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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

ニューヨークのイメージを一新させた『アニー・ホール』と『マンハッタン』。映画の尻取り遊び、最後はウディ・アレンにつながりました。

隔週連載

第66回

20/12/22(火)

 ウディ・アレンの1977年の『アニー・ホール』は、それまで軽いコメディアンと見られていたウディ・アレンがはじめて作家性を打ち出した作品として重要であるだけではなく、ニューヨークのイメージをそれまでの“荒れた町”から“おしゃれな町”へと一変させた意味でも画期的な作品だった。
 ウディ・アレン演じる主人公は、スタンダップ・コメディアン。ブルックリンで生まれ、いまはマンハッタンで暮らしている。ユダヤ系アメリカ人。彼が愛するようになるダイアン・キートン演じるアニーは中西部からニューヨークへ出た。歌手志望。
 二人の恋愛がコミカルに描かれてゆくのだが、この映画で画期的だったのは、それまでの“荒れたニューヨーク”を描く映画とは正反対で、犯罪も、麻薬も、ポルノも、ゴミだらけの汚い通りも、落書きだらけの地下鉄も一切出てこないこと。
 ウディ・アレンもダイアン・キートンも知的ニューヨーカーで、共に映画館に行ったり(ベルイマンの映画を上映している)、テニスクラブでプレイしたり、本屋に寄ったりする。
 悪く言えば知的スノッブだが、自己風刺があるので嫌味ではない。最後のクレジットにニューヨーク市への謝辞が入るが、ほとんどのシーンはマンハッタンで撮影されている。セントラル・パークを始め、普通のニューヨーカーが普通に暮す通りや建物が親しみをこめて描かれている。
 それまで犯罪映画で見慣れた汚れたニューヨークのイメージが一変した。古き良き時代に戻ったといえばいいだろうか。いわばニューヨーク・ルネサンス。
 この点がやはり新鮮だったのだろう、『アニー・ホール』はアカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞(ウディ・アレンとマーシャル・ブリックマン)を受賞した。映画人も“汚ないニューヨーク”を見るのはもう辟易していたのかもしれない。

 ニューヨークの変化は、1978年に市長になったエドワード・コッチの行政手腕が大きい。
 ユダヤ系ポーランド移民の子として生まれたコッチは、民主党の下院議員を五期つとめたあと市長になった。独身で快活、卒直、次々にニューヨークの改革を進めていった。
 人気は抜群で1981年の選挙では、民主党、共和党の両方からの推薦を受けるという異例の形で再選されている。
 コッチは映画にも力を入れ、市長直属の映画オフィスを作り、ロケ地をニューヨークにするよう誘致した。また、“I Love New York”キャンペーンを行ない、それまでの悪いイメージを変えようとした。
 ウディ・アレンの『アニー・ホール』のあとの作品、1979年の『マンハッタン』は明らかに、コッチ時代のニューヨークあってのニューヨーク讃歌である。最後のクレジットの謝辞では、コッチ市長を挙げている。コッチは、78年から89年まで就任した。

 冒頭、名手ゴードン・ウィリスのカメラ(モノクロ)がさまざまなニューヨークの姿をとらえる。セントラル・パーク、ワシントン広場、ブロードウェイ、マンハッタンとスタッテン島を結ぶフェリー、ナイターが行われているヤンキー・スタジアム……。そのニューヨークの町に、ズービン・メータの指揮するニューヨーク・フィルの演奏でガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』が流れる。
 そしてウディ・アレンの声で、自分はいかにニューヨークを愛しているかが語られてゆく。物語は、ウディ・アレン演じるテレビのコメディ作家が、まだ十七歳の少女(マリエル・ヘミングウェイ)と、大人のジャーナリスト(ダイアン・キートン)とのあいだを行ったり来たりすることで進んでゆくが、この映画の見どころは、何よりも次々に紹介されてゆくニューヨークの名所にある。
 冒頭、ウディ・アレンがマリエル・ヘミングウェイや友人のマイケル・マーフィらと食事をするレストラン、エレインズ。
 ダイアン・キートンがマイケル・マーフィと出かけるデパート、ブルーミング・デールズ。
 ウディ・アレンとダイアン・キートンがデートの最中、雨に降られ、駆け込むヘイデン・プラネタリウム。
 あるいは、ウディ・アレンがマリエル・ヘミングウェイと夜に乗る観光馬車、などなど。
 そして、いちばんこの映画で有名になったのは、ポスターにも使われたイースト・リバーに架かる箱型のトラスの美しいクイーンズ・ボロ・ブリッジだろう。
 夜、ウディ・アレンとダイアン・キートンは、この橋がすぐ前に見える川べりのベンチに坐る。夜遅く、恋人たちが公園にいる。それだけ、ニューヨークの町が安全になった証しだろう。

 個人的な話になるが、私がはじめてニューヨークに行ったのは1979年。コッチ市長による改革が進み、ニューヨークが安全な町に戻りつつある時だった。
 きれいな映画館で『マンハッタン』を見てそのあとクイーンズボロ・ブリッジを見に行ったものだった。
 さて、ウディ・アレンから始めた映画のメリーゴーラウンド(映画の尻取り遊び)、ウディ・アレンに戻ったところで終わりにしよう。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『アニー・ホール』
1977年 アメリカ
監督・脚本:ウディ・アレン 脚本マーシャル・ブリックマン
出演:ウディ・アレン/ダイアン・キートン/トニー・ロバーツ/ポール・サイモン/シェリー・デュバル/トルーマン・カポーティ
DVD/ブルーレイ:ウォルト・ディズニー・ジャパン



『マンハッタン』
1979年 アメリカ
監督・脚本:ウディ・アレン 脚本マーシャル・ブリックマン
出演:ウディ・アレン/ダイアン・キートン/マイケル・マーフィ/マリエル・ヘミングウェイ/メリル・ストリープ
DVD:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン





〈おしらせ〉連載「川本三郎の 映画のメリーゴーラウンド」は今回が最終回です。皆様、2年以上の長きにわたり、ご愛読ありがとうございました! なお、この連載は、来春、同じ『映画のメリーゴーラウンド』の書名で、文藝春秋から刊行される予定です。お楽しみに!(編集部)


プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社)。

出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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