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平辻哲也 発信する!映画館 ~シネコン・SNSの時代に~

映画人が愛する名画座「目黒シネマ」―11月は誕生日にちなんで市川凖監督の追悼上映も

隔週連載

第49回

20/11/8(日)

名物支配人の目利きによる2本立てと映画愛ある装飾で知られる名画座「目黒シネマ」。大林宣彦監督、犬童一心監督、竹中直人、田中要次らイベントを行った映画人は数知れず。支配人、スタッフが映画上映に合わせて作った映画造形物もSNS上で大人気だ。しかし、コロナ禍で三密を避けるため、一切を封印。名物支配人は今、どんなことを思っているのか?

目黒シネマはJR目黒駅西口から徒歩約3分。目黒西口ビル地下1階にある。前身は1955年開館の「目黒ライオン座」「目黒金龍座」。1975年にリニューアルし、現在の2本立て名画座となった。運営するのはピンク映画で知られる大蔵映画だが、ラインナップは邦画、洋画を問わず、ハリウッド大作からアート系まで幅広い。ほとんどの名画座の中心はシニア層だが、ここでは20〜30代の女性が最も多いという。

ドアには映画人のサインがズラリ。座席数100の名画座がいかに愛されているかが分かる。館内には要所要所にサーキュレーターを配し、名物だった造形物も撤去。空間を広くし、換気することで、コロナ対策を徹底。従来の自由席、入れ替えなしを座席指定、入れ替え制に変更している。

ドアに書かれた映画人のサイン
座席数100の館内

「大蔵映画の創業者が弁士だったことにちなんで、外出自粛後の6月から『カツベン』で営業を再開しましたが、正直、成績は厳しいですね。これまでの2週間興行を1週間興行に変えたり、工夫していますが、前年の半分以下か、もっと悪いぐらい」。

苦しい胸のうちを明かすのは支配人を務める宮久保伸夫さん。もともとフリーターをしながら映画監督を志していたが、29歳の時に断念。知人の紹介で、98年に支配人となった。当時、同館は赤字続きで、老朽化した設備の更新もままならない状態だった。宮久保さんは当時のスタッフとロビーの床材の貼り替え、館内を飾り付けるなどDIY、明るい雰囲気のある映画館に作り変えていった。

ロビー。デコレーションを撤去し、空間を広くした

目黒シネマの人気の秘密その1は、宮久保さんが手掛ける3つの特集だ。①「目黒シネマ名作チョイス」は、宮久保さんがファンにぜひ見てほしい映画。②「自作と観る監督チョイス」は、監督作とその監督が上映作品を選ぶもの、③「俳優チョイス」は、俳優の出演作と俳優自身が上映作品を選ぶもの。“監督チョイス”では、是枝裕和監督、大根仁監督、山田洋次監督、塚本晋也監督、宮藤官九郎監督ら、“俳優チョイス”では田中要次、津田寛治の2回を行っている。

「2015年10月、是枝監督の『海街diary』を上映する際、併映作品に困って、たまたま映画館にいらっしゃっていた犬童一心監督に相談させてもらったら、是枝監督本人をご紹介いただいたんです。そこで、是枝監督に『何か併映作でいいものはありませんか』と伺ったら、『成瀬巳喜男の『鶴八鶴次郎』(1938年)』と。『何か接点があるんですか?』と聞いたら、『ない。私がスクリーンで観たい』って(笑)。これもありだなと思って、この企画を思いついたんです。監督さんに、カップリングを決めてもらって、コメントかイベントをお願いすることにしました」。

第2回俳優チョイス、津田寛治特集(2017年12月)も伝説的なイベントになった。津田が1日館長を務め、トークイベントの第1部では大杉漣、渡辺哲、第2部では小栗旬、戸田菜穂、藤原健一監督が結集。この「俳優チョイス」の出発点となったのは竹中直人との出会いだという。「僕は竹中さんのファンなのですが、2006年『さよならCOLOR』の上映をやっている時に、マネージャーさんから『竹中がそちらでイベントをしたいと言っています。打ち合わせをしたいので、今から行ってもいいですか』と電話をもらったんです。竹中さんはマネジャーさんと劇場前にいらっしゃっていて、その後すぐ打ち合わせ。トークショーができることになったんです」と宮久保さん。

