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みうらじゅんの映画チラシ放談

『花束みたいな恋をした』 『メタモルフォーゼ/変身』

月2回連載

第53回

『花束みたいな恋をした』

── 今回の1本目は『花束みたいな恋をした』です。こういった作品をピックアップするのは結構珍しいですね。

みうら いや、昔から好きなんですよ恋愛モノ。そういや昔はよく恋したもんですよ。でも、今から僕が“花束みたいな恋”をしたら、それはそれで問題ありますでしょ(笑)。だからというのも何ですが、最近の恋愛事情をとんと知らないもので、この映画は観に行こうかと思ってるんですよ。

主演も当世を代表するイケメンと美女ですもんね。そういや、田村正和さんの『ラストラブ』以来、観てませんね、恋愛モノ(笑)。もう何年もこういうチラシは自分とはもはや関係ないと思って見逃してきましたが、僕ももう一度映画の中で“花束みたいな恋”をしようと思ったわけです。

── つまり、この映画で“恋する気持ち”を学びたいってことですか?

みうら そうですね。花束みたいな恋って何だってことですね。ま、どうせ、泣くんでしょうしね。“花束みたいな恋”の後には当然涙の局面が待ってるはずです。涙のカツアゲはあるんでしょ?

── 予告編を観たんですけど、確かに主人公の男女がファミレスみたいなところで別れ話をして泣いていました。

みうら やっぱね。もう記憶はあやふやですけど、自分もきっと若い頃ファミレスで泣いたような気がするんですよね。ファミレスは涙の駐車場ですもんね。

“バイト、同棲、就活”って書いてありますが、こういうのも随分、懐かしい響きですよ。同棲ってのも、久しぶりに聞いた気がします。

── 確かに歳を取ると、“同棲”は縁がなくなりがちな言葉かもしれません。

みうら “就活”だって、こっちはもう“終活”の方が近いですからね(笑)。この青春の3要素も、おそらくもう僕の人生にはやって来ないんじゃないでしょうかねぇ。

このチラシでは“いつでも一緒に二人でいた、20代のぜんぶが、ずっと楽しかった”って言ってますね。僕も、覚えてないだけできっと“楽しかった”はずだと思うんですよ。でも、とんと忘れてるんです。20代の全部がずっと楽しかった感覚を!

── みうらさんの青春は、『アイデン&ティティ』みたいにマンガや映画としてすでに残ってるじゃないですか?

みうら でもあれを描いたときだってすでに30歳くらいでしたから。僕、今だって基本は楽しいんですけど、20代のぜんぶが楽しかったなんて言われちゃね、ちょっと悔しいですね(笑)。

この男女は“終電を逃して偶然に出会う”みたいですけど、それですぐに同棲始めるくらいに盛り上がったってことですよね?

── チラシには“好きな映画や音楽が嘘みたいに一緒で、あっという間に恋に落ちた”と書かれていますね。

みうら これは年寄りからのアドバイスですけど、好きな音楽や映画が嘘みたいに一緒の人って、後々あんまりうまくいかないですよ。そのときはいいですけど、長く続かないのが常です。

逆にね、趣味が合わない人の方が長続きすると思うんです。若いうちってつい好きな音楽や映画を理由につきあったりするもんですけど、それがアダとなって必ずケンカするんです。

── “同じ価値観”ってのは一種の幻想ですもんね。

みうら 青春ノイローゼの一環ですね。きっとね、だから、このふたりも実はどちらかの価値観に合わせたんじゃないでしょうか? 他人の価値観に合わせられるうちが“恋”ですもん。

チラシにある“5年”っていうのはやっぱり別れるまでの5年でしょうね。5年目にして彼女が「私、実はあなたが好きなゾンビ映画、好きじゃなかった」とか言うんでしょうね。

男が夜に「ラーメン食いに行こうか」って言って、「ああいいね!」って言ってくれた夢のような日々。でも、結婚するとすぐに「それ、ないでしょ」って言われますからね。あのときあんなに価値観が合ってると思ってた夜中のラーメンが、実は違っていたってショックは大きいですからね。

きっとこのふたりも「愛って結局、相手に合わすことだったんだ」と、たぶん5年間で気づくんじゃないでしょうか?

── ビターな恋愛映画ということですね。

みうら でも、たぶんラーメンの話は出てこないでしょう。それだと泣けないですから。好きな音楽や映画が出会いのきっかけなので、何かしらそこに別れのヒントがあるんじゃないかなぁ。

── チラシの裏に、幸せなおつきあいにまつわるイラストがいっぱい描いてあるんですが、その中ではミイラ展を観に行ってるみたいですね。

みうら ミイラ展って、上野の博物館でやってたやつじゃないですか! 僕も観に行きましたよ。ということは、そんなに昔の話じゃないですね。

女の人って、人体の不思議展とかミイラ展とか好きな方多いですよね。男ってホラー映画が好きなくせに、本物の死体はやたら怖かったりする。現実に弱いんですね。たぶんこの場合、女の人の方からミイラ展に行こうって誘ったんだと思うんです。でも彼は、きっと怖かったんだと思います。その気持ちのズレが映画の中にも出てくるはずです。

ここに描かれているイラストが楽しかった思い出だとしたら、このイラストを描いてるのって主人公の彼なのかな? もしかするとイラストレーター志望なのかもしれませんね。これって、僕の映画じゃないですか!

── 確かに、みうらさんも自分の青春を絵やマンガに落とし込んできたわけですよね。

みうら でもイラストは僕が描いていたようなバカなもんじゃなく、だいぶオシャレにアップデートされてるように思いますね。

あ、女性の髪の毛にドライヤー当てたりしてますね。猫も拾ってきましたね。で、ドテラみたいなの着てますよ。これはどっちかの田舎の親がミカンと一緒に送ってきたやつじゃないですかね?

