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『冴えない彼女の育てかた Fine』が描く創作活動の熱意 妄想にまみれた中に見える確かな現実

リアルサウンド

19/11/14(木) 10:00

「少くとも恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。」

 太宰治の『チャンス』に出てくる言葉だ。『冴えない彼女の育てかた Fine』というライトノベル原作のアニメ作品に、純文学作家である太宰治の言葉を連想したことを意外に感じるかもしれない。しかし本作を一言で表すならば、この言葉が適しているのではないか。今回は本シリーズの魅力と描かれてきた意志について考えていきたい。

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 『冴えない彼女の育てかた』は2012年に原作1巻が発売され、フジテレビノイタミナ枠にて2度のテレビアニメ化も果たしている。主人公の高校生、安芸倫也が魅力的な女子キャラクターに囲まれながら、同人ゲーム制作にまい進するさまと恋愛の進展を描いた物語だ。原作者の丸戸史明はゲームのシナリオライターとしても活躍しており、テレビシリーズのシリーズ構成や劇場版の脚本を務めている。

 イギリス人の父を持つ金髪ツインテールが印象的な幼馴染の澤村・スペンサー・英梨々、女子高生小説家としても活躍する上級生、霞ヶ丘詩羽などの個性的なキャラクターが倫也の心を射止めようと奔走する本作。しかし、最大の特徴はメインヒロインである加藤恵の存在だ。他のヒロインはアニメ的に記号化されたようなキャラクターであるのに対して、恵はとりたてて語ることのない影の薄い少女とされている。その特徴は名前にも表れており、スペンサーというミドルネームや、霞ヶ丘という個性的な名字と比べると、加藤恵という名前は、アニメの世界より、現実世界に寄った一般的な印象を受ける。

 この“普通”というのが恋愛描写の肝となる。恋愛ゲームやアニメでは、不治の病や生き別れの兄妹などの設定により物語を盛り上げていく作品もある。しかし本作は“普通のオタク少年が普通の少女に恋をする”というものであり、その普通の恋愛がどれほど尊いものか表現した作品となっている。

 恋愛描写と共に興味深いのが、作中で描かれるクリエイターたちの創作に対する熱意だ。当初倫也は作品を鑑賞するだけの消費者側の立場だったが、恵たちを巻き込み同人ゲーム制作に取り組む。その過程で起こる困難を一つずつ乗り越えながら、強い意志を持って作品を完成させ、クリエイターとして成長していく姿を描いている。ここではシナリオライターであった丸戸の経験した制作現場のリアルな様子が反映されているようだ。パンフレットのインタビューでは、アニメ化の際に、あまり小説との違いを意識せずに台本に詳細なト書きを載せ提出したら、亀井幹太総監督に注意されたというエピソードが明かされている。作中でもその経験を反映したように、作中のゲームのシナリオを担当する詩羽に同じ過ちをさせ、シナリオ作りの落とし穴を描いている。

 また、本作の特徴として挙げられるのが入れ子構造の語り口だ。倫也は恵とゲーム内のシナリオについて相談するのだが、同時に自分たちの関係の進捗について語っている。またメタ的な描写として、キャラクターたちの他愛もない会話が、現実世界のゲーム業界あるあるなどを指摘しているシーンもある。

 劇場版では、冒頭で「ありきたりな泣かせなどいらない」、「物語をカミソリのように研ぎ澄ませろ」とゲームシナリオについて議論がなされる。その指摘はともすれば、そのまま本作へと突き刺さるのだ。創作活動を描く以上、それを語るだけの資格がある作品を作り、実践するという宣言であるように感じられた。

 また、倫也は自分の書くシナリオに行き詰まった際、作中世界のトップクリエイターである人物に、「キモいまま突き進め、お前の書くキモいシナリオに真のキモオタはついてくる」と、辛辣でありながらも愛に溢れたアドバイスを受ける。パンフレットにも書かれているように倫也は丸戸自身を反映させているキャラクターだが、同時にこれからクリエイターを志望する若者たちへのエールにも受け取れる。一つひとつの描写にはフィクションというよりも、ゲーム制作現場のドキュメントを見ているようかのような、魂の込もったやり取りが描かれている。

 本作は恋愛描写とクリエイター論を交互に展開しながらも、残酷な現実も突きつける。倫也に認められたいがために、技術を磨いてきた英梨々たちは、その能力を必要とされているものの、最も欲しい愛を得ることができない苦悩が待ち受けている。しかし、そこに救いもある。英梨々たちも作家としての自分たちを愛してくれた倫也への思いを抱きながら、クリエイターである自分たちの後ろにしがみついてでもついてくると信じて、まっすぐに前を見つめて歩く。クリエイターが作品を発表するために努力を重ねるからこそファンは応援し、ファンの応援があるからこそクリエイターも新しい物語を紡げる。そしてファンの中から新しいクリエイターが生まれ、やがて自分たちに追いつくことを期待しながらさらなる高みを目指してまい進する。そこにはファンと創作者の理想的な関係を見ているようだった。

 2020年に新作映画が公開される『SHIROBAKO』や『カメラを止めるな!』など、近年はクリエイターの苦悩とやりがいを描いた作品がヒットしているが、本作はそれらの作品と同等の熱量を感じるはずだ。メインビジュアルなどから、いかにもアニメオタクが好きそうな美少女ハーレムアニメに見えるかもしれないが、その内容は真っ当な恋愛作品であり、クリエイター讃歌である。ハーレムアニメにありがちな“現実離れした妄想”ではなく“妄想まみれでも、確かな現実”と、大志を抱いた若きクリエイターの強固な意思により、チャンスを待たず未来を切り開く姿を描いた作品として最大級の賛辞を送りたい。

■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。

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