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モーツァルトとロイドゲーブの友情が今に蘇る 第46回「モーツァルト・マチネ」の楽しみ

ぴあ

©︎T. Tairadate

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8月11日に発売されたばかりの新譜『モーツァルト:ホルン協奏曲全集/福川伸陽&鈴木優人』の熱さを生で体験する機会が目前だ。ミューザ川崎シンフォニーホールの第46回「モーツァルト・マチネ(8月22日)」に、福川伸陽&鈴木優人が登場するのは嬉しい限り。オール・モーツァルト・プログラムの中で、ホルン協奏曲第3番と第1番が披露される。アルバム制作に伴う写真撮影直後に収録した彼ら2人のインタビューがあまりにも楽しくあまりにも興味深いので、ここにご紹介しておきたい。

まずは名盤揃いの同曲を今ここで録音する経緯を聞いてみた。

福川(以下F):最初は僕の中にロマンがあったのです。モーツァルトはロイドゲープという親友のホルン奏者のためにこの曲を書いたのです。コンサートを開くに当たり、「曲書いたからお前でろよ」という感じでロイドゲーブに接してたんじゃないかと思ったのです。その際にモーツァルトは親友がホルンを吹くのに黙って聴いているだけのはずがない。絶対に楽器を弾きながら参加したんじゃないかと思うのです。これはもちろん全部ロマンティックな想像で、事実であるという証拠もなければ、そうじゃないという証拠もありません。そこから始まって、モーツァルト役を僕の親友である鈴木優人くんにお願いしようと考えました。彼は作曲もするし指揮もするしチェンバロも弾きますからね。

鈴木(以下S):モーツァルトのようにはいきませんけれどね(笑)。今回の録音プロジェクト全体が練りに練ったというよりも、友達同士の意気投合でバッと作った感じなのは間違いありません。そこにエネルギーを感じます。オーケストラもN響とバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の混合チームで、これがまたもの凄く上手かったのです。

F:そうそう、今まで聴いたモーツァルトのどのオケの演奏よりも上手かった。

●それは凄い。本来は存在しないチェンバロが加わっているのも印象的ですね。

S:あれは通奏低音でチェンバロも一緒に弾いてほしいと福川くんが言ってきたのです。モーツァルトの時代は通奏低音の時代なので、チェンバロが入ってることは交響曲でもあり得ます。しかし、実際やるかどうかについては半信半疑なところもありました。でもやってみたらよかったんです。

F:チェンバロを加えることは僕の強い希望でした。音楽の中で証拠として無い部分は、奏者自身の解釈に委ねられるところもあると思っています。そこは僕自身のロマンで固めた感じですね(笑)

S:やってみたところ、すごく納得できたし、ベース部分にパルスが生まれる。弾くのは大変なんですけど、福川くんが切り開いていくアクティヴなモーツァルト像に似合っていると思いました。

●この名曲を録音するタイミングとしてはいかがでしょう?

F:ずっと録音したいと思っていた作品です。練れば練るほどいいものができるかもしれないし、歳を重ねればさらに良いものができるかもしれない。でもそんな事を言っていたらいつの間にか音楽家人生が終わるかもしれない。その意味では今回できて本当に良かったと思っています。解釈や考え方についても、優人くんと出会ってBCJの中で色々経験させてもらい、フーガやバロック・古典の考え方に自分でも興味を持って勉強していたところだったので、自分なりのモーツァルト感ができてきたところだったのです。その意味では僕の中でベストのタイミングでした。

●本来はナチュラルホルンのための作品ですが、今回はどのような楽器を使ったのでしょう?

F:名盤の誉れ高いデニス・ブレイン(カラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団)盤と同じB♭シングルの楽器を使いました。ナチュラルホルンでやることも考えたのですが、アルバムのコンセプトがばらばらになりそうだったので、今回はB♭シングルです。ナチュラルホルンの方はBCJと一緒にやりたいですね。

●優人さんはこの曲を何度も演奏していますか?

S:1番については、この曲を元ネタにして福川くんのためにバリエーションを書いたことがあります(アルバム『ラプソディホルン3』に収録)。この1番というのは実は謎の大い曲で、失われた部分をどういう復元でやるかによって曲自体が変わってきます。4番もやったことがありますが、2番&3番は今回が初めてです。問題は、2,3,4番が全部変ホ長調で似ていることです。

F:その通り。ホルン奏者でも途中でどの曲やってんのかなと思うぐらいです(笑)

S:それぞれの個性がちゃんと出せるかが課題ですね。楽器編成が多少違うのですが、今回は自然の流れの中で、結構色鮮やかな演奏ができたと思っています。

●テンポやリズムはどのように決めたのでしょう?

