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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

『両国花錦闘士』

毎月連載

第26回

『両国花錦闘士』チラシ  (C)2020『両国花錦闘士』

明治座・東宝・ヴィレッヂのプロデューサー三名が旗揚げした〈三銃士〉企画第一弾の舞台『両国花錦闘士(りょうごくおしゃれりきし)』。イケメンがまわしに大銀杏でポーズをとる、一度見たら忘れられないビジュアルは、どのように生まれたのでしょうか。手掛けたのは、ふだんマンガのデザインを中心に活躍するナルティスの新上ヒロシさんです。

左:新上ヒロシ 右:中井美穂

中井 『両国花錦闘士』はかなり早い段階から仮チラシが作られていましたよね。仮チラシのときから新上さんがデザインを?

新上 はい。うちはマンガの単行本のデザインを中心にやっているデザイン事務所なのですが、今回、岡野玲子先生のマンガが原作ということでお声がけいただいて。仮チラシの段階ではまだキャストも発表されていない状態だったので、岡野先生の絵をお借りして作りました。

『両国花錦闘士』仮チラシ

中井 たくさんある絵のなかからこれをピックアップしたのは?

新上 単行本の表紙で使用されている絵なんです。主人公である昇龍が立っている、カラーの原稿ということでこの絵を選びました。

中井 カラー。仮チラシだけれどもカラーで行こうと?

新上 そうですね。派手に行きたいということで。この仮チラシには、蛍光ピンクという色が使われています。マンガの表紙って、肌をきれいに見せるために蛍光ピンクをよく使うんですよ。普通は印刷ってCMYKの4色をかけ合わせたものですが、無理を言って特色と呼ばれる蛍光ピンクを使わせてもらって、5色刷りにしてあります。

中井 豪華!

新上 背景はこれ、明治座さんの座紋の桜で。

中井 なるほど。明治座、東宝、ヴィレッヂの“三銃士”にかけたわけですね。

新上 はい。異色のタッグということだったので、そこも盛り込んでいけたらと。

中井 そうなると東宝とヴィレッヂの要素は……?

新上 ヴィレッヂはこのチラシ全体の、新感線っぽさといいますか。東宝は、メジャー感でしょうか。

中井 確かに(笑)。タイトルの「両国花錦闘士」の文字はどなたが?

新上 これはうちのマネージャーが書いています。習字の師範で、普段からコミックスで筆文字が欲しいときは頼んでいて。最初はもっと、力士が書いたみたいな、荒っぽいものがいいかと思って僕が書いたんですね。そしたら岡野玲子先生からご意見いただいて。

中井 岡野先生から!

新上 ええ。この書体になってからも何回かご意見いただいて、最終的にこの文字になりました。

中井 そんな経緯が。紙もけっこう凝っていますよね。片方がツルツルで、もう片方がザラザラ。

新上 これは、包装紙ですね。マンガの帯によく使う紙です。

中井 帯の紙質なんて、考えたことがなかったです!

新上 意外とマンガは紙質にこだわる方が多くて。

中井 ふつうは仮チラシって本当にお金をかけられなくて、薄い紙に1色刷りのものが多いですけど、これは本当に豪華。

新上 そうですよね。まだ内容がわからないなりに、思い切り派手に豪華に作りました。

中井 これまで演劇のチラシのご経験は?

新上 本谷有希子さんのお芝居をいくつか。

中井 演劇のチラシって、作る段階ではまだ内容がわからないというのが特殊ですよね。

新上 そうですね。マンガのデザインの場合は、連載の段階で読んでいたり、もっと言えば連載前のネームという段階で見たり。

中井 え、ネームもご覧になることが?

新上 はい。編集者に「今度こういう連載が始まるからちょっとデザインを考えておいて」とネームを見せてもらって、そこからデザインが始まるんです。だからある程度ストーリーが分かっている状態でデザインをしているわけです。

中井 そうですよね。

新上 あと、マンガはやっぱりビジュアルを著者の先生が描かれるじゃないですか。だから写真を扱うことがほとんどない。。

中井 確かに。じゃあかなり特殊なお仕事ですね。

新上 マンガが増える前は、雑誌や本の仕事がほとんどで。当時はもちろん撮影もたくさんありましたが、最近は多くなくて。うちには8人デザイナーがいますが、こういう写真の仕事もできるように、年1回年賀状を撮影しているんです。

