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声優 石川由依、キャラの成長と共に変化する表現 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』などから考察

リアルサウンド

21/3/17(水) 6:00

 3月6日、『第十五回 声優アワード』の受賞者が発表された。その年に最も印象に残る声優や作品を表彰してきたこのアワードも、2006年から始まって今回で15回目となる。現状ではアニメ専門誌や映画賞以外で、「声優」について評価・表彰するものとしては非常に多くのファンに認知されている賞といえよう。

 この15年の間に、アニメ作品がそれまで以上に眩いスポットライトを浴び続けることになり、本アワードも部門の新設や選定そのもののフローが、徐々にアップデートされ続けてきた。数年前には、「外国映画・ドラマ賞」「ゲーム賞」を新設し、「声優」の職位や役割をよりオープンな形で評価しようと試みている。

 こういったアワードで注目されるのは、やはり主演を務める「主演男優賞」「主演女優賞」を誰が射止めるのか? というところだ。第十五回の主演男優賞に選ばれたのは津田健次郎、そして今回のこの記事では「主演女優賞」を受賞した石川由依に注目したい。

 子供時代、6歳のころ劇団ひまわりへ入団し、地元の兵庫から東京へと住まいを変え、2002年からは『赤毛のアン』『家なき子』『銀河鉄道の夜』といった名作ミュージカルシリーズにて主演を務めるほどの実力者へとなっていった。

 2007年〜2009年においても数は少ないがいくつかのアニメ作品に声優として出演しており、特に『DARKER THAN BLACK -流星の双子-』(MBS、TBS系)におけるターニャ・アクロウ役は、花澤香菜演じるヒロインの蘇芳・パブリチェンコとの関係性を含め、非常に印象に残る演技であった。

 その後、舞台女優としてのキャリアを着実に重ねていた彼女だが、再び声優として担当したのが2013年に演じた『進撃の巨人』でのミカサ・アッカーマン役、そして『ガンダムビルドファイターズ』(テレビ東京系)でのコウサカ・チナ役だろう。

 実は、石川が『声優アワード』内の賞を受賞するのは今回が初めてではなく、この年に助演女優賞を受賞している。この時の受賞に大きく影響を与えたであろう作品は、『進撃の巨人』で演じたミカサ役。普段は感情表現が控え目で、クールかつ口下手なミカサは、主人公のエレン・イェーガーに対する気持ちの強さや巨人への憎悪は人一倍強く、激情にかられることもしばしばある。

https://twitter.com/YUI_STAFF/status/1368163973787357185

 アニメ作品における「無口キャラ」「クールキャラ」は、視聴者が想像する以上に演技するのが難しい。喜怒哀楽の振り幅が小さいため、体全体を大きく動かしたり表情をこまめに変えたりなどの分かりやすさではなく、頷き・目の動き・頬の赤み具合など、繊細にアニメーションで表現されることが多い。

 しかも声優がアフレコを行う際には、完成されたアニメーションではなく、ほぼ線書きのみの絵コンテに対して声をあてることが多く、「どんな感情をどこまで表に出すか?」「声そのものの大きさ、声色やトーンはどの程度か?」など、色々と考えながら声をあてなくてはいけない。

 「無口キャラ」「クールキャラ」の微々たる心境変化をしっかりと象るにはとても高度な演技分けが必要になってくるし、キャラクター本人はもとより、マーブル模様のように変化していく人間の感情そのものへの読解力がなければ、演技者として表現するのはとても難しいものになるだろう。

 もちろん声優自身の考えだけでなく、監督や音響監督スタッフを含めてすり合わせし、キャラクターに感情を吹き込んでいく。ストーリーから考えられる感情の揺らぎと昂ぶりを、想像を働かせて表現するのだ。

 その後、石川は『ガーリッシュナンバー』(TBSほか)の片倉京役や『エロマンガ先生』(BS11ほか)の高砂智恵役、アニメ『アイカツ!』シリーズでの新条ひなき役など印象的なキャラを演じていた。

 今回の主演女優賞受賞時のスピーチにおいて、彼女は「今回の受賞は、昨年公開された『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の評価が大きく影響していると思う」と口にしていた。

 2018年に放映されたテレビアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズの完全新作にあたる劇場版は、公開と同時に大きな反響を呼び、コロナ禍にあったなかでも大ヒットを記録した。

 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、戦場で戦うことしか知らず、感情も言葉もうまく伝えることができなかったヴァイオレット・エヴァーガーデンが、郵便社での代筆業を通じ、多くの人と対話をしていくことで成長していくーー。

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』本編冒頭シーン10分特別公開

 本作を知る方ならご存知のように、ヒロインのヴァイオレットは感情の起伏はおろか、そもそも他人の感情や機微についていくことができず、物語序盤において登場人物らは彼女とのコミュニケーションに困ってしまう場面が多数出てくる。先ほど「無口キャラ」「クールキャラ」と書いたが、ヴァイオレットはそういった部分とは違った難しさ、そもそも感情を読み取るということを不得手にしているという点が大元にあるキャラクターなのだ。

石川由依「ヴァイオレットはいつも難しいと思いながら演技してきました。もともと感情の起伏に乏しいキャラクターなので、表現の幅も狭くなるんです。そこから徐々に徐々に感情を出すようになってきましたが、成長してからもヴァイオレットらしさは残したいと石立監督から伺っていたので、限られた幅の中でいかに感情を表現するか、とても悩みました。単純に抑揚をつけるだけでは成り立たない、そういう難しさのあるキャラクターです」
(劇場版『ヴァイオレット・エヴァーガーデン公式パンフレットより』)

 ヴァイオレットの成長、それは感情を覚え、自分でその感情を露わにすることである。ぎこちない手つきで様々な人と会話をしていく彼女は、自身の感情を徐々にうまく表現できるようになっていく。

 冷淡にも聞こえる会話のトーンを主にしつつ、一つひとつのアクセントや語気の強弱、あるいは他人の表情を見て落ち着いたトーンになったりなど、話数を重ねるごとに、少しずつバリエーションが広がっていく。特に彼女の上官であるギルベルト・ブーゲンビリアの話題に触れたときのヴァイオレットの感情表現は、テレビアニメ序盤と劇場版とでこうも違いが出るかと思ったほどだ。

 ストーリーと共にして変わっていくヴァイオレットを、わずかな匙加減で象る、そうして石川由依はヴァイオレットを演じきってみせたのだ。

 ちなみに、この高い演技力を培うために、彼女は2015年ごろから朗読劇への出演を続け、2020年1月から2月にかけては、『石川由依 UTA-KATA Vol.1 〜夜明けの吟遊詩人〜』と名付けたソロ朗読劇ツアーを開催。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の原作者である暁佳奈が台本を執筆し、作曲家・伊藤真澄による伴奏によって彩られたこの公演は、歌唱と朗読によって成り立ったプロジェクトだ。俳優や表現者として、ある種ストイックなまでにこなしていこうとする彼女に、職人としての声優の姿を見てしまうのは、僕だけだろうか。

■草野虹
福島、いわき、ロックの育ち。『Belong Media』『MEETIA』や音楽ブログなど、様々な音楽サイトに書き手/投稿者として参加、現在はインディーミュージックサイトのindiegrabにインタビュアーとして参画中。
Twitter(@kkkkssssnnnn)

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