F:「こんな感じ?」といった雰囲気ですね。モーツァルトがロイドゲーブと遊んでる中で生み出された作品だと思うので、今の僕たちの雰囲気の中で自然に決まっていった感じです。

S:はい、厳密にこうだというよりも、阿吽の呼吸でした。

●参考にした演奏はありますか?

F:モーツァルトをやるとなった時点で、過去の演奏は聴かないことにしました。耳にこびりついているので、逆にそれを取り除きたいと思ったのです。録音が終わった後でデニス・ブレインの演奏を聴いたところ、「ああやっぱり素敵だな」と思うところと、「僕らのほうが良かったな」と思うところの両方がありました(笑)。

●モーツァルトが楽譜に書き込んだ言葉についてはいかがでしょう?

F:先程1番の復元の話が出ましたが、1番は初稿を使って演奏したのです、その初稿には、モーツァルトがロイトゲーブに向けて書いた言葉が全部反映されているのです。初稿を使用した理由は、モーツァルトとロイトゲープの一番新鮮な感覚を取り入れたかったからです。まさにモーツァルトならではのギャグの連発です(笑)

●そういえば、ロイドゲープはモーツァルトの父レオポルドと一緒にチーズ屋を開いて成功しているんですよね。まさに家族ぐるみの付き合いだったように感じられます。

F:そうそう、僕もそのうちチーズを作ろうかと思ってます(笑)

S:モーツァルトがロイドゲーブの家に泊まったときの手紙が残っているのですが、「彼の奥さんがん僕にネクタイを作ってくれた」なんて書かれているのです。モーツァルトは彼と一緒にいて本当にリラックスしていた様子が伝わってきます。

●それは素敵ですね。オーケストラのメンバーはどのように選択したのでしょう

S:急なプランニングだったのですが、いろいろ考えました。まずは使用楽器を決めなければなりません。今回はモダンホルンでやることになったのですが、モーツァルトのスタイルに馴染みがあって、典型的なものとして片付けないような人とやりたいと思ったのです。モーツァルトはこういうふうに弾くもの、ではなく、音符と向かい合えるような人ですね。その意向に沿って、ヴァイオリンの白井圭くんに声をかけたのです。そして彼とも相談しながら、N響の若いメンバーとBCJのプレーヤーを選び、管楽器も同じような感じで信頼できるメンバーを集めました。普段はみんな所属するオーケストラで真面目に演奏しているような人たちがハメを外しながら演奏したということで、もしかしたらソリストよりもはしゃいでいたんじゃないかな。すごく楽しい雰囲気でした。一期一会の集まりでしたけど、このメンバーでもう一度再現できたらいいなあ。

●今回の録音の目玉といえばカデンツァですね。優人さんも含めた3人の名だたる作曲家が提供してくれています。

S:はい、藤倉大さんのカデンツァは、「ナチュラルホルンでもふけるように」というオーダーを、いわば逆手に取ってナチュラルホルンの自然倍音列を必要以上に強調するという作品です。特に平均律の音程にはまらない自然倍音の動きの中で、突然法螺貝のような響きが入ってきたりして(笑)

F:当時のナチュラルホルンでも可能だったテクニックを使って、藤倉さんのカラーで作られたあたりがとても面白いですね。自然倍音を生かして、時代に逆行していくような曲。モーツァルトよりももっと前の時代に行ってる感じもします。藤倉さんのやっているのは現代音楽なんだけれど、モーツァルトだって当時は現代音楽だったという考え。その意味でバトルしているような感覚が面白かったですね。

●優人さんのカデンツァについてはいかがでしょう?

F:優人くんが書いた3番のカデンツァについては、吹いていたらモーツァルトが勝手に入ってくるような曲をお願いしたのです。なのでチェンバロ入りのカデンツァですね。

S:その通りです、最初は比較的オーソドックスなカデンツァを吹いているところに、僕がいたずらのように入っていく感じですね。「あれ?」みたいな(笑)

F:そこで僕が「入ってきたらこう吹こうかな」みたいなね。

S:途中上下交代しながら、猫がじゃれ合ってるみたいな感じです。最後はトリルが波のようにして終わります。イメージは「シーブリーズ・アット・葉山」ですね。

F:これは僕が狙っていたとおりでしたね。ロイトゲーブとモーツァルトが遊んでるような雰囲気です。彼らの関係は、僕と優人くんの関係にすごく近いなと思うのです。同じような目線で、彼らが喋ってるような感じのカデンツァにしてもらった。ここでは共演ですからね、ただただ楽しかった。2人のハーモニーがサントリーホールの素敵な響きの中に消えていくというのはたまらない体験でしたね。

●狭間美帆さんのカデンツァはいかがでしょう?

