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和田彩花の「アートに夢中!」

石川直樹 この星の光の地図を写す

毎月連載

第10回

世界をフィールドに活躍する写真家、石川直樹による東京での初の大規模個展『石川直樹 この星の光の地図を写す』(3月24日まで、東京オペラシティアートギャラリーにて開催)。弱冠22歳で北極点から南極点までを人力で踏破し、23歳で七大陸最高峰の登頂に成功した石川直樹。その後も世界各地を旅しながら、人類学や民俗学などの観点を取り入れた独自のスタイルによる写真作品によって、私たちの日常や世界を見つめ直す活動を展開し続けている。世界中を飛び回り、あらゆる場所で写真を撮ってきた石川の初期から現在までの活動の全貌を総合的に紹介した同展。和田さんはどう見たのか?

多様な側面を持った写真家

 最初の展示室に入った時に、雪山の写真がドンっと出てきたんですが、真っ白な部屋と合間って、一瞬自分がどこにいるのかがわからなくなるような感覚に陥りました。とても眩しかったです。それで、「ああ、石川直樹さんという人は、こういう雪の風景を撮っている人なのかな」って思ったんですが、展覧会場を進むにつれ、そのイメージはどんどん覆されていきました。

「POLAR」シリーズ展示風景

 石川さんという人は、ただ風景を撮る写真家ではありません。風景や山を対象として撮っているというのではなく、世界中を北から南までずっとずっと旅しながら、石川さん自身が風景、自然、そしてそこに住む人々やその暮らしの中に自然と溶け込み、とても近い距離の中で写真を撮っているんです。

 そこで、展覧会を通して石川さんってどんな人だろうと私なりに分析してみたのですが、最後まで捉えることができませんでした。写真家と言えば写真家だけれども、芸術家という側面もあるし、登山家でも探検家でも冒険家でもあるし、ある意味民俗学者とも、人類学者とも言える。そして文筆家でもある……。

 また違った見方をすると、街に行ってそこの人たちと交流して生活を共にしたり、山に登ったりという行動があって。そういう意味では記録写真という捉え方もできます。こんなに多様な側面を持った写真家に出会ったのは初めてでした。

 でもどの写真を見ても、それが石川さんの日常というか、何か特別なことをしているとも思っていらっしゃらないと思います。だからこそ撮ることができる写真だなって。ただ綺麗な写真を撮っているだけではないからこそ、こういった生の、自然との距離感を生み出しているんだろうなって思いました。

シリーズごとに趣が変わる展示空間

 今回の展覧会では写真はもちろんですが、展示空間も注目してほしいです。見る側と展示の関係性を強く考えさせられる空間作りになっていたからです。

 会場には、石川さんが北極圏に生きる人々を写した「POLAR』」シリーズ、初の高所登山を経験し、登頂に成功した、北アメリカのアラスカ山脈最高峰の「デナリ」を写した『DENALI』シリーズ(1998)、人力で地球を縦断するプロジェクト『Pole to Pole 2000』に日本代表として参加した経験をもと制作した『POLE TO POLE』シリーズ(2000)、世界各地の洞窟壁画を訪ねた『NEW DIMENSION』シリーズ(2007)、ニュージーランドの原生林を撮影した『THE VOID』シリーズ(2005)、そして自身のヒマラヤ登山の集大成として挑戦した、登頂が最難関と言われる世界第2位の高峰『K2』シリーズ(2015)などが並びます。そしてそのシリーズに合わせた展示空間が広がっています。

『THE VOID』シリーズ展示風景

 雪山の時は、部屋全体が真っ白で眩しく、自分も雪山にいるのではないかと錯覚するほど。そしてミクロネシアに残る伝統航海術を学ぶ過程で、ニュージーランド先住民のマオリ族の聖地に赴き、原生林を写した『THE VOID』シリーズは、印象的な青い部屋の中に展示されています。またこの部屋の中には大きなスクリーンで映像も流され、どこか清廉な雰囲気が漂っているような気がしました。

 中でも、北海道のフゴッペ洞窟や、南米パタゴニアなど5カ所の洞窟壁画が紹介されている『NEW DIMENTION』シリーズの部屋が印象的でした。真っ白な部屋から一気に、赤茶色の少し暗い空間になるのですが、あたかも洞窟の中に入ったかのような気分になります。このシリーズは山登りなどとはまた違う作品群。厳しい山の「いま」を捉えるのとは真反対で、そこに写し出されているのは、悠久の時を経た壁画です。生きている「いま」から、時間をさかのぼって、ある意味「時」を旅をしているような感覚が石川さんにあったんじゃないかなと思いました。

 そしてこの壁画シリーズでは、芸術とか美術っていうもののすごく根本的な部分を突かれましたね。ここに並ぶのは、原始からある壁画。その壁画には、その土地にいた馬や人々の生活の様子が描かれていますが、それを芸術、美術の始まりと言われたりしますよね。しかもそれを写真で捉え、洞窟のような展示空間の美術館に展示される。美術が持つ様々な側面に気付かされ、とても不思議な気持ちになりました。

『NEW DIMENTION』シリーズ展示風景。左側が、手の壁画。

 私が洞窟シリーズの中で一番気になった作品が、「手の壁画」を写したもの。自分がまさにその現場にいて、上にあるその壁画を見上げているかのような感覚になります。

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