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『ジョーカー』ホアキン・フェニックスに拍手喝采 過去最高の最狂ヴィランはどう生まれた?

リアルサウンド

19/10/6(日) 12:00

 コミック史上最も有名なヴィランの知られざる物語を描いた『ジョーカー』(2019)は、ホアキン・フェニックスの新たなマスターピースとなった。第76回ヴェネツィア国際映画祭では最高賞にあたる金獅子賞を受賞し、本年度アカデミー賞の大本命と目されている。賞レースの目玉である本作は、絶対に見逃せない作品だ。いわゆるアメコミ映画としては、異例の喝采ぶりである。

参考:『ジョーカー』アメコミ作品初の快挙、ポランスキー受賞に波紋 ベネチア国際映画祭の注目すべき点

 バットマンの最大の敵にして、最狂のヴィランであるジョーカーは、いくつかの映像作品の中にたびたび登場している。稀代の犯罪王を演じた歴代の名優たちは、異なる魅力と個性を擁して唯一無二のジョーカーを演じてきた。どのジョーカーもさまざまな良さがあり、ひとつとして同じものはない。

 実写における初代ジョーカーは、テレビシリーズ『怪鳥人間バットマン』(1966-1968)のシーザー・ロメロ。スラップスティックな演技と、コミカルな語り口のロメロ版は、以降の実写版ジョーカーの手本となる存在となった。

 映画における最初のジョーカーは、ティム・バートン監督の『バットマン』(1989)で、名優ジャック・ニコルソンが扮した。『カッコーの巣の上で』(1975)『愛と追憶の日々』(1983)など、アカデミー賞受賞歴のあるジャック・ニコルソンは、その時点ですでに実力派俳優として名を馳せていた。今でこそアメコミ映画は市民権を獲得しており、キャストにオスカー俳優を起用するなど当たり前となったが、当時としては、ニコルソンのような名優の出演は異例だった。ロメロ版のようなユニークさと、ニコルソンの怪演ぶりが融和し、現在まで語り継がれる狂気のカリスマを体現した。

 近年のジョーカーといえば、クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』(2008)が最も印象的だ。同作でジョーカーに扮したのは、若き逸材として注目された故ヒース・レジャー。ロメロ版、ニコルソン版とは大きくかけ離れたシリアスな演技と、得体の知れないオーラに満ちた、新機軸のジョーカーを表現した。その存在感と演技力は、以降、ジョーカーを演じた俳優たちのある種の目標として掲げられている。レジャーは『ダークナイト』の公開を待たずして、処方薬の過剰摂取でこの世を去った。死後、レジャーはアカデミー賞助演男優賞を受賞し、ジョーカー=レジャーという認識を確固たるものとしたのだ。

 その後、『スーサイド・スクワッド』(2016)でジャレッド・レトが、テレビシリーズ『GOTHAM/ゴッサム』(2014-)ではキャメロン・モナハンが、またアニメやゲーム等ではマーク・ハミルがボイスアクトを務めたりしているが、近年のジョーカー像を確実に決定づけたのは、間違いなく『ダークナイト』であり、ヒース・レジャーのそれだ。そしてこのタイミングで登場したのが、ホアキン・フェニックスを主演に迎えた本作『ジョーカー』である。

 トッド・フィリップス監督の『ジョーカー』は、世間に見放された孤独な男アーサーが、次第に悪へと変貌していくさまを描いたものだ。原作でも明確には語られてこなかったジョーカーの誕生譚を、世界最高峰のスタッフ、キャストで描いた意欲作だ。これまでの映像作品では、ヴィランすなわち悪役としてのジョーカーに焦点を当ててきたが、今作『ジョーカー』では、コメディアンを夢見るアーサー・フレックという男にスポットを当てている。愛を希求し、己の受難に苦悩するアーサーは、世の中の逆風にさらされ、徐々に常軌を逸していく。そんな難しい役柄を、ホアキン・フェニックスは堂々と、鬼気迫る演技で体現している。

