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『もののけ姫』を映画館で“再体験”する醍醐味 スクリーンでこそ気付く静かなシーンの魅力

リアルサウンド

20/7/12(日) 10:00

「スタジオジブリ作品は何が好きですか?」

 今や日本中で当たり前のように通じる質問である。だが、見過ごされがちなことではあるが、映画館に年に1回も行かない人や、実写は観てもアニメ映画をほとんど観ないような映画ファンが、まるで好きな食べ物を答えるかのように作品名を次々と挙げていくこの現象は、とても驚異的なことだと言えるだろう。しかも宮崎駿作品は何作も観ている、観ていなくても名前を知っていることが当たり前のようになっている。その人気の高さはいまだに健在で『風の谷のナウシカ』などの宮崎駿作品が再上映されると、興行収入1位から3位までを独占した。

参考:ジブリ名作のリバイバル上映はなぜ成功した? コロナ影響下の映画館で再確認できたコンテンツの魅力

 国民的な人気をほこるスタジオジブリ作品だが、おそらく多くの方はテレビ放送されていた作品を観ているのではないだろうか。最も好きなジブリ作品に挙げられることも多い『風の谷のナウシカ』は、1984年公開と考えると、リアルタイム世代は当時15歳と仮定しても、50代以上の方に限られてしまう。再上映などの機会が0ではないだろうが、その人気とはうらはらに、劇場で鑑賞した経験を持つ人が少ない作品となってしまっている。

 今回再上映されている作品の中では、最も古い『風の谷のナウシカ』を劇場で鑑賞した際は、どうしても映像そのものには時代を感じる部分があった。しかし『ファンタスティック・プラネット』を思わせる独特の世界観や、過酷な環境を懸命に生きるナウシカの姿、森の深さと神秘性など物語が始まれば1分もかからずに作品世界に魅了されていき、今までテレビで観ていたものと同じ作品と思えないほどだ。また序盤、王蟲の殻の目のパーツを銃弾の火薬を利用して取り外す様子は、ナウシカの日常を感じさせる見事な演技だ。細かいキャラクターの仕草や生活のアイデアなどを含んだ高い作画能力は、時代を経ても色あせない力を発揮している。

 宮崎駿は『ファンタスティック・プラネット』を鑑賞した際に、日本アニメには日本独自の文化に根付いた作品が少ないことを指摘したと言われている。その時の思いも反映されているのだろう、構想16年かけた『もののけ姫』は日本古来の風習や伝統を反映した作品だ。蝦夷の一族やタタラ場など、歴史の教科書などではあまり触れられる機会の少ない語られざる人々に着目し、厳かな雰囲気すら漂う森林の様子や動物たちの躍動感、環境問題や神の物語をも内包させた大作の名にふさわしい作品だ。

 テレビでも何度も放送されていることもあり、作品自体は何回も鑑賞しているものの、映画館での鑑賞するのは今回が初めてだったのだが、映像表現と音楽に圧倒された。冒頭のアシタカが森から出てくるシーンから、抜けるような青空と木々の美しい緑、ヤックルの躍動感に圧倒されると共に、タタリ神の禍々しさと迫力に思わず息を飲む。その後も武士による合戦のシーンなどでは目を潜めたくなるような残虐な戦の様子がそのまま描かれており、その恐ろしさに身が震えるような思いをするなど、物語や映像表現に見入っていた。

 今回、劇場で鑑賞して目についたのが、静かなシーンの魅力だ。その一例がアシタカの身につけている華美な装飾品を挙げたい。ジコ坊と初めて出会う市のシーンでは、多くの人々がそこまで綺麗といえない服装をしている中で、アシタカの衣装は明らかに目を引くものとなっている。また食事シーンで出す赤い茶碗はジコ坊のセリフでも「雅な茶碗だ」と説明されているが、そのセリフがなくとも伝わるほどに美しく印象に残るものだ。エミシの一族の文化や風習が大和朝廷の文化と比べても、全く劣らないどころか、さらに豊かなものであったことが美術からも強調されていた。これらのシーンはテレビで何度も観ていたはずだったが、より鮮明な色合いと大きな画面の映画館だからこそ目に付く発見と言えるだろう。

 また、無音の中で姿を表すシシ神の登場シーンは、その神々しさに溢れており他のキャラクターを圧倒していた。自宅での鑑賞の場合は生活音などが入り込んでしまうものだが、静寂に包まれることで神聖ななにかが来るということがより伝わる。シシ神がデイダラボッチとなった姿はスタジオジブリ作品としては初めてCGが使われているが、それまでの手で描かれたセル画とは質感などが異なることで、さらに異質な感覚を宿しており、初めて導入した技術の特性を活かした作品作りに圧倒される。

 『もののけ姫』は一部デジタルが使われているものの、ほとんどがセル画で制作されているジブリ最後のセル画アニメだ。アニメなので当然ながら1枚1枚全て絵として描かれているが、そのことを忘れてしまうくらいに激しく動き回り、いわゆる止め絵のシーンがほとんどない。これでデジタル環境にあまり頼っておらず、絵の具などを活用して制作されていると思うと、今から考えても驚異的な作品だろう。世界規模においてもセル画アニメの最高峰の作品であり、歴史的な作品であることは疑いようがない。

 新作映画の多くが公開延期になるなどの残念なことが相次いだ上での措置だが、できれば他の作品も劇場で観たいと言いたくなってしまう人も多いだろう。スタジオジブリ設立から35年が過ぎ、幼少の頃から観ていた世代も40代を超えているが、親子で観ても全く色あせずに誰もが見入ってしまう作品が劇場で観られる機会はそうそうないだけに、ぜひともこの機会に鑑賞して映画本来の魅力を楽しんでほしい。

■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。

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