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秋山黄色、『CDTVスペシャル!』出演でSNSトレンド入り 「モノローグ」生パフォーマンスが同世代に与えた衝撃

リアルサウンド

20/3/19(木) 18:00

 3月16日放送の『CDTVスペシャル!卒業ソング音楽祭2020』(TBS系)に秋山黄色が出演した。金色に染まった髪の毛。前髪は長く伸び、目元をほとんど覆い隠している。本人紹介のVTR中には「専門学校を中退」「引きこもり」というワードが飛び交っており、総合すると秋山黄色はナイーブで内向的なアーティストなのではないか、と想像した人もいたのではないだろうか。そして、きっと彼のパフォーマンスは、勢いやパッションよりも、クールなパフォーマンスを披露するはずだ、と身構えていた人も多かったかもしれない。しかし、番組における秋山黄色のパフォーマンスを目撃した人ならわかると思う。その見立ては大間違いであると。番組中に幾度となく名前が上がった米津玄師を筆頭とする男性ソロアーティストと、秋山黄色のパフォーマンスは、大きく性質が異なっていたことを強く実感したはずだ。

(関連:Little Glee Monster、女王蜂 アヴちゃん、秋山黄色らが繰り広げる音楽との真剣勝負 『THE FIRST TAKE』が伝える歌の力

 この日、秋山黄色が披露したのは「モノローグ」というナンバーだ。言葉の強さが全面に出ている味わい深いバラードである。メロディそのものが美しいので、その気になればいくらでもしっとりと披露できそうな歌だし、“綺麗に歌う”ことが映えそうな歌でもある。

 だが、秋山黄色はむしろエモーショナルで激しいパフォーマンスをする。

 のっけから首を振ってギターをかき鳴らす秋山黄色。衝動性を強く感じさせるパフォーマンスを随所に見せていた。『ROCKIN’ON JAPAN』『ROCKIN’ON』の編集長である山崎洋一郎が「秋山黄色は自分の思いを音に置き換えたら、結果としてロックになった。(だから、彼は)本物のロックアーティストだ」と語っていたように、この日の秋山は自分の思いを言葉以外の形で表現するパフォーマンスに徹する。多くのアーティストは(TVで歌を披露するときは特に)なるべく上手に歌うことを重視するだろう。だから、曲を披露しているときは余計な動きはしないし、淡々と歌うことを選ぶ人も多い。けれど、秋山黄色は違う。音程が乱れてもいいから、とにかく内側の衝動を形にするという意欲だけが見えてくる。秋山黄色のパフォーマンスから“ロック性”を強く感じる理由が、そこにある。

 間奏パートでは床に転がりながらギターを弾く場面もあった。動きとしてのパフォーマンスと、内側にある衝動を、テレビ番組の中でここまでリンクさせるアーティストは珍しいように思う。ましてや、今回は無観客でのパフォーマンス。しかし、そうした要素は気にせず、果敢に攻めた演奏を行う。真骨頂となるのは、最後のサビ部分。秋山黄色はギターを下ろすと、マイクを手にとり、そのまま客席に突っ込んでいく。躊躇なく行うのはバンドを含めても珍しいことだと思う。なにより、いわゆるテンポの早い“アガる”曲ではなく、じっくりと聴かせることもできるタイプの楽曲でそれを行うところに、秋山黄色のロック性を強く感じるのだ。状況や楽曲のテイストがどういったものであれ、秋山黄色は歌で、ギターで、動きで、“自分の内側にあるもの”の表現を行うし、そこを重視したパフォーマンスに徹する。

 思えば、「モノローグ」も面白い楽曲だ。最初の出だしは美しいキーボードと繊細な歌声から始まる。が、イントロパートに入ると、荒々しいギターがかき鳴らされて、音の世界に大きな揺さぶりをかけてくる。美しさと荒々しさが同居した楽曲であり、内側にある衝動が音で表現されたような楽曲である。つまりは、秋山黄色のロック性がそこに凝縮されているとも言えるのではないだろうか。

 総じて言えるのは、秋山黄色は不思議な魅力を持ったアーティストであるということだ。アーティスト写真や見た目の雰囲気と、ライブをするときのパフォーマンスに大きなギャップがある。いや、ギャップという言い方は良くないかもしれない。なぜなら、それは受け手側が勝手に作り上げたイメージで、きっと秋山黄色自身は素直に自分の音楽を表現しているだけなのだろうから。彼はひとつの“アイコン”からアーティストのタイプを想像することの無意味さを教えてくれるように思う。もしかすると、秋山黄色って過激なパフォーマンスをするアーティストなんでしょ、と勝手にイメージを作り上げていったら、そのうちにそのイメージすらも覆すパフォーマンスを披露するような気もする。秋山黄色はロック的であることを志向したアーティストではなく、あくまでも“内側の衝動”を表現を重視しているアーティストであり、その結果として今回は「床に転がったり」「客席に突っ込んだ」だけなのから。そんなことを思うのである。(ロッキン・ライフの中の人)

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