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ライブハウスができるまで 第2回 一部住民の反対によりプロジェクトは頓挫、そして再び下北沢へ

ナタリー

20/3/13(金) 18:00

4月9日に東京・下北沢に誕生するライブハウス / クラブ・LIVE HAUS(参照:下北沢に新たなライブハウス「LIVE HAUS」4月オープン)のオープンまでを、オーナーの1人であるスガナミユウの話をもとに追っていくこの連載。第2回はライブハウスの物件探しの実情を聞いていく。住民の反対によって頓挫した幻のプロジェクトとは。

地下90坪の物件で何をしよう

下北沢THREEの店長だったスガナミから、独立して新たなライブハウスをオープンさせると連絡が入ったのは2019年10月のこと。場所は東京・世田谷の代田橋駅前の物件に内定しており、2月のオープンに向けて動き出しているとのことだった。代田橋は甲州街道と環七通りの交差点附近に位置する、いわば住宅地。新宿駅から京王線で約8分と都心からのアクセスは悪くないが、世田谷を代表する繁華街である下北沢に比べると1日の駅の乗り降り数も随分少ない。

「物件を探すとき、下北沢はもちろんですが、東京23区内くまなく当たりました。想定家賃は月70万円ほどで。それでわかってきたのが、ライブハウスやクラブの場所って結局物件ありきだということ。広さがあって、音を出せて、想定の家賃に収まる物件自体がそもそも少ないですからね。だから“どこで店をやるか”より、“出会った物件で何ができるか”を念頭に置きました。そうしてるうちに、不動産屋さんに代田橋のある物件を紹介してもらったんです。代田橋って下北からも近くて僕らの生活圏内にあるけれど、こじんまりとしていて、どこか懐かしい雰囲気のある街なんです。そのローカル感もいいなあと思って、さっそく内見をさせてもらいました」
その物件は、代田橋駅近くのマンションビルの地下。1階にはチェーン店など数軒のテナントが入っており、2階以上は分譲マンションとなっている。

「結果的に契約には至らなかった物件ですし、ご迷惑がかかるので場所の特定はしないでほしいのですが、駅近でとても面白い物件でした。何より地下の5部屋のうち4部屋が空いていて、全部借りると300m2という広さにも惹かれました。さらに契約時に支払う保証金も3カ月分とだいぶ安いうえに、2カ月のフリーレントも付いていて。賃料は当初想定していた70万円より高かったんですけど、それでも初期費用を圧縮できるし、フリーレントによって工事期間に家賃が発生しないことも魅力的。下北沢で借りるとしたら、毎月200万から300万はかかる物件でした」

店舗物件を契約する際に支払う保証金は賃料の10カ月分が一般的と言われており、仮に賃料が100万円の場合、補償金として1000万円を用意しなければならない。ただでさえ他業種と比べて開業資金が高額になってしまうライブハウスゆえに、保証金の安さやフリーレントで初期費用を抑えることができるのはそれだけでメリットだった。

「とにかく広さがあって、『ここで何ができるだろう?』『何をやると楽しいだろう?』と考えた結果、独立したい仲間たちと一緒に、ライブハウス、クラブ、カフェ、アパレルのプリントショップ、レコード店、食堂&居酒屋など、1つのフロアの中にそれぞれが店長として店を出すアイデアが生まれたんです。世田谷の外れに僕たちの世代で新しい地下街を作る、そんなイメージ。そしてそこを中心に代田橋の街に独自の文化圏が育っていくような、そんな期待があったんです」

仲間たちと起業

思いもよらない物件との出会いによって、“ライブハウスオープン”よりもさらに大きく膨れ上がったスガナミたちのプロジェクト。さっそく地下街作りをスタートさせるべく契約の話を進めながら、同時に独立を夢見る仲間たちと共に合同会社を設立した。

「賃料が高額な物件を借りる際、個人では社会的信用の面で難しいということもあって、会社を興して法人として契約することにしたんです。会社の名前はMS&I。これは“Multicultural Symbiosis & Independence”の略で、“多文化共生と自主独立の集まり”という意味です。株は各店長で等分で持って、借金を返し終わったらそれぞれが完全に独立して個人でやっていくという想定でプロジェクトを進めていました」

分譲所有者たちからの反対

会社を興し、物件も決まり、いよいよ独立への第一歩を歩み始めたスガナミ。しかし内装工事の開始を1週間後に控えた2019年12月中旬、彼らの計画は頓挫することになる。上階のマンション部分の所有者数名から、プロジェクトに対して反対意見が出た。これにより予定していた内装工事を急遽中止することに。