2016年3月には、竹中の60歳を記念して特集上映も開催。竹中が監督した全長編作品となる『無能の人』『119』『東京日和』『連弾』『サヨナラCOLOR』『山形スクリーム』『R-18文学賞 vol.1 自縄自縛の私』をフィルム上映し、鈴木京香、温水洋一、田中要次、津田寛治、周防正行監督らが登壇するイベントも行われた。※『R-18文学賞 vol.1 自縄自縛の私』のみデジタル上映。

「監督関係は犬童さん、俳優関係は竹中さんがつなげてくださったことが大きいですね。『野のなななのか』の時には大林宣彦監督もいらしてくださいました。上映後、大林さんと犬童さんが対談してくださったのですが、終電がなくなる時間まで盛り上がってしまい、『まだ続くので、遠慮なく帰ってください。後は自己責任でお願いします』とアナウンスしたこともありましたね」と振り返る。

映写機のサイン。こちらの面には監督、反対側には俳優のもの

目黒シネマを愛した映画監督で忘れてはいけないのが、08年9月に59歳で亡くなった故・市川準監督だ。目黒シネマでは13年11月から毎年、市川監督の誕生日(11月25日)に合わせて、特集上映を開催している。「今年は21日から、“市川準を継ぐもの”をテーマに、『大阪物語』と犬童監督の代表作『ジョゼと虎と魚たち』、長編デビュー作『二人が喋ってる。』を上映します。市川監督は『二人が喋ってる。』を見て、犬童監督に『大阪物語』の脚本を頼んだんです。以前のような大規模なものはできませんが、犬童監督と市川監督と親交のあった映画評論家の尾形敏朗さんをお招きして、トークイベントをやります」。これがコロナ後初の登壇者を招いたイベントとなる。

一方、俳優や監督の人気に頼らない、独自の取り組みもしている。人気の秘密その2は館内のデコレーション。2018年上映の『シェイプ・オブ・ウォーター』では宮久保さんが精巧なクリチャーを自ら造型。100均グッズを駆使したもので、かかったのは粘土代だけとか。19年上映のアニメ『AKIRA』ではファンアートを募集し、実際に座れるAKIRAの王座をダンボールと木材で作った。また、スタッフが上映作品に合わせて、コスプレも。『滝を見にいく』では山ガール、『グランド・ブタペスト・ホテル』では物語の鍵を握る洋菓子屋風の衣装をまとい、雰囲気を盛り上げ、あたかも映画のテーマパークのような空間を作り上げている。

『シェイプ・オブ・ウォーター』の手作りクリチャー

「Instagramが流行っているので、記念写真を撮りたいファンがいらっしゃるんです。これは、目黒シネマに来てもらわないと撮れない。ただ、今は目黒シネマの特徴的なイベントや展示物、造形物が全部できないのが苦しいです」と宮久保さん。コロナ禍の中で仕掛けたのは、オリジナルグッズ。昨年夏に作った35mm映写機をデザインしたTシャツ(税・送料込3700円)やトートバッグ(同800円)は今も人気。今夏はオリジナルキャラクター「超銀河流星団スぺスぺス」の3人組が希望の旗を掲げて勇ましく前進していくイラストをデザインしたTシャツ(同4000円)が劇場、ネットで好評発売中だ。(ネット購入の場合 別途送料200円)

目黒シネマオリジナルグッズ

今後についてはどう考えているのか。「正直言えば、コロナ前に戻したいですね。僕が素敵だと思っているのは、人づてに聞いたヨーロッパの小さな映画館のこと。そこでは、俳優がふらっとやってきて、一般のお客様と映画談義する。それをここに作ろうとは思わないですが、そんなことがなんとなく頭にあります。スタッフには、『ここで60年以上、映画で商売してきたので、俺たちは100年を目指そうぜ』と言っています。多分、その時には僕らとは違う人たちが働いているけど、いいバトンを渡せるように、のれんを守っていこうぜ、って」。その言葉には目黒シネマ・ブランドの誇りを感じた。

映画館データ

目黒シネマ

住所:東京都品川区上大崎2丁目24−15
電話: 03-3491-2557
公式サイト:目黒シネマ

プロフィール

平辻哲也(ひらつじ・てつや)

1968年、東京生まれ、千葉育ち。映画ジャーナリスト。法政大学卒業後、報知新聞社に入社。映画記者として活躍、10年以上芸能デスクをつとめ、2015年に退社。以降はフリーで活動。趣味はサッカー観戦と自転車。

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