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〇〇の異常な愛情 Vol. 4 横山未来の場合:ジャッキー・チェン好きの少年は如何にしてSHIBUYA TSUTAYAのVHSコーナーを企画するに至ったか

ナタリー

横山未来

2016年7月末、船井電機がVHS方式の家庭用ビデオテープレコーダーの生産を終了した。DVDやBlu-rayの時代を経て、現在では配信で映画を観ることが主流になっているが、ビデオテープの灯は絶えていない。2020年9月、東京・渋谷の一等地にあるSHIBUYA TSUTAYAがリニューアル。その一環として約6000タイトルのVHSを集めたコーナー「渋谷フィルムコレクション」を新設した。

このコーナーを発案したのは、当時27歳だったスタッフ・横山未来氏。何かに並外れた愛情を注ぐ人にスポットを当てる連載「〇〇の異常な愛情」の第4回では、彼がいかにしてVHSコーナーを企画し、実現するに至ったのかを掘り下げる。

取材・文 / 小澤康平

ネットで知り合ったおじさんとVHSの交換

──SHIBUYA TSUTAYAではいつから働いているんですか?

2015年です。地元である神奈川のTSUTAYAにはずっと通っていて、高校生の頃からSHIBUYA TSUTAYAに通い始めました。

──渋谷の店舗まで通っていたんですね。

ジャッキー・チェンが大好きなんですけど、SHIBUYA TSUTAYAにはジャッキーの映画がたくさんあったんです。ファンの間で「めっちゃそろってるぞ!」と話題になっていて。この前上映されていた「Mr.ノーバディ」も、主演のボブ・オデンカークがジャッキーを大好きだとインタビューで語っていたので観に行ったら、確かにアクションに影響が感じられて。面白かったです!

──周りにもジャッキーファンが多かったんですか?

いや、インターネットで情報収集をしていました。ネットで知り合ったおじさんとVHSの交換もしてましたね(笑)。今振り返ると「そこまでするか自分」という感じなんですが、観たい作品のためには手間を惜しまなかったので、渋谷まで借りに行くことは全然苦ではなかったです。ジャッキーの作品以外にも、「キートンの大列車追跡」などバスター・キートンの映画を借りに行っていました。毎週のように行っては、借りて返してを繰り返してました。

──通っているうちに働いてみたい気持ちが出てきた?

小さい頃から親と一緒にレンタルビデオ店にはよく行っていて、特撮作品や「ドラえもん」のVHSを借りていました。次第にジャッキーやチャウ・シンチーの作品にハマっていき、キートン、ハロルド・ロイドの作品もよく借りていたと思います。作品を借りて観ることは生活の一部だったので、自分の強みを生かせるのはビデオ屋なんじゃないかという考えが自然に生まれていったのかなと。あと、大きい店舗でたくさんのソフトに囲まれながら仕事をしたかったので、SHIBUYA TSUTAYAがぴったりでした。

──レンタルビデオ店で働きたいという気持ちを昔から持っていたんですね。

はい。僕が働き始めたのは22歳のときなんですが、(クエンティン・)タランティーノも22歳からカリフォルニアのビデオ店で働いていた。ただの偶然なんですけど、そのときは「一緒だ」と。自分の人生を無理やり映画と関連付けたかったんです(笑)。

流れが変わったのは最初の緊急事態宣言

──働き始めてから約5年が経過した2020年、横山さんは約6000タイトルのVHSを集めたコーナー「渋谷フィルムコレクション」を実現させます。どういった思いでこのコーナーを企画したんですか?

僕が小中学生のとき、大量のVHSがビデオ屋で売られていることがありました。「今しかない!」と思って買い漁っていたんですが、そこでたくさんの面白い映画と出会うことができたんです。実家の視聴環境はVHSからDVD、そしてBlu-rayと変わっていきましたが、やっぱりビデオテープに対する思いは強い。Blu-rayやDVDになっていない作品もありますし、SHIBUYA TSUTAYAにしかない貴重なVHSが埋もれてしまっているのはもったいないと考えていたので、コーナーとしてまとめることを提案しました。作品や監督に紐付いて分散していたVHSをまとめることになり、お客さんにとってのデメリットも想定できたので、反対意見はかなりあったのですが。

──どんな意見があったんですか?

シリーズの1作目だけVHSで、それ以降はBlu-rayやDVDになっているものがあるんです。1作目だけVHSコーナーに移動させたら、シリーズを連続して観たい方は2箇所に取りに行かなければいけない。例えば「ジャッキー・チェンの映画を複数本観たい」と思ってレンタルしに来てくれた方も、ジャッキーとVHSのコーナー両方に行く必要があります。それはお客さんには不便なのではないかと。

──確かに「VHSで映画を観たい」と決めている人にとってはコーナーとしてまとまっているのはありがたいですが、そうではない人には手間になり得ますね。そんな中、当初2000本程度だったVHSの本数を6000本以上に増やすなど、「渋谷フィルムコレクション」は大掛かりにスタートすることになります。新しくVHSを買い付けたほか、閉店した店舗の在庫を引き取ったという事情もあるそうですが、反対意見がある中で実現できたのはなぜでしょう?