中井 (年賀状を見て)これすごい! 相当力とお金がかかっていますね。

新上 プロのメイクさん、カメラマンに入ってもらって。10月後半くらいからみんなで考えて、12月頃に撮影して作る。

中井 紙質もサイズも違ったりして。

新上 ここにはお金をつぎこもうと決めています(笑)。今回のチラシやパンフレットの撮影も、この年賀状を毎年撮ってくれている加藤アラタさんにお願いして撮りました。

六本木のディスコでまわし姿、
“神がかった”撮影

中井 今回、原嘉孝くんのビジュアルが新たにきちんと作られたことに気概を感じました。舞台って、そこにいる人で作るしかない。だからこうやってビジュアルを作ることを含めてストーリーを感じました。

新上 時間がなかったし、とにかくできることをやるしかないとはじめたら、いつの間にか壮大なことになりました(笑)。原くんは最初に一度撮っていますし、そのときに身体もよかったので、いけるだろうとは思いました。

中井 それで、このディスコのポーズに。

新上 せっかくならばまったく新しいことをしようと、キラキラしたポップな感じにしようと思って、じゃあ本当にストーリーの中に出てくるディスコで撮ろうと。最初はスタジオにディスコのセットを組むことも考えていましたが、やっぱり本物のディスコで撮ったほうがスタジオにはない映り込みなどもあっていいだろうと、急遽マハラジャ六本木で撮影することになりました。

中井 ディスコの総本山で。

新上 はい。まずロケハンに行ったら、照明さんがディスコのDJさんなんですよ。DJをやりながらくるくる回る照明を調整したりする。でも撮影のプロの照明さんというわけではないので、その人にここの照明では何ができるか、スモークがどれだけ出るかを聞いて、僕らで全部試した上で撮影日を迎えました。無理言って早朝に撮影させていただきました。

中井 じゃあ撮影当日、原くんは六本木のディスコでまわし姿になったわけですね(笑)。

新上 はい。いやあ、神がかっていましたね。一発でいいのが撮れました。どんなカットも全部使える。原くん、身体も最初の撮影のときより大きくなっていましたし、やってきてその場でパンプアップを始めたんです。すごいな、と。

中井 やはり覚悟もされていたでしょうし、何か持っているものもあるのでしょうね。

新上 実際覚悟をしている顔でしたし、何をやっても、どんなポーズもバチバチ決まっていく状態でした。この日は朝ディスコで撮影して、明治座に行って、そこでパンフレットの撮影もして。全部1日で撮り終えられました。

中井 すごいスピードで全てができあがっていったわけですね。このビジュアルは、お立ち台を実際に組んだわけですよね?

新上 そうです。お立ち台を動かして、寄せてきて、一発撮り。お立ち台は「Victory」を意識してVの形にしました。このお立ち台も、光の具合もぜんぶ、合成はしていないです。

中井 ミラーボールが頭の後ろにくるこの絶妙な角度を一発撮りで!?

新上 色補正さえしていないです。

中井 それはすごい。こう見ると、原くんのお顔立ちは原作に近い感じがありますよね。それにしても皆さん、チラシのデザインをしている方が撮影の照明をやったり、表情をつけたりと、ここまで関わっているとは思わないでしょうね。私もこの連載を始めてから「そんなことまでデザイナーさんが?」とびっくりすることが多いです。幅が広いというかフレキシブルというか……。

新上 ふだんコミックスの世界でずっとやっているから、実写の世界が来ると燃えちゃうんですよね(笑)。奇跡が起こる場面があるじゃないですか。もちろん、コミックスで先生が描いてきた絵が「奇跡だ!」ってことも毎回のようにありますけど、現場で起こる面白さもまた別にあるから楽しいですよね。

いろんなことを乗り越えた仕事の
リアルな面白さ

中井 新上さんは、もともとどうしてデザインの道に?

