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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

GOMA

愛する楽器 第9回 GOMAの師匠が作ったディジュリドゥ

ナタリー

19/6/28(金) 17:00

アーティストが特にお気に入りの楽器を紹介するこの企画。今回はGOMAが登場し、ディジュリドゥの魅力を語ってくれた。

いきなり基本を習得してしまいハマった

ディジュリドゥに最初に出会ったのは1990年代で、地元の大阪のダンススタジオでした。そこでちょっと触らせてもらったら、すぐに音が出せたんです。ディジュリドゥの唇を震わせたような“ブルルッ”という音は、練習すればけっこうすぐに吹けるようになるんですよ。ただそこから先に進むには、鼻と口で空気を循環させて音を途切れさせずに吹き続ける“循環呼吸法”という方法を習得しないとダメ。でも、なぜか僕は循環呼吸法もすぐにできたんです。それで「お、これは面白いぞ」と一気にハマりまして、そこから4年間は独学で勉強しました。

当時、日本にはディジュリドゥの音楽が聴けるCDはほとんどなかったし、ディジュリドゥなんて楽器屋の店員さんですら知らない。まだその頃はインターネットもそんなに普及してなかったので、本を読んだりして活字から音を想像しながら練習するしかなかった。でも独学でやっているだけではやっぱり壁にぶち当たるんです。この演奏方法が正解かどうか自分ではわからなくなって、本格的にやるために思い切って本場のオーストラリアに行くことにしました。

オーストラリアでは各都市にディジュリドゥの専門店が2、3軒ずつはあります。普通の楽器屋さんでもディジュリドゥが置いてある確率は高い。僕はオーストラリアのダーウィンという街に行ったんですけど、そこのディジュリドゥ屋さんで働いて、ディジュリドゥ漬けの生活をしていました。最初、僕がディジュリドゥ屋で「働きたい」と申し出たとき「なんだこいつは?」みたいな感じでお店の人に怪しまれました(笑)。でも、僕が毎日お店に行って100本くらいあるディジュリドゥを吹きまくっていたら、そのうち「そんなに好きなんだったら働くか?」と声をかけてもらって、そこで働きながら、道で演奏を披露するバスキングのスタイルで活動するようになったんです。

ディジュリドゥの穴はシロアリが作る

ディジュリドゥは、1本1本音が違います。1本として同じものがないので、演奏者と楽器の相性が重要です。人間はみんな唇の厚みが違うから、マウスピースが合わないとダメ。僕がうまく鳴らすことのできるものでも、ほかの人が吹くといい音が出ないものもあります。あと、ディジュリドゥには“バックプレッシャー”というのがあるんですが、演奏のときはそれがすごく重要なんです。口からポンって音を入れたら、楽器が音をポンって返してくる。そういう楽器との音のキャッチボールがグルーヴを生み出し、リズムに変わってゆく。バックプレッシャーはあの特徴的な低音と倍音にすごく関わっています。

プロ仕様のディジュリドゥは音のクオリティも高いし、マウスピースの大きさやユーカリの木の厚みも民芸品店にあるものとは全然違います。ユーカリにもウーリーバットとかストリンギーバークとか種類がいくつかあって、いいものを作るには、その中からディジュリドゥに向いてる材質のものを見極めることが必要です。ディジュリドゥはシロアリが内部を食べ尽くしたことにより自然と中心が空洞になった木を活用した楽器なので、その食べ方によって周りの厚みも変わってきます。最終的にはシェイパー(作り手)が手入れして穴の形を整えますが、基本の穴はアリさんが作るんです。腕のいいシェイパーだと、大地に生えているユーカリを叩いたときの反響音で「これは中心部分がキレイに食べられている」とわかるんです。そのままにしてたらもう朽ち果てるだけなので、それを切り出して楽器として再生させているんです。