2020年4月に最初の緊急事態宣言が発出されて、SHIBUYA TSUTAYAは約1カ月半の間完全に閉店していました。その期間に従業員それぞれが「このままでいいのかな?」と考えていたということだと思うんですが、営業再開後に流れが変わった気がします。映画を楽しむ手段が変化していくことはわかっていたので、お店全体が「自分たちも変わらないといけない」という考えになったんだと思います。SHIBUYA TSUTAYAの強みである圧倒的な在庫量を生かして、もっとお客さんに楽しんでもらう空間に変えていかなければいけないと。

──自ら企画した「渋谷フィルムコレクション」が完成したとき、どう思いましたか?

配置を変えるだけで、お客さんに与える印象が大きく変わると思いました。数千本のVHSがずらっと並んでいると迫力があります。自分より歳下でVHSに強い思い入れがある人には会ったことがないので、最後の砦として普及していきたいです。

入手困難な「盗写 1/250秒 OUT OF FOCUS」

──「渋谷フィルムコレクション」ができてからもう少しで1年になりますが、どのような反響がありましたか?

コーナーができた当初はTwitterをよく見ていたんですが、「ありがとう、SHIBUYA TSUTAYA」という投稿が多くて。感謝されるとは思ってなかったので、しばらく毎日チェックしていました(笑)。「お薦めの作品がここにあるから観てください」とツイートしている方もいて、それがきっかけで自分も観てみようと思った映画もあります。コロナの影響で海外の方にはあまりお越しいただけていないのですが、おそらく製作国でもなかなか観られない映画のVHSも置いてあるので、今後の反応が楽しみです。

──かなり高い位置までVHSが棚に並べられていますが、これはあえてでしょうか?

映画の博物館や森をイメージしていて、作品に囲まれているという感覚を味わってもらうために、台がないと届かないような高さにもビデオテープを置いています。上のほうまでたくさん本が積んである、古本屋のようなイメージです。

──現代において利便性を追求したものではないVHSがそういった形で置かれているのはいいですね。今後入手したいと思っているVHSはありますか?

原田眞人監督の「盗写 1/250秒 OUT OF FOCUS」です。福山雅治さんと二階堂ふみさんが共演した「SCOOP!」のもとになった作品なんですが、監督の大根仁さんが昔「盗写」のVHSを買い集めていたみたいで。見つけたら店長にお願いしようと思っているのですが、見つけることすら難しい。大根監督は10年前の時点で5本持っているようなので、大変おこがましいですが、1本個人的に購入させていただけたらありがたいです……(笑)。

映像の乱れ=過去に観た人の感情

──同じ曲であってもサブスクとレコードでは味わいが違いますし、同じ風景の写真でもデジタルとフィルムでは印象が変わってきます。配信とビデオテープにも同じことが言えると思うのですが、VHSで映画を観る魅力とはなんでしょうか?

この前、昭和のアイドル映画を何本か観たんです。キスシーンでガガガって映像が乱れたときに「みんな繰り返しここを観たんだな」と。人気のシーンはテープがすり減っているんですよね。そういう映像の乱れからは、過去に観た人の感情が伝わってくる気がします。

──それはVHSならではの楽しみ方ですね。

はい。あと昔は劇場やテレビ放送でしか映画を観られなかったと思うんですが、VHSと家庭用ビデオデッキが普及したことによって映画を観たいときに観られるようになりました。それからDVD、Blu-rayと、ソフトを所有することによって好きな映画を自由に観るコントロール権を得たのに、すべてが配信になってしまったらそれがまた失われてしまうのでは?という恐怖があります。

──確かに、観ようと思っていた作品の配信がいつの間にか終わっていることはよくあります。

配信は便利で、もちろん僕も使っているのですが、それだけになってしまったら嫌だなと。VHSに限らずBlu-rayやDVDでもいいんですが、大切な作品はソフトを買って、お宝としていつでも観られる状態にしておきたいです。

──SHIBUYA TSUTAYAでは、配信では観ることのできない作品のVHSもたくさん取り扱っていますね。

ジャン・ユスターシュの監督作「ママと娼婦」や、レオナルド・ディカプリオの主演作「太陽と月に背いて」はすごく人気があります。人気すぎる作品は表に置いていない場合もあるので、探しても見つからないときは店員に聞いてみてほしいです。裏に置いてあるだけかもしれません。「渋谷フィルムコレクション」にはGoogleで検索してもほとんど情報が出てこない作品もあるので、映画に詳しい方にこそ来てほしい。「絶対に知らない作品がある」と言い切れますし、「こういう作品の取り扱いが足りていないんじゃないか」と気付くことがあれば教えていただけるとうれしいです。

横山未来(ヨコヤマミライ)

1992年生まれ、神奈川県出身。2015年からSHIBUYA TSUTAYAで勤務中。好きな映画人はジャッキー・チェン。

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