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追悼・藤圭子 ジャンルを超えた大名曲「夢は夜ひらく」の知られざる歴史

リアルサウンド

13/8/23(金) 11:00

 歌手・藤圭子が8月22日、西新宿のマンションから飛び降り自殺を図り、大きなニュースとなった。いまでは宇多田ヒカルの実母として語られることのほうが多かった彼女だが、デビューアルバムの『新宿の女/”演歌の星”藤圭子のすべて』、続くセカンドアルバム『女のブルース』の2作品がオリコンチャートで37週連続1位という前代未聞の記録を打ち立てたほどの歌手。この記録は宇多田をもってしても破れていない。なかでも彼女の最大のヒット曲は「圭子の夢は夜ひらく」。若い読者にはピンとこないかもしれないが、実はこの曲、新たなロックシーンを切り拓いた名曲としても誉れ高いのだ。

藤圭子『藤圭子 GOLDEN☆BEST』(BMG JAPAN)収録

 もともとこの「夢は夜ひらく」は、1966年に園まり、緑川アコ、藤田功と愛まち子、バーブ佐竹の4者がレコード会社を超えた”競作”というかたちで発売。これを70年に石坂まさをが”圭子バージョン”で詩を付け直し、不朽の名曲「圭子の夢は夜ひらく」は誕生した。もっとも有名となった園のバージョンは昔自分をふった男を思い出す”よくいる女”の詩で、いかにもムード歌謡といった趣なのだが、藤圭子バージョンは、暗い人生を送ってきた女の情念が効き過ぎるドスで表現され、ニコリともしないで浪々と歌い上げる様は、聴く者を有無も言わせず暗黒世界へ引きずり込んだ。その翳しかない歌声と表現力は、いま聴くと”演歌を歌うジャニス・ジョップリン”ともいえる存在感で、椎名林檎のデビュー時における作為的な”新宿の女”的アングラ演出など泣いて土下座するほどの「ホンモノ」感だ。

 曲調こそムード歌謡だが、歌に込められた魂はまさしくブルース──この「圭子の夢は夜ひらく」にビビッドに反応したのは、情念のフォークシンガー・三上寛だ。翌71年、三上は自詩で「夢は夜ひらく」を発表。サルトルにマルクス、銭湯、あしたのジョー、四畳半……歌詞には当時の”夢やぶれた”学生の姿が重なり、もって行き場のない息苦しさが充満した仕上がりに。とくに、ヌード写真に向かって射精しては拭き取るという歌詞なんかも登場して、すえたイカ臭さはフォーク界、いやロック界においてもナンバー1。「リア充爆発しろ」とつぶやく現代の男子諸君には、ぜひともコレを聴いて、自分の精子がそんなに臭くない、まだまだ絶望という名の熟成が足りないことを確かめて欲しい名曲である。

 本家の「夢は夜ひらく」は、美空ひばりにちあきなおみ、梶芽衣子、愛川欽也、藤圭子の前々夫にあたる前川清まで、錚々たる歌謡人脈がカバーしてきた(変わりどころでは、ジャズシンガーのヘリン・メリルがアルバム『ボサ・ノヴァ・イン・トーキョー』でこの曲を披露し、ヘドバとダビデ「ナオミの夢」も真っ青なカタコト歌謡に仕上がっている)。だが、本家とは対照的に、圭子バージョン、そして圭子バージョンにインスパイアされた三上寛バージョンの2曲は、96年にソウル・フラワー・ユニオンが三上詩にアレンジを加えた「(ソウル・フラワーの)夢は夜ひらく」
(『エエジャナイカ』収録)や、大槻ケンヂが在籍した電車が藤圭子バージョンをカバー(02年『勉強』収録)するなど、さまざまなアーティストたちによってロック道を進む。もちろんその流れは途絶えることなく、07年には女性ヒップホップMCであるRUMIが大胆にアレンジを施したバージョンを発表し、”元祖・怨歌”の波はヒップホップ界にも到達。また、ヨーロッパツアーを成功させたばかりの渋さ知らズの最新アルバム『渋彩歌謡大全』では、遠藤ミチロウが三上バージョンをカバーし、三上に負けず劣らずの激情を放っている。

 演歌を歌うことを嫌がっていたとも伝えられている藤圭子。しかし、いま演歌/ロックの垣根を越えてスタンダードとして「夢は夜ひらく」が歌い継がれているのは、彼女の隠しきれないソウルがミュージシャンたちの心を揺さぶったからに違いない。ダイアモンド・ユカイに言われるまでもなく、藤圭子は唯一無二の”ディーバ”だったのだ。

 ちなみに三上寛は「夢は夜ひらく」を収録したアルバムに『ひらく夢などあるじゃなし』と名付けている。”どう咲きゃいいのさ この私”──藤圭子が歌ったこの歌詞の意味をいま噛みしめると、三上の諦観・開き直りが藤にもあったならと悔やまれてならない。
(文=宇多野 純)

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