名シェイパーになるとブランドが作られることもあります。僕の師匠はジャルー・グルウィウィさんという世界的な名手なんです。僕がディジュリドゥ屋さんで働いていたときに、たまたまジャルーさんの息子さんと友達になり、ディジュリドゥ発祥の地として知られる、アーネムランドで引き会わせてもらうことができました。今、ジャルーさんが作った楽器は世界的にすごい高値で売買されているんですけど、その頃はまだ値段はあるけどないような感じでしたね。オーストラリアでは僕もよく作って、働いてたお店に並べて売ってたんですけどね。僕の名前は出してないんですけど、きっと今も世界のどこかに僕が作ったディジュリドゥを吹いている人がいるんだと思います。

伝統的なものと現代的なもの

今日はたくさんあるディジュリドゥの中からよく使ってるものを4本持ってきました。映画「フラッシュバックメモリーズ」で使っていたものもあります。ペイントが施されている3本はジャルーさんに作ってもらったディジュリドゥです。この模様はアボリジニの間で語られる「ドリームタイム」という神話がモチーフです。それぞれの部族ごとの違うストーリーがあって、その神話に出てくる蛇とか、大陸の創造主だとかが描いてあるんです。線を描くにも部族ごとに伝統があって、アボリジニが見たらどこの部族が作ったかすぐにわかるんです。

ペイントがない1本は自分で作りました。もともとディジュリドゥは大自然の中で吹く楽器なので、ジャルーさんたちが作っているトラディショナルなものは音のレンジがすごく広いんですよ。でもそれだと、僕がバンドでやるときやほかの楽器とのセッションでマイクを付けて吹くときは音が埋もれやすい。それでいろいろ試行錯誤しながら、抜けのいいディジュリドゥを自分で作ったんです。でもこれは僕が事故に遭う前(※2009年に交通事故に遭い、記憶障害を発症)に作ったものなので、どうやって作ったのか今は思い出せないんですけど、自作したもので今も持ってるのはこの1本だけです。

ディジュリドゥは世界最古の木管楽器と言われてるんですけど、現代的にある程度アレンジしたほうが、バンドやフェスでやるときはいいなと最近思うようになっています。今はいろんな国から作り手が出てきているし、家具職人がその土地土地の木を使ってディジュリドゥを作ったりもしてます。ジャルーさんも僕が最初に会った1997年頃は、よそ者に対する警戒心的なものを持っていたように思いますけど、2000年代に入って外の世界に触れる機会が増えて、今は自分たちが守ってきた伝統が世界に広まることに対してすごくウェルカムなんです。

今、僕らより下の世代のアボリジニたちはディジュリドゥを使った新しいクリエーションを始めてますよ。ヒップホップやレゲエ、ロックとか現代の音楽をベースにディジュリドゥを織り交ぜて楽曲を制作したり。いろんなカルチャーがミックスして面白いことになっています。去年、来日したアーネムランドの若い子たちに会ったんですが、それまでは「マニマック」ってアボリジニの土地の言葉で挨拶してたのに、いきなり「ヤーマン!」と挨拶されました(笑)。今まさに新しい何かが生まれるようとしているんだと感じました。アーネムランドにもレコーディングスタジオができたりしてますし、ディジュリドゥはこれからが面白いと思います。

GOMA

1998年にオーストラリアのアーネムランドにて開催された「バルンガディジュリドゥコンペティション」にてノンアボリジナル奏者として初の準優勝を果たす。2009年に交通事故に遭い、外傷性脳損傷による高次脳機能障害の症状が後遺し活動を休止。療養中に描き始めた緻密な点描画が人気となり、画家として活動を開始。現在までに500点以上の作品を手がけた。2011年音楽活動を再開し翌年GOMAを主人公とする映画「フラッシュバックメモリーズ3D」が東京国際映画祭にて観客賞を受賞した。現在ディジュリドゥ奏者、画家としてのみならず、講演会などを行うなど多岐に渡り活動中。2019年7月には「GOMA×谷川俊太郎 詩画集『Monado』」を刊行、詩画集刊行記念個展を7月3日から15日まで、新宿 高島屋にて開催する。

取材・文 / 松永良平 撮影 / 阪本勇

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