「管理会社からは、マンションの理事会の反応は悪くないと聞いていたんです。しかし部屋のオーナーの中には、実際には住んでいないけれど資産運用を目的に購入している人もいて。その方たちから、資産価値が下がることへの懸念の声が上がったんです。ちょうどその頃に、クラブで薬物所持の逮捕者が出たという報道もあり、そのあたりも懸念材料になったようです。普段からライブハウスやクラブの文化に触れている僕らは、音楽が鳴る場所の魅力を知っていますけど、住民やオーナーの方々には関係のない話というか、静かに暮らせる街を選んでマンションを購入した人もいるんですよね。自分の周りには音楽好きがたくさんいて、その中にいるとなかなか気付かなかったけど……やっぱり多くの人にとって、住む場所と遊ぶ場所は違うんだなと。それと同時に、改めてこの業種の社会的信用の低さを思い知らされました。ただ僕たちもようやく見つけた物件ですから、マンションの部屋のオーナー向けに説明会を開けないか相談したのですが……東京に住んでいない人もいるから、わざわざ集まっていただくのも難しくて。そんな折に、別業種で僕らより高い賃料を払うところが出てきてしまって、結果として、僕らが物件を借りることができなくなってしまったんです。ライブハウスをやっている先輩に代田橋の物件について相談したときに、上階が分譲マンションの場合はやめておいたほうがいいと釘を刺されていたのですが、この一件で忠告の意味がわかりました。僕らは近隣住民との融和を目指していたし、結果として街を盛り上げたいという思いで事業計画書を練っていたのですが、それがその街に求められているかどうかはまた別の話だと気付かされました」

スピード契約

このような経緯から、地下街プロジェクトは思わぬ形で頓挫することに。スガナミたちは、またすぐに新しい物件探しを強いられることとなった。しかしそれから1カ月も空けず、下北沢の物件の契約が決まる。それが4月にオープンするLIVE HAUSの物件だ。このスピード感には驚かされるが、物件の広さは93m2。雑居ビルの地下ではあるものの、“地下街”を作るには狭すぎるというのが正直な印象だ。

「代田橋の物件が破談になったあと、気持ちを切り替えてすぐに再び物件を探し始めました。ただ当然、あんな広さと賃料の物件があるはずもなく、地下街のアイデアを丸ごと持っていけるはずがない。だからコンセプトをひっくり返すことになりますが、店長それぞれが別々で物件を探すことにしたんです。もちろん引き続き連携は取りつつ、会社としてそれぞれの独立を支援していきますけど。そして僕ともう1人のオーナー宮川が出会ったのが、今の物件です。実は以前から空いていることは知っていたんですけど、そのときは賃料が高くて、候補に入らなかった。でも改めて確認したら4分の1程度安くなっていて、すぐに契約を決めました」

紆余曲折を経て再び下北沢の街に戻り新しい拠点のオープン準備を進めるスガナミは、一連の物件探しをこう振り返る。

「地獄でしたね。僕らは独立するにあたって、勤務先に辞表を提出して準備を進めていましたし、それぞれの暮らしや人生もかかっていましたから。死に物狂いで物件を探して回って、ようやくここまで漕ぎ着けることができました。地下街プロジェクトに対しての反対は、ライブハウスとクラブ、つまり音を出す業種に対する懸念だったので、ほかのメンバーのことを思うと責任も感じました。そして結果として、僕らのような商売は繁華街や商業地域じゃないとできないことも思い知らされたというか……ライブハウスやクラブが1つの街に密集する理由もわかりました。周囲の方から『結果的に下北沢で物件が見つかってよかった』と声をかけていただくのですが、僕は諦めが悪いほうなので、地下街プロジェクトも10年後くらいに実現できたらいいなと思っています(笑)」

次回は独立開業に伴う資金について。合計金額や調達方法、返済プラン、そして現在実施中のクラウドファンディングなど、資金面についてを中心に聞いていく。

写真で追うLIVE HAUSができるまで 2020年3月5日

スガナミユウ

自身のバンドGORO GOLOでボーカリストを務める傍ら、レコードディレクターやイベントの企画などを行い2014年より東京のライブハウス下北沢THREEに在籍。2016年に店長に就任すると、チケットノルマ制の廃止、入場無料イベントの定期開催など独自運営方針で店を切り盛りしていく。2019年12月末をもってTHREEを退職。現在は自身が発起人の1人であるライブハウス / クラブ・LIVE HAUSのオープンに向けて準備に勤しんでいる。

取材・文 / 下原研二 撮影 / 斎藤大嗣

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