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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

『浅草四人姉妹』と『虹の谷』、シネマヴェーラ渋谷の2本

毎月連載

第4回

18/10/1(月)

『浅草四人姉妹』 ©国際放映

佐伯清監督『浅草四人姉妹』

浅草の小料理屋夫婦、三島雅夫・沢村貞子(両人とも浅草ものぴたり)には、長女・相間千恵子、二女・杉葉子、三女・関千恵子、四女・岩崎加根子の四人姉妹の子がいる。母は年ごろを心配して見合い写真を見せるが長女は鼻もひっかけず、二女は「姉さんのお下がりなんていや」、三女以下も同じで母はため息をつく。人のよい父は「まあいいじゃないか、うちは女天国だから」と店の卵焼を出し、「今は民主主義、女のおまえたちは何になるんだい」と聞く。
長身、しっかり者の長女はすでに女医で働いて「先生お姉ちゃん」と頼りにされ、洋裁店に勤める二女はデザイナーを目指し、踊りの師匠になりたい三女は芸者の世界に入り、まだ学生の四女は代議士をめざして勉強中。それでも四人集まると他愛ないケンカで家ではまだ子供だ。

その見合い写真は調子のよいぼんぼん田中春男(これもぴたり適役)で「どれでもいいや、上から」と仮病になりすまし長女の病院に行き、腹をさらけ出して美人女医の顔をうかがう。気づいた看護婦が同僚の外科先生(山内明)に知らせ、面白がって見に来たのがばれ、「なんて失礼な」と絶交を言い渡される。
二女が盲腸で入院し、山内先生に手術を頼むと「絶交休戦ならやる」と恩をきせる。ところが二女は山内先生に一目ぼれ、「お姉ちゃんは山内先生のことどう思うの?」「なんでもないわよ」「そう、よかった」と退院したがらない。
田中春男は三女の料亭にも現れ気を引くが、その客で来た紳士・二本柳寛に一目ぼれし「奥さん子供があってもいい」と恋煩いで寝込んでしまう。

『浅草四人姉妹』©国際放映

舞台の浅草は戦災で焼けた社殿新築中で薦がかぶり、通る姉妹は煙の上がる焼香炉に手をかざすのを忘れない。それぞれの道をあゆむ年ごろ娘四人の個性が際立つ巧みな演出に、仲見世参道裏や浅草界隈の描写が懐かしく、甘味屋の飯田蝶子が「かき氷飲んでかない」と誘う。
気の強い長女も次第に、病院で人望ある山内先生の明るい人柄に気づき、「絶交」を解除して惹かれる気持ちが起きる。ある日「ぼくの気持ちを知ってほしい」と誘われて胸ときめかすが、言いにくそうな告白は「二女と結婚したい」だった。
姉として自分の心を抑えたのを知らぬ二女は天真爛漫。恋煩いの三女も立ち直り、浅草演舞場での踊り「お夏清十郎」には入院中の二本柳から大きな花輪も届いた。四女は店の働き者・高島忠夫と気が合っているようだ。

二女の結婚式を終えた夜、いつものように家族でちゃぶ台を囲むが、母は浮かない顔で「はやく結婚しろと言ったけど、いなくなると淋しいわね」と洩らし、「燗冷ましのお酒、あれ頂戴」と言って飲み干し、「じゃ俺も」と家族全員が飲み回す。翌日、気を取り直した「先生姉ちゃん」は、今日も観音様に手を会わせて出勤するのだった。
四人姉妹の浅草版「細雪」は、芦屋の上流令嬢とはちがう親しみやすさに、たまらない温かみをわかせ、こういう映画はいいなあと心から満足させる。

