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『その男、東京につき』はただの武道館までの回顧録ではない ラッパー・般若の“強さ”の源を痛感

リアルサウンド

20/12/25(金) 14:00

 東京生まれの東京育ちのラッパー、般若。日本のヒップホップを代表する一人である般若は、昨年1月、念願の武道館のワンマンライヴを成功させて、改めてシーンにおける存在感を発揮した。その武道館へと至るキャリアを振り返ったドキュメンタリーが『その男、東京につき』だ。ここにはひたすら我が道を進んできたひとりの男の人生が、力強い言葉と映像で刻み込まれている。

 まず、オープニングシーンが印象的だ。誰もいない日比谷野外音楽堂で、マイク一本持ってステージに立ってラップする般若。声援も拍手もないが般若のラップに熱がこもる。撮影されたのがいつかはわからないが、コロナのパンデミック以降なら、危機的な社会情勢の中でも自分は音楽をやり続けることを宣言しているようにも見える(今年、般若はコロナの影響で予定していたツアーを中止にした)。般若は2014年に日比谷野音で初めてのワンマンを、2016年に2度目のワンマンを行っているが、それは念願の武道館に向けての重要なステップだった。

 野音の無観客パフォーマンスの後、カメラは武道館のコンサートに車で向かう般若を捉える。そこで語られるのはラップを始めたきっかけだ。長渕剛に影響を受けた少年時代。音楽に目覚めた般若は、ギターではなくマイクを選んだ。その理由は、学校で隣のクラスの女の子がラップをやっていたのを目撃したからだ。般若はその女の子、ラッパーのRUMIに韻の踏み方を教えてもらい、彼女を通じて知り合ったDJのBAKUと3人で、ヒップホップグループとして活動をスタートさせた。「毎週練習をやるのが楽しかった」とBAKUは振り返るが、映画で紹介される当時のスナップ写真では、家の居間で3人が笑顔を浮かべて練習している。音楽をやるだけで楽しかった10代。しかし、ラップに対する情熱に火がついた般若は、そこからヒップホップにのめり込んでいく。

 当時、日本のヒップホップシーンを牽引するラッパーの一人だったZeebraにデモテープを送った般若。そのテープがきっかけで、Zeebraが出演していたラジオ番組に電話で生出演したときの生意気な音声が映画で紹介され、Zeebraがその時のエピソードを懐かしそうに振り返る。地元の暴走族の溜まり場に足を運んで自作のテープを聞かせていた般若は、やがて暴走族出身のヒップホップ集団、妄走族に加入。様々なライヴに乱入してはマイクを奪って名を上げていく。クラブにバイクで乗りつける妄走族は周りから怖がられる存在だったが、彼らに暴力的な意図はなく、ただライヴができる場所が欲しかった。そして、とにかく名前を売りたかった。しかし、その怖いもの知らずの功名心が仲間との間に溝を生んで、RUMIやBAKUは般若の元を離れることになる。当時を振り返って、「反省はしているけど後悔はしていない」と言う般若。この時期の経験が、後の活躍の基盤になったのだろう。やがて、妄走族からも独立してソロデビューすることに。波乱だらけの般若の青春時代は、日本のヒップホップシーンにおいても激動の時期だった。

 映画では般若へのインタビューを中心に、彼を取り巻く関係者にもマイクを向けて、般若の過去と武道館ライヴのパフォーマンス(現在)を交互に構成。曲が生まれた背景を紹介することで、般若が武道館でライヴをやる重みが次第に伝わってくる。主にアーティストとしてのキャリアを振り返った前半は、日本のヒップホップファンにとって興味深い内容だろう。BAKUやGAMIといった同志たち、t-Ace、R-指定、T-Pablowといった後輩たちが般若の知られざる横顔を語るなか、出番を待っていたAIが般若にマイクを奪われたエピソードは、当時の現場のヒリヒリした様子を臨場感たっぷりに伝えてくれる。

 そして、映画が進むにつれて、般若のプライベートに深く触れられていく。例えば子供の頃にいじめにあっていたこと。ついにキレた般若が、いじめっ子を待ち伏せして袋叩きにしたこともあった。いじめっ子が年上だったことから、それ以来、般若は上下関係が気にくわない。さらに、物心ついた時には家にいなかった父親との複雑な関係。長渕剛の歌が、不在だった父親の代わりに生き方を教えてくれたという。そして、その長渕との交流が般若をアーティストとして成長させることになる。

 これまで般若が曲の題材にしてきたことが本人の口から赤裸々に語られていくが、般若の語り口は真っ直ぐで、言葉の一つ一つに迷いがない。とくに印象的なのは、大きく見開かれた目だ。自分をさらけ出して怯まない、その鋭い眼差しは相手だけではなく、自分自身にも常に向けられてきた。ジムでハードなトレーニングを続けるのはコンサートのためだけでなく、自分の弱さと向き合うためでもあるのだろう。武道館という大きな目標を自分に課したのも自分を鍛え上げるため。その孤独な戦いを周りの仲間たちが、そして、大勢のファンが自分の物語のように共感して、コンサートで手を振り、涙を流す。武道館コンサートを見たZeebraは、そこにアメリカからの借り物ではない、純和製のヒップホップの誕生を見たという。だとすれば、この映画は般若のライフストーリーというだけではなく、日本のヒップホップの歴史を捉えたドキュメントでもあるのだ。

 映画の最後、武道館のコンサートで、「今日は今日だ。また次に行こう」と般若は観客に声をかける。武道館はゴールではなく、あくまで通過点。この映画は成功者が恵まれた場所から過去を振り返る回顧録ではない。社会から押さえつけられてきた男にとって、最前線で歌い続けることが最大の復讐であり、これからも戦い続ける強い決意が映画から伝わってきた。

■村尾泰郎
音楽と映画に関する文筆家。『ミュージック・マガジン』『CDジャーナル』『CULÉL』『OCEANS』などの雑誌や、映画のパンフレットなどで幅広く執筆中。

■公開情報
『その男、東京につき』
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中
出演:般若、Zeebra、t-Ace、R-指定(Creepy Nuts)、T-Pablow、Gami、BAKU、松井昭憲ほか
監督・編集:岡島龍介
撮影監督:手嶋悠貴
エグゼクティブプロデューサー:ショガト・バネルジー、ジョン・フラナガン、福井靖典、松本俊一郎
プロデューサー:上田悠詞
製作:A+E Networks Creative Partners
協力:昭和レコード
配給:REGENTS
配給協力:エイベックス・ピクチャーズ
(c)2020 A+E Networks Japan G.K. All Rights Reserved
公式サイト:HANNYAMOVIE.JP

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