新上 工業高校に通っていて、車が大好きだったので日産に就職するつもりでした。就職も決まっていたけれど、「工場に行くの、嫌だなあ」と思っていたときに、車のデザインをする仕事があると知って。その高校から初めて、僕がデザインの専門学校に進むことになったんです。

中井 最初は車のデザインを目指されていたわけですね。

新上 そう。ところが、講師のエディトリアルデザインの先生がアルバイトを募集しているというので行ってみたら、もうその日から徹夜。学校も休まざるを得ず、あっという間に本の世界に引きずり込まれて、毎日雑誌だ、本だと作らされる生活が続きました。

中井 それはまた大変な……。

新上 最初は「車は? 車は?」と思っていたんですが、2年くらい経ったら本の作り方は一通りわかったので、エディトリアルデザイナーとして独立しちゃったんです。当時はまだ雑誌がたくさんあったから、出版社に行けば仕事がもらえる状態。定規と鉛筆だけ持って、レイアウトをしては入稿して……。

中井 まだパソコンがない時代。

新上 そう。それからパソコンに移行しまして。そのうち、『モーニング』の編集部にいた友だちが、「マンガのデザインやってみない?」と。「マンガってデザインするの?」と思っていたんです、読者アンケートページからはじめて、だんだんマンガの単行本を手がけるようになって。気づいたらマンガの仕事ばっかり来るようになっちゃいました。

中井 いちばん好きなマンガってなんですか。引っ越しても全巻持って行くようなもの。

新上 『湯けむりスナイパー』という名作があるんですけど。それですかね。

中井 私は少女漫画ばっかりで。青池保子先生や一条ゆかり先生、よしながふみ先生……。

新上 よしながふみさんの『愛がなくても喰ってゆけます。』のデザインはうちでやりましたよ。

中井 わあ、うれしい。家に帰ってもう一度とくと表紙を見直します。他の演劇チラシのデザインをやることは?

新上 本谷有希子さんの芝居を何度かやりました。本谷さんは意外と難しいことをやられるので、彼女と作るときは「何言ってるかわかんない」と喧嘩しながら作る感じです(笑)。もっと若い頃は下北沢の小さなお芝居の仕事……というか、ほぼギャラなしで、二色刷りのものを作るというのはやっていました。昔は僕らデザイナーは、よくお芝居のチラシを集めていましたね。グラフィックの最先端がそこにあると思っていたので。芝居のチラシのロゴとか、文字の組み方とか。そういうのがすごく好きでしたね。僕に限らず、みんな集めていたと思います。

中井 横尾忠則さんとか、いろんな方が手掛けていますしね。

新上 けっこうノーギャラでやっているデザイナーが多いから、好きなことをやる。そういうのを集めてはデザインの肥やしにしていました。昔に比べて今はチラシをそんなに追えてないというか……。お金は昔もかかっていないはずなんですけど、何が違うんでしょうね。制約が多いのかな、という気もしますね。

中井 完成度が高いのと、デザイナーの好きなことがみんなの手に触れることになっていると。

新上 せっかく劇場に行くのであれば、パンフレットを買って帰ってもらうという文化は残って欲しいですよね。チラシも街に置いてあって、手にとってもらうことから始まるという形であってほしいですけどね。

中井 そうですね。チラシを手掛けたお芝居は観に行かれますか?

新上 行きます、行きます。今回は絶対泣くと思います。いろんなことを思い出して。

中井 劇場に貼られたポスターを見るだけで泣いてしまうかも。でもこうしてみると、やっぱりプロの手掛けたビジュアルは違うな、と改めて思います。

新上 今は技術が発達していますから、学生さんの作品を見て「完璧だね」と思うこともたくさんあります。でも、逆にこうやって泥臭くいろんなことを乗り越えて作っていって、どうにか締め切りに間に合わせるという仕事は、やっていて楽しいですよね。「完璧なデザインができました」というよりは、「幕が開くんですね!」という話のほうが、リアルで面白いなと思います。

構成・文:釣木文恵/撮影:藤田亜弓

作品紹介

『両国花錦闘士』
日程:12月5日(土)~12月23日(水)
会場:明治座
原作:岡野玲子(小学館クリエイティブ「両国花錦闘士」)
作・演出:青木豪
主題歌:デーモン閣下
出演:原 嘉孝(ジャニーズJr.) /大鶴佐助  大原櫻子/紺野美沙子/りょう ほか

プロフィール

新上ヒロシ(にいがみ・ひろし)

1968年生まれ、東京都出身。桑沢デザイン研究所に進学後、エディトリアルデザイン事務所を経て、1989年独立。1997年、有限会社ナルティスを旗揚げ。講談社「モーニング・ツー」のアートディレクション、実業之日本社「漫画サンデー」の表紙デザイン、その他コミック単行本など、数多くのコミックデザインを手掛けている。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(CBC、TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。

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