吉村廉・古賀聖人監督『虹の谷』

『虹の谷』

森林で伐採した大木を牛に曳かせて山を下る仕事を「牛山師」という。牛育て名人の爺(菅井一郎)の孫・繁(月田昌也)は幼い日、生まれてきた子牛に目を輝かせ、それを売るという爺に泣いて抵抗。爺はやむなく親牛の方を売り、繁は連れられる親牛を見送りながら、自分が親になると決心する。
成長した繁と牛は牛山師にデビュー、仕事熱心とよく育てた名牛で頭角を現す。親方・河津清三郎は、牛なんか叩けば叩くほど働くと乱暴にこき使う荒くれ者(石黒達也)に眉をひそめている。直径2メートルもある巨木を牛5頭で曳くことになり、その一番引きは石黒の牛だが、いくら叩いても少しも動かず、親方は繁の牛と交代させて動き出す。面目丸つぶれの石黒は酔って繁の牛舎でいじめにかかり、逆に牛に押されて崖から落ち怪我をする。

牛山師の世界では人に危害を加えた牛は「虹の谷」で処分するのが決まりだった。それを実行せよと石黒に迫られ苦悩する爺を、ある夜訪ねた親方は、繁と牛をどこかに逃がせと忠告する。
舞台は阿蘇と雲仙をつなぐ広大な緑につつまれた山岳地。伐採された巨木が次々にどうと倒れ、枝をはらった長い丸太が急斜面を牛に引かれて猛スピードで滑り、先導の牛山師も飛び跳ねながらの荒っぽい仕事の迫力に目を奪われる。
繁は牛を連れて野宿しながら仕事をさがすうち、ある親方に拾われ水を得たようになる。親方の寄宿する家の娘・左幸子は純真な繁にいつか心を寄せてゆく。
しかしそこに意地になった石黒が手下を連れて現れ、繁が渓流で牛を洗うのを見て、その上の、急流をせきとめて丸太をため、定期的に放流して材木を流す「鉄砲関」を開け、たちまち繁と牛は大量の丸太の豪流に首まで浸かって押し流される。心配して来ていた爺と左も急流沿いを走るが救けるすべはない。石黒はざまあ見ろというように見ていたがそのうち、自分を捨てて牛を助ける繁を見て改心し、自ら流れに身を投じ救出にむかう。

谷間を渡るケーブルリフトや大型トラックなどは、いずれ牛山師の仕事は消えてゆく予感をもたせ、山間の町の独特な盆踊りをドキュメンタリータッチで入れるなど、かつての山文化を記録しようとする姿勢が貴重だ。日本映画にめったに見ない、大自然に働く男たちのダイナミックな世界がすばらしい。主役は「牛」。見ているこちらもいつしか牛に感情移入してゆく。
この作品は、1952年から60年代末まであった、記録映画的作品を多く作った「新理研映画会社」と、俳優集団「第一協同」で製作、1957年『激怒する牡牛』のタイトルで新東宝により公開された。河津清三郎をリーダーとする第一協同は、奥村公延、清水将男、田中春男、深見泰三らを擁し、この作品も河津、菅井、石黒、薄田研二、清水元が参加、さらに英百合子など、顔を見ればわかる日本映画を支える名脇役がいい。

作品紹介

『浅草四人姉妹』
特集「新東宝のまだまだディープな世界」(2018年9月1日~9月21日)で上映

1952年(昭和27年)新東宝 84分
監督:佐伯清 脚本:井手俊郎
撮影:横山実 音楽:斉藤一郎
出演:相間千恵子/杉葉子/関千恵子/岩崎加根子/三島雅夫/沢村貞子/山内明/飯田蝶子/二本柳寛/高島忠夫
太田ひとこと:相間千恵子の女医白衣、しゃれたドレスの杉葉子、浴衣が似合う関千恵子、学校制服の岩崎加根子と衣装分けも巧み。

『虹の谷』
特集「新東宝のまだまだディープな世界」(2018年9月1日~9月21日)で上映

1955年(昭和30年)新理研・第一協団 88分
監督:吉村廉・古賀聖人 原作:小山勝清 脚本:八木保太郎
撮影:瀬川順一/竹内光雄 音楽:佐藤勝
出演:月田昌也/左幸子/菅井一郎/英百合子/石黒達也/河津清三郎/薄田研二/清水元
太田ひとこと:左は自分の首のお守り札を繁にやるが、繁はそれを牛の首にかけてしまい、「私より牛が好きなんだ、バカ」と泣きながら駆けてゆく場面が好き。

プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。

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