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『ぐらんぶる』の“バカ大学生ライフ”はもう戻ってこない 酒と裸とダイビングの開放感

リアルサウンド

20/8/10(月) 10:00

 井上堅二原作・吉岡公威作画のマンガ『ぐらんぶる』が2018年にTVアニメ化されたのに続いて、2020年8月7日から実写映画が公開される。

『ぐらんぶる』はバカマンガである!

 大学入学に伴って10年ぶりにかつて住んでいた海沿いの町(伊豆)にある叔父さんの家に引っ越しきた主人公・伊織は、高校までの男子校ノリから脱することを望んでいた――のだが、早速新入部員をゲットしようと考えたダイビングサークルの野郎(先輩)に捕まり、持ち前のノリの良さから気づけば夜通し宴会に参戦。大学が実質的に始まる履修ガイダンスの日にパンツ一丁で構内で目覚めることになる……。

 そんなふうに始まる『ぐらんぶる』は、モテたくて、童貞を捨てたくて仕方ないのに、それとはもっとも遠いホモソーシャルなコミュニケーションとアルコールに呑まれてすぐ全裸になり、少しでも男友達のモテの匂いや、女性との接近を察すれば全力で足を引っ張りあうという醜い争いに満ちた大学生ライフ(とダイビングの魅力)をおもしろおかしく描く。

 ここには『湘南純愛組』や『稲中卓球部』のノリにも似た、80~90年代的な(せいぜい2000年代までに存在していた)バカ男子ライフがある。性欲にドライブされた男のアホさ、連発される下ネタのくだらなさ……何もかもみな懐かしい。

リアルではもはや不可能だからこそ、フィクションの中で楽しむしかない光景

 おそらく最近の学生はこんなにサークル活動や飲み会にばかり励まないだろう。現実の学生は今ではもっと勉強と学費や生活費を稼ぐためのバイトに忙しいはずだ。いや、そもそもコロナ禍以降では作中のようにキャンパスライフを送ってリアルで友達を作って気軽に集まること自体が不可能だ。

 戯画化されてはいるが、かつて『ぐらんぶる』的な本当に頭の悪い青春、飲み会と男性比率のやたら多い体育会系サークルにありがちな悪ノリは(良くも悪くも)存在していた。

 しかしアルコールハラスメントという概念が一般化した今、作中で描かれるように気軽に呑ませまくり、罰ゲームで一気呑みしたりするサークルの風景がもし現実に残っていたらけっこうまずい。

 もっとも『ぐらんぶる』のなかでもアルコール耐性をあらかじめ調べた上で「吞める」連中だけで思いっきり呑むなどアルハラに対する一定の配慮がなされた描写はあるが、酔わせて判断力を鈍らせてミスコン出場を承諾させようとする(もちろん失敗する)とかスーパーボールをスカートの近くに投げつけてその勢いでスカートめくりをするとか、マンガではギャグになってもリアルではもはや普通にアウト案件である。

 そんなふうにいろいろな意味で空想的で郷愁的な、今となっては不可能になったと言っていいだろう、はっちゃけたバカ大学生ライフが『ぐらんぶる』の中にはある。

 次々来るボケとツッコミの連打に容赦なく笑わせられる一方で、いま読むと「こんなん今ムリだよなあ」とちょっと考えさせられてしまう(本来そんなふうに読むようなマンガではないのだが……)。

 ダイビングサークルに成り行きで入れられたものの泳げないことで悩んでいる伊織に対して、「何も考えないで水の中を楽しむこと」が重要だとダイビング経験者の奈々華は説く。

 時節柄ごちゃごちゃ書いたが、本来は何も考えないで楽しむことがこの本の読者にも求められる。ゲラゲラ笑って夏休みっぽい開放感をリラックスして味わうのにぴったりな作品なのだ。フィクションとして/フィクションの中にしかないものが『ぐらんぶる』にはたしかにある。

 Don’t think,feel! Grand-Blue.

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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