 なぜ、フェニックスが抜てきされたのか。企画初期には噂レベルの報道として、レオナルド・ディカプリオへのオファーが検討されていたという。しかし監督のフィリップスいわく、ジョーカー役はフェニックス以外まったく考えていなかったそうだ。脚本も、フェニックスを思い浮かべて書き上げたというから、フェニックスの起用はかなり初期の段階から念頭にあったのだろう。とはいえ、フェニックスへのオファーは一筋縄ではなかったようで、説得には何か月もの期間を要したという。フェニックスは過去に、『アベンジャーズ』(2012)での新しいハルクと、『ドクター・ストレンジ』(2016)の主演オファーを受けているが、すべて実現はしなかった。最終的に、ハルクにはマーク・ラファロが、ドクター・ストレンジにはベネディクト・カンバーバッチが起用され、フェニックスのマーベル映画への出演は幻となった。

 ホアキン・フェニックスは、いわゆるビッグバジェットな映画にはあまり興味がないようで、おもにインディペンデントな作品に好んで出演している。『ドント・ウォーリー』(2018)では、身体麻痺のうえアルコール中毒をも患う、実在の風刺作家に扮したり、『教授のおかしな妄想殺人』(2015)では、ある完全殺人を夢想している孤独な哲学教授を好演したりした。ほかには、実体のない人工知能に恋をしてしまう、冴えない男を熱演した『her/世界でひとつの彼女』(2013)、新興宗教に傾倒していく元軍人を演じた『ザ・マスター』(2012)など、一風変わった役柄が多い。

 過去にフェニックスは、俳優業の引退を突如として発表し、ヒップホップアーティストへの転身を表明した。この発表は世間を騒がせたが、のちにこの言動がケイシー・アフレック監督のフェイクドキュメンタリー映画『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010)の演出であることが明るみとなり、全米を驚かせた。俳優の引退も、ヒップホップへの挑戦も、すべてウソだったわけだ。こうした壮大なドッキリを仕込むなど、ハリウッドきっての変人と呼ばれるフェニックスは、まさに掴みどころのない俳優だ。この判然としない役者性は、まさしくジョーカーの本質と似た部分を感じさせる。コミックスでのジョーカーも、世間をダマす手口には長けており、まさに捉えどころのないキャラクターなのである。こうした点からも、ある意味ジョーカー役にふさわしい俳優であることがうかがえるはずだ。

 本作でフェニックスが演じるアーサー・フレックという男は、スタンドアップコメディアンを目指しているが、不景気の影響もあってまともな職には就けない。ピエロの客引きとして細々と生計を立てている。魂の叫びのような悲哀のこもった笑い声は、精神障害によるものだ。母とふたり暮らしのアーサーは、次第に、社会の落伍者のような孤独感に苛まれる。アーサーに足りないものは、愛だった。

 愛を求めるアーサーの姿は、かつてフェニックスが演じた『グラディエーター』(2000)での暴君コンモドゥスを想起させる。ローマ皇帝である父からの充分な愛を受けられず、歪んだ人間に育った息子コンモドゥスは、父を殺害し、放漫な暴君として次の皇帝の座に就いた。最愛の姉ルシッラからの信頼も揺るぎ、コンモドゥスは民衆からも見捨てられていく。

 『グラディエーター』は、別の角度から捉えると、コンモドゥスが暴君となるまでを描いたアンチヒーローの誕生譚であり、孤独な男が悪のカリスマに変貌していく『ジョーカー』とは表裏一体の存在であろう。フェニックスが演じたコンモドゥスは、ジョーカーのキャラクター性の基盤として機能しているし、『ジョーカー』のあるシーンでは、そのことが顕著に表われているのだ。

 またフェニックスはメソッド演技の俳優で、役柄の人格、体形を徹底して掘り下げることで、そのキャラクターを深層心理で追及する。ジョーカーを演じるにあたりフェニックスは、52ポンド(約24キロ)減量し、心身ともにジョーカーを怪演している。過去にジョーカーを演じたヒース・レジャーも、メソッド演技を極めた俳優のひとりだ。そんなレジャーの演じたジョーカーは、映画史に燦然と輝く名悪役となった。次のジョーカーとなったホアキン・フェニックスは、ヒース・レジャーの影を感じるジョーカー俳優のブレイクスルーとなるのだろうか。

■Hayato Otsuki
1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「映画board」など。得意分野はアクション、ファンタジー。

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