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矢野顕子のコンサートの醍醐味に浸った夜 『さとがえるコンサート 2020』を体験できた“ことの意味”を噛みしめて

リアルサウンド

20/12/22(火) 18:00

 渋谷のNHKホール。客席に流れていたフランク・シナトラの歌声が静かに消えていく。昨年と同じく小原礼(Ba)、佐橋佳幸(Gt)、林立夫(Dr)という極上のメンバーに続いて、鮮やかなイエローの衣装をまとった矢野顕子がピアノの前に。オープニングは「バナナが好き」(YUKIとの共作曲)。2曲目は、この季節ならではの「クリームシチュー」。どちらも“矢野顕子”というよりは、思わず“アッコちゃん”と呼びたくなるような軽やかでストレートなアレンジ。こうして25回目を迎えた恒例の『矢野顕子 さとがえるコンサート 2020』がはじまった。

 恒例の、と書くのは簡単だが、お気づきの通りコロナ禍での開催となった今年は、この日までの道程が例年とはまったく違ったであろうことは想像に難くない。2020年の年明けにニューヨークに戻っていた矢野さんはロックダウンを経験。その中で新曲「愛を告げる小鳥」をこのコンサートと同じメンバーで「生まれて初めての」リモート制作。そして『さとがえる』に合わせての帰国後は2週間の待機期間を経てのオンステージ。しかも、バンドでのライブは、2020年にこの一度きり。会場に駆けつけたファンも、そしてライブ配信を見ているファンも、その「ことの意味」を噛みしめていたはずだ。

 でも、そこは“アッコちゃん”。ともすれば重くなりそうな雰囲気を一気にオープニングの2曲で吹き飛ばしてくれる。だが、「今日、ここにいる」という「ことの意味」はやはり大きい。その2曲を終えた後、席数を減らしているとは思えない大きな拍手が会場に湧き上がり、矢野顕子は、思わずキーボードの前に座ったまま笑顔で涙を拭った。

 ここからは「クリームシチュー」から連なる「作詞・糸井重里/作曲・矢野顕子」ナンバーが続く。不思議な持ち味の「ふりむけばカエル」から「愛を告げる小鳥」。リモートで録音されたオリジナルバージョンに近いアレンジではじまりながら、後半はライブ用に飛躍したグルービーなソロを披露。曲が終わって思わず「休みたい(笑)」と呟いた矢野さんが客席を和ませながら「春咲小紅」へ。バンドサウンドの上でくるくると踊るような矢野顕子ボーカルが楽しい。

 ここで山下達郎の「Paper Doll」を演劇的とも言える独特のアレンジでカバー。語りかけるような、まさしく弾き語りではじまり、山下達郎のステージでも活躍してきた佐橋佳幸のエフェクトを効かせたファンキーなギターソロに続く。そのアレンジの想像力、歌とスキャットの陰影、ピアニストとしての本領を発揮するソロ。“アッコちゃん”がどんどん“矢野顕子”になっていく……その凄味が客席を包み込む。

 その凄味を支えながら、決して暴れない。そんなイメージなのがバックの3人。3年目でもあり、帰国後に2021年にリリース予定の最新アルバムのレコーディングも行ったという4人組は、アンサンブル、コーラス共に、まさに“大人のバンド”。その様子も頼もしいことこの上ない。

 1992年の名盤『SUPER FOLK SONG』に収録されたパット・メセニー作曲の「PRAYER」を丁寧に披露したあと、その頼もしきメンバーを紹介。「皆さんも次にバンドを組むときは、ぜひ彼にドラムを頼むといいと思います」という林立夫さんの紹介に客席の笑い声が起こる。

 そのメンバー3人による今回用のインストルメンタルナンバー「H.O.S.」(頭文字ですね)で、いったん舞台を降りた矢野顕子が、スタンディングで弾くためにセンターに設えたキーボードの前に白いワンピースで戻ってくる。

 矢野さんの「宇宙好き」は有名だが、それを象徴するナンバー「When We’re In Space」(ちなみに制作時よりも国際宇宙ステーションの乗員数が増えたことに合わせて歌詞もバージョンアップ)。そして「大家さんと僕」、「遠い星、光の旅。」と新曲を披露。どちらも「愛を告げる小鳥」から繋がるような優しさと、そして強さに満ちている。

 そのタフな優しさの余韻から「バンドでの演奏は久々」という「また会おね」をポップなバンドサウンドで聴かせて再びカバー曲へ。それはなんと「津軽海峡・冬景色」。「矢野が演れば矢野の曲」と自他共に認める“矢野ヂカラ”が炸裂。海風が吹き、波しぶきが上がるかのような怒濤のプレイが客席を覆い尽くす。少し大袈裟かもしれないが、矢野顕子のコンサートの醍醐味、ここに極まれり。そのプレイの後、林立夫さんが次の曲に入ろうとしたカウントを制して、「申しわけない」と笑いながら呼吸を整えた矢野さんに一曲入魂を見る。

 呼吸を整えて「ラーメンたべたい」。丁寧な感謝の挨拶をはさんで「ひとつだけ」。誰もが待っていた、誰もが大好きなナンバーで本編が終わった。〈今はひとりで ひとりでたべたい〉と呟く「ラーメンたべたい」、〈離れているときでも わたしのこと 忘れないでいてほしいの〉と歌う「ひとつだけ」。この名曲2曲が2020年という年に新たな意味を生んでいることに気づかされ、「今日ここにいる」ことへの思いが深くなる。

 大きな拍手に迎えられてのアンコール。NHKホールが改装に入ることもあって、ステージには三浦憲治カメラマンが登場して客席をバックにメンバーとの記念撮影。さらにスタッフへの感謝を込めたメッセージ。そして演奏されたのは「ごはんができたよ」。「バナナ」「シチュー」「ラーメン」「中華料理」……と、オープニングから続く、美味しいけどココロが泣ける「食べ物」シリーズ(!?)。会場の手拍子も美味しい隠し味。

 そして1984年のアルバムに収められた「GREENFIELDS」がラスト曲。この染みいるようなラストナンバーのセレクトに、終了後のSNSには、特に長年の矢野顕子ファンから大絶賛の声が寄せられた。

 ポップなナンバーと矢野ヂカラに満ちたナンバー。オリジナルとカバー。リモートでのレコーディングやライブ配信というコロナ禍が生んだ「新しい様式」にもしっかりと「矢野印」を刻印していく。さとがえってくれた「ことの意味」、しみじみとその余韻に浸る冬の夜だった。

■ライブ情報
『矢野顕子リサイタル in 鎌倉 2020』(配信)
Streaming+視聴チケット販売中
アーカイブ視聴可能期間…12月21日(月)19:00~12 月 27日(日)23:59 まで
配信チケット販売期間…12月27日(土)21:00まで
詳細はこちら

『矢野顕子 “Solo Live” in Blue Note Tokyo』
【配信日】2021年1月5日(火)20:00~
※アーカイブ配信期間…1月8日(金)23:59まで
※12月15日(火)公演の収録配信
詳細はこちら

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