── ふたりともドテラを着てるんで、だったら親公認の同棲ってことになりますが。

みうら そうですね。もしかして、たまたま郷里が同じだったってことはないですか? どっちの親からもドテラが送ってくる。たぶんふたりはすごく寒いところの出身なんだと思います。

若者ですしガスが止められたりもするでしょう。イラストレーターだけではなかなか食っていけないでしょうし、昨今は雑誌もイラストレーターをあんまり使ってくれませんからね。

── なるほど。そこが就活につながるわけですね。

みうら でも悲しい展開になるヒントが、このチラシには1個も書いていませんね。本当に“花束みたいな恋”をしただけで終わるってこともあり得るのかもしれない。

── いや、予告編ではモメてましたから。泣きながら別れたくないよって言ってましたよ。

みうら じゃあ、今のところ、好きな映画や音楽がかみ合わなくなったくらいしか原因が予想できないですね。あとはミイラ展が実は嫌だったとか。

でも、このイラストに別れるヒントが隠されているとは思うんですよ。この拾ってきた猫、可愛いねとは最初は言ってたけど、実は彼が犬派だったんだ、とか。全部が裏目裏目に出てくる可能性はあると思うんです。

あと「実はオレ、大学生のフリをしてたけど、50過ぎてんだよ」なんて告白、ありませんよね?

まあ、このチラシから読み解けるとすればそれくらいですかね。やっぱり観てみないと分からないですし、涙のカツアゲをされに観に行こうと思います!

『メタモルフォーゼ/変身』

── 続いては、『メタモルフォーゼ/変身』です。

みうら これは確実に韓国のホラー映画ですよね? こないだほら、賞獲った有名な作品あったじゃないですか? 『パラサイト』でしたっけ。アレはホラー映画ではなかったですよね?

── そうですね。“高校生が宇宙生物に寄生された学校の先生に立ち向かう”のは別の『パラサイト』ですね。

みうら 別のって(笑)。

── チラシでは“スーパーナチュラル・スリラー”とはなってますね。ただ、スリラーとホラーが同一なのか違うのかという議論の余地はありそうです。

みうら 『パラサイト』のチラシって“目消し”が入ってましたよね。おかげですっかり怖い映画か投稿写真系かと思ったけど、違ったんですよね。今回のコレも、チラシを見る限りでは顔がブレて写ってる。でもこれは霊体であると早合点しない方が良さそうですね。向かって右の人なんて顔が重なって阿修羅像みたいになってますけど。

── サブタイトルが“変身”ですから、誰かが何かに変身していくんでしょうか?

みうら “変身”って言ったらそりゃ仮面ライダーかカフカですよね。メタモルフォーゼっていうのも=“変身”ですよね。一号仮面ライダー世代からしたら、“変身”の発音は「へん・しん!」ですね。

── それはもうピンポイントで藤岡弘、さんの発音ですね。

みうら でも、これはライダーの映画じゃなさそうですね。配給が東映じゃないですから。

── 東映じゃないからライダーが出てくることを伏せてるという可能性もなくはないですが。

みうら 確かに“その悪意は擬態する”というコピーも悪の秘密結社ショッカーのことかもしれません。ということは、この中の誰かが本郷猛ってことになりますね!

── 裏面には“立ち向かうのは心に傷を抱えた神父”と書いてありますから、本郷猛のポジションに立つのはこの神父っぽいです。

みうら 『オーメン』や『エクソシスト』みたいにこの神父は当然、除霊のためにこの家を訪れるんでしょう。“昨晩、お父さんが2人いたの”ってチラシにありますから、父親のフリをした悪霊がいるのでは。

でも、実は不倫っていう可能性もないですか? 子供がトイレに立ったら「違うお父さんがいた!」みたいな。

── どっちなんですか? エクソシストものですか? 不倫ですか?

みうら エクソシストだと思って家にやってきて、よくよく調べてみたら……実は不倫だったってオチも考えられますね。お母さんがある日「この方は新しいお父さんになる人よ」って言うのかもしれません。

── チラシには“奇妙な隣人”とも書かれてますから、隣人が新しいお父さんになる可能性はありそうですね。

みうら で、ね。最終的には、この家族がひとつの生物になるんだと思います。(ジョン・)カーペンターだったら間違いなくそうなりますよ。近所の人も「あそこの家、ひとつになってるらしいよ」ってウワサしますよね。

だけど、家族がひとつになったビジュアルはさすがにチラシには載せられませんよね。ネタバレになりますから。最初は『エクソシスト』っぽくて、不倫話を経由して、最終的には『遊星からの物体X』に至る。

── 確かに口で「家族はひとつ」って強調してる家族って、たくさん問題抱えてそうですね。

みうら ウラ面の鈍器を持った母さんが誰かを殴ってガラスが割れたりしている写真は『シャイニング』みたいですね。この殴られてる人が、もうひとりのお父さんですかね?

── でも別の写真を見ると、殴られてるのはお父さんっぽいです。似たような鈍器を持ったお父さんの写真がありますから。

みうら つまり、お母さんが愛人を家に連れ込んでいて、お父さんが激怒したんだけど、お母さんが鈍器を奪って殴り返した。これは修羅場ですね。

ウラ面に載ってる家族会議の写真はクライマックスでしょうね。「よし、家族がひとつになろう!」って話がまとまる。家族がひとつに合体するまでには、いろんな事件があるでしょう。でも最終的には、お父さんが「家族はひとつだ!」って言って合体する。それはそれでハッピーエンドな気もしますけどね。

取材・文:村山章

(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会
(C) 2019 ACEMAKER MOVIEWORKS & DANACREAT

プロフィール

みうらじゅん

1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。

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