリシアの「Fallin’」のMVに衝撃を受けて、耳コピで彼女の曲を弾き始めました。それが12、13歳の頃ですね。
鈴木:ビートを取り入れられたのはいつ頃ですか?
Matt:確か高校1年生の頃かな。両親にKORGのTORITONというワークステーションをプレゼントでもらったんです。だけど、TRITONのシークエンサーの中でトラックを重ねて作ろうと思ったらそれがすごく難しくて。
鈴木:ビートといえば、Mattさんは今年の2月に10周忌を迎えたNujabesの音楽にも影響を受けているそうで、彼の5周忌に追悼として「Luv (Sic.) Pt2」のインスト作品をリリースされていましたが、Nujabesはいつ知ったんですか?
Matt:大学1年生の時に、カートゥーンネットワークで放送していたアニメ『サムライチャンプルー』を深夜に見て「これ何!」と初めて聞いた時に驚きました。ちょうどその時友達と生バンドでヒップホップをやっていたんですが、その前からファレル・ウィリアムスのようなオルタナティブのヒップホップが大好きで、Nujabesの音も聞いていて耳が嬉しくなる音ですよね。鈴木さんは、普段どんな音楽を聴くんですか?
鈴木:僕はヒップホップが好きです。元々はMattさんと同じで父親がモータウンのアーティストや日本のグループサウンズが好きで僕も一緒に聞いていたんですが、中学生の頃にWu-Tang Clanがアルバムを出したりして、ヒップホップにハマってからずっと聞いていて、あとはロックも聞くし雑食ですね。Mattさんは今注目している音楽のジャンルはありますか?
Matt:うーん、2020年になって今や音楽にはジャンルがないと思っています。色々なエレメント(=要素)を混ぜて音楽を作るから、僕の頭の中でジャンルは洋服と一緒です、その日のファッション。それに、Instagramのようなソーシャルメディアもあるからリスナーにも気軽に音楽をもっと聴いてほしいですね。
鈴木:日本に来て「こんな人いるんだ」って驚いたミュージシャンはいますか?
Matt:普段から色々お世話になっていますが、m-floですね。VERBALさんと☆Taku Takahashiさんはアーティストでもあり、クリエイターとしての技術もビジョンも凄いなと思います。様々なアーティストとのコラボレーションの仕方にも、本当に憧れています。
ーーMattさんも、BTS、安室奈美恵などのメジャーなアーティストから、YOSHI、MIYACHIといった若者に支持のあるアーティストまで、たくさんの方のプロデュースやコラボレーションをされていますよね。今、この人が面白いと思うアーティストは誰ですか。
Matt:Shurkn Papはとてもかっこいいと思います。この人はラッパーなのかシンガーなのか、一体何者だ? って(笑)。ヒップホップやR&Bというジャンルで括れない、新しいウェーブの中の1人だなと思いますね。でも、実はこれから他にもかっこいいと思う色んなアーティストと、たくさんのコラボレーションを考えています。
ーーMattさんはソロアーティストとしてはもちろん、コンポーザーやプロデューサーとしても活躍しています。曲を提供する際に意識することは何ですか。
Matt:まずそのアーティストのメッセージとストーリーを優先します。
鈴木:リリックが先とか?
Matt:いや、そんなことはないですが、アーティストが何を言いたいのか、フィーリングを把握してから、プロジェクトを進めるのが大事だなと思います。一緒に曲を作るアーティストの魅力をみんなに伝えたいというのが一番ですよね。
ーーSNSで身の回りのものを録音して音楽にする試みもされていますが、やってみようと思ったきっかけはありましたか。
Matt:子どもが生まれたことで、世界の見え方がすごく変わりました。彼が見る世界は全部がすごいので(笑)見るもの聞くものすべてに驚いたり感動したりしていて。そんな息子のおかげで、自分まで子どもに戻ったように普通のことが新鮮に見えて、単純な日常世界のものが、やっぱり特別なんだと感じるようになりました。それで、この素晴らしい日常をアートにしたら面白いんじゃないかと。もう一つびっくりしたのは、リスナーの反響もたくさんあることです。楽しいことを人と共感できるのは、やっぱり音楽のすごいところだと思いますね。
ーーご自身のアーティスト活動におけるターニングポイントは?
Matt:最初は、自分のアーティスト活動のことばかりを考え続けていましたが、自分を優先せずにまずはいい音楽を作ろうと決めたことがプロデュースの道におけるターニングポイントだったと思います。でも、ずっと進化し続けていると思います。
ーー今回の受賞も大きな出来事になったと思いますが、受賞やグラミーの会場に行ったことを通して、この約2カ月間で音楽の向き合い方に変化はありましたか。
Matt:音楽に対して、とにかく今すごく前向き過ぎますね(笑)せっかくこんなに大きなチャンスをいただいたので、以前よりもっともっと頑張りたい気持ちです。
ーー今後の目標はありますか。
Matt:まずは、もっとコラボレーションを増やして、僕がブリッジをいっぱい作って色んな人と人をリンクさせて、新しいムーブメントやニューウェーブを作りたいと思っています。あとは、テクノロジーやソーシャルメディアもすごく早いペースで進化しているから、音楽のポテンシャルがどんどん広がっていると思います。なので、クリエイター側もリスナー側も、もっと音楽を楽しめる環境を作っていきたいですね。
ーーMattさんもInstagramで作業風景をアップしていますし、今回のリミックスコンテストの応募もソーシャルメディアで繋がったコミュニティだと思います。手軽に発信するプラットフォームが増えたことを、作り手としてどう捉えていますか。
Matt:僕はInstagramなどでビートをアップして、リスナーやユーザーの反応を見て「こんなアーティストがこの曲には合うんじゃないか」とアイデアをもらうこともあるし、ソーシャルメディアを使って、音楽の可能性を試しているところがあると思います。自分では「まあまあだな」と思っていても、アップしたら「これすごいよ!」ってたくさんコメントが来たりもして(笑)。発信してみないと、自分の作った音楽の良さがわからない時もあります。ただ、ソーシャルメディア自体は道具なので、その人の使い方によってネガティブになってしまうものでもあると思うから、しっかり音楽をポジティブに楽しめるように使っていければと思っています。
Matt Cab HP
Matt Cab Twitter
Matt Cab Instagram
ULTRASONE HP
ULTRASONE Instagram
新着エッセイ
新着クリエイター人生
水先案内