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樋口尚文 銀幕の個性派たち

中尾幸世、テレビ史に刻まれし伝説のヒロイン (インタビュー後篇)

毎月連載

第65回

近影。撮影=樋口尚文

『紅い花』のヒロインと同姓同名

── 1974年11月放映の『夢の島少女』で中尾さんは佐々木昭一郎ドラマのヒロインとして鮮烈にデビューされましたが、再見するとこのおかっぱのヒロインはどこか次に佐々木さんが手がけるつげ義春原作『紅い花』の主人公にも通じる気がしました。

おかっぱもそうなんですが、私は演じた少女にはいちおうサヨコという名前を付けていたんです。それは私が山口小夜子のファンだったからなんですが、偶然にも登場するお祖母ちゃんがキクチ姓だったので、フルネームがキクチサヨコになってしまったんです(笑)。

── それって『紅い花』の主人公の名前ですね!なんたる偶然‥‥。でもそんなこともあるくらいですから、続けて『紅い花』の主演もオファーされるのが自然な気もしますが。

私も『夢の島少女』の頃に参考図書としてつげさんの分厚い作品集を佐々木さんからいただいて熟読していたので、もちろん『紅い花』もできたらと思ったのですが、そこはオトナの事情がはたらいたようです(笑)。

── 一説には『夢の島少女』での素人の起用が局内で批判されて、『紅い花』はプロの俳優で固めるようにというお達しがあったとか。

それに対する異議もあったのかもしれませんが、佐々木さんは『紅い花』ではいつもと逆でこれでもかと隅々までプロの俳優さんにしていますよね(笑)。撮影もいつもは16ミリフィルムなのに、この時だけはビデオでしたし。

── 『紅い花』は芸術祭大賞も獲りましたが、中尾さんが主演していたらまた雰囲気が変わったかもしれませんね。

そんなことがあったので、次に『四季~ユートピアノ~』を撮る時には、私をはじめ素人のキャストを意図どおり起用できるように、佐々木さんも局内でいろいろと戦略を立てられたようです。

『四季~ユートピアノ~』撮影の頃。

調律の訓練とロケ地の刷りこみ

── そんな『四季~ユートピアノ~』の撮影は1979年、前作から5年後になりますが、この話は前々から打診されていたんですか。

そうでもないんです。それまでにも佐々木さんは三島由紀夫さんの『美しい星』をドラマ化しようとしてうまく行かなかったり、いろいろな企画が実現を見なかったので「ああ、もう佐々木さんとドラマは作れないのかな」とさえ思うこともあったのですが、急に『四季』が決まってすぐに制作が始まりました。

── ピアノの調律師の榮子という役はとても瑞々しかったのですが、調律はなさったことはあったんですか。

もちろんないので、プロの調律師の方に何日か付いて講義を受けたのですが、一日めはもうヘトヘトになって帰宅したらすぐ横になってしまうくらい大変でした。でもちょっとコツをつかんだら、自分の家のピアノくらいなら調律できるようになりました。でも劇中で調律師の師匠を演じていた宮さん(宇都宮誠一さん)からは「そんなものじゃないよ」と厳しく言われましたが(笑)。

── あの宮さんも佐々木さんがスカウトしてきた素人さんですが、いったいどうやって見つけてくるんでしょうね。

それは聞いたことがないのですが、本当にそのスカウトの眼力は凄いですよね。しかもそんな素人なのに、いつの間にか自分の言葉のように台詞も言わされてしまうところが佐々木マジックですね。

── 中尾さんや皆さんの衣裳は自前なんですか。

そうです。私は高校の頃は既製服に興味がなくて、川久保玲や山本耀司にあこがれて『装苑』を参考に自分で服を作ってはじっと眺めるのが趣味だったんですが(笑)、『四季』の頃はラルフローレンに凝っていたのでベレー以外のジャケットやシャツはそうですね。あの時代のクラシカルなラルフローレンはカッコいいと思いました。

── 中尾さんには先に地方のロケ地に土地になじんでおいてほしいという指示があったそうですね。

一度ひとりで現地に行って日の出日の入りを見て、街の空気を吸っておいてほしいと言われましたね。それだけでなく現地のいくつかの出演者候補のご家族に会って、どのお宅がどの役をやるのか選んでほしいと言われたんです。ところが私が勘違いして佐々木さんの想定とは違うお宅にお邪魔して仲よくなってしまったので、佐々木さんの当初プランのキャスティングとは違ってしまったことがありました(笑)。

『四季~ユートピアノ~』の馬車の荷台にて。

偶然性をとりこむマジック

── 中尾さんがなじんだのだからそれでよし、ということですね。そういうなりゆきの妙が佐々木ドラマの旨みでもあると思いますが、そういう意味では撮影中のインスピレーションで生まれたシーンもいろいろありそうです。吠える犬に鞠を与えて「犬はまるいものが好き」というようなシーンは到底机上では思いつかないのでは。

あそこはまさに住宅街で通りかかったお宅の前で犬と鞠を見ていてひらめいて、その場で飼い主さんと犬をスカウトして(笑)撮ったものです。そしてアフレコになると、そのシーンと掛け算になるモノローグが追加されるんですね。宮さんを映画館(自由が丘・武蔵野推理劇場)に迎えに行くと宮さんが眠っているのも、本当に撮影で疲れて寝ていたんです(笑)。

── この後の『川の流れはバイオリンの音』でもたまたま遭遇したに違いない交通事故の映像が効果的に組み込まれていて、こうやって現場の偶然性を半ばドキュメンタリー的に虚構の土台に加えていくところは当時のテレビではひじょうに斬新でした。

現場でも佐々木さんからカメラの葛城(哲郎)さんや吉田(秀夫)さんに「ここから撮って」といった細かな指示はなくて、佐々木さんと私が「榮子」の演技について話し合っているのをカメラマンが聞いていて、出来上がった動きを見ながらカメラポジションを決めていく。そうやっていつの間にか、あの佐々木ドラマの「場」が生成されてゆく感じですね。

── そう言えば『四季~ユートピアノ~』では海辺を進む馬車の荷車に中尾さんが機嫌よく乗っているショットが印象的ですが、気づけばイタリアはじめ「川」シリーズが海外に広がっても常に中尾さんが馬車の荷車にいる(笑)。あんなに頻出するからには、あれはそれこそ佐々木さんのユートピア的な画なんでしょうね。

確かにそうですね!私も今気づきましたが、どうしてあんなに世界じゅうどこに行っても馬車があったのでしょう。時どきある作家の映画やドラマを見ているとそういうことがありますが、あの馬車が作品をまたいだフックとなって佐々木さんの世界をつないでいるんですね。


中尾さんとの会話はさらに豊潤に広がり、生い立ちや佐々木ドラマをめぐる秘話は汲めども尽きぬ感じであったが、紙数が尽きた。また別の機会にぜひご開陳したいと思う。

『四季~ユートピアノ~』ロケにて共演の宇都宮誠一、撮影の吉田秀夫、録音の長谷川忠昭と。
『川の流れはバイオリンの音』ロケ時。クレモナのレコード店にて。

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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