F:彼女のは、意外とオーソドックスに始まるのです。しかしだんだん彼女の色が出て来るのがすごく面白い作品です。特になにもオーダーせずに作ってもらった作品でテイストもお任せな感じですね。時間指定もまったくなしです(笑)。演奏する上では、ここが狭間さんのポイントだってのを見つけながら吹くのがすごく面白かった。普通に音階を吹いているようでいて、ここにアクセントを入れると多分彼女が思っているようなニュアンスになるんだろうなというような感覚ですね。

●それぞれ素敵なカデンツァで、そこに来ると耳と心が引っ張られますね。

F:でしょう。いろいろな作曲家にカデンツァを委嘱するのは名案だったと思います。まさにこのディスクの1つのアクセントになりました。最初から僕の大好きな作曲家3人に依頼しようと思っていたことなのです。それが今回の3人で、これまでにも僕のために曲をたくさん書いてくれています。

●実際にカデンツァを作ってみた感想はいかがですか?

S:福川くんのために作曲するのならば、楽しみながら限界に挑戦できるものにしようと考えました。決していじめてやるという感覚ではないけれど、既存の枠の中には収まらない奏者である福川くんが予想もつかないものを書いてみたいなと思ったのです。とてもクリエイティヴな時間でしたね。

●作曲にはどのくらいの時間をかけたのですか?

S:今回は短い作品なので15 分くらいかな。もちろん構想自体はずっと考えていたけれど、実際に書いた時間は15 分ですね。

F:出来上がったのが録音する前日ですよ。モーツァルトみたい。モーツァルトはトイレに行ってトイレットペーパーに書いたりしてたわけですからね。でも結果的にものすごく面白いカデンツァになったわけです。催促しなかったしね。

S:僕の結婚式で、福川くんにファンファーレを吹いてもらったのですが、そのとき楽譜を渡したのは当日だったから1日進歩したと思います(笑)

●今回の試みを拝見していると、音楽家にとって20世紀末よりも今の時代のほうがモーツァルトの時代に近いことが起きやすいように思いますがいかがでしょう?

F:奏者として動かなかったら何も起きない。その意味では僕からアプローチすることの重要性ですね。作曲家に曲を書いてもらって、その作曲家と上手くコラボレーションできるようになっていい関係性になると、作曲家の方も、自分の作品の中でのホルンの使い方などを僕を通じて活用してくれる。そこからいろいろなものが生まれてくるように思います。お互いにとって良いことだと思うし、僕にとっては最高にプラスです。

S:福川くんのスタンスが、今回はモーツァルトだからいいけど、来週は現代曲なのでやだなあ、みたいな感じがまったくない。その中で何をやってやろう、どうやって楽しもう、という音楽に向き合う態度が素晴らしいのです。僕自身もそういうふうになりたいと思っています。よくいわれる言葉に、「だめな曲はない、だめな奏者がいるだけだ」というのがありますが、どんな曲でも活かすのは演奏者なので、そういう気持ちは大切ですね。

F:振り返ってみて、今回の録音ほど幸せだったことはありません。モーツァルトだからというのもありますけどね。モーツァルトの全集を出せるホルン奏者ってなかなかいません。それが実現できたということだけでも凄いことでした。

  なんと熱い言葉の連続なのだろう。モーツァルトとロイドゲーブの友情が、デニス・ブレインとカラヤンを経由して、福川伸陽&鈴木優人によって再現される。その素敵な時間が目前だ。(取材・文:田中泰)

【アルバム情報】
モーツァルト:ホルン協奏曲全集/福川伸陽&鈴木優人
2021/08/11発売、3,300円(税込)、KICC-1580

https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICC-1580/

【コンサート情報】
8月22日(日)ミューザ川崎シンフォニーホール
モーツァルト・マチネ 第46回

https://tokyosymphony.jp/pc/concerts/detail?p_id=euFIVm%2FFKBY%3D&p_concertCategoryId=2X9bntqJAEI%3D

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