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宇多田ヒカル、繊細なリズム感覚と『初恋』以降のモード ドラマ『美食探偵 明智五郎』主題歌「Time」から紐解く

リアルサウンド

20/4/19(日) 10:00

 宇多田ヒカルが新曲「Time」のリリースを発表した。現在、2020年5月8日の配信開始に先駆け、YouTubeでワンコーラスのみ視聴することができる。同曲は日本テレビ系日曜ドラマ『美食探偵 明智五郎』の主題歌であり、2019年1月リリースの「Face My Fears」以来となる新曲だ。YouTubeで公開されたオフィシャルオーディオの概要欄によると作詞作曲は宇多田、プロデュースには宇多田に加えて小袋成彬もクレジットされている。

(関連:リズムから考えるJ-POP史 第9回:宇多田ヒカル『初恋』に見る「J」以後の「POP」

 「Time」はきつめのオートチューンのかかったハミングとエレピから始まる。活動初期の和製R&B路線を彷彿とさせるリードシンセに導かれて登場するビートはやや変則的で、4拍目のバックビートを少しずらしたり、ハイハットやシェイカーなどのパーカッションを点で配置して独特のニュアンスを出している。リズムやメインのコードを奏でるシンセのサウンドは意外なほどそっけなく、シンプルだ。あまり味付けをしすぎずに、シンセの味をぽんと出したような潔さだと思う。

 そもそもこの曲、音数自体ごく少ない。一聴すると、デモを少しブラッシュアップしたかのような、すごく控えめで素直なアレンジに感じられる。そのぶん、ビートの細部や、バッキングを含めた宇多田のボーカルのニュアンスに注意が向く。

 たとえば、スネアが16分音符ひとつぶん後ろにずれることで、ビート全体にぐっとタメが生まれ、すこし粘っこさが生まれる。そうしたリズムと絡み合う宇多田のボーカルにも、少し粘ったようなうねりが感じられる。とはいえ、ビートはスクエアな打ち込みであるのに対して、ボーカルがつくりだすリズムは自在に伸縮する。ビートが細かな点を鋭く打っていくのに対して、ボーカルは濃淡を変えながら描かれる線のようだ。

 2016年に音楽活動を再開してからの宇多田については、コンポーズされたリズムと、そこからさらりと逸脱してしまう身体性が、他のミュージシャンとのコラボレーションを通じて先鋭化されていたように思う。拙著『リズムから考えるJ-POP史』(2019年、blueprint)では、一章分をほぼ『初恋』(2018年)の検討と評価にあてたが、それはまさにこの宇多田のリズム感覚の鋭敏さ(と、その音源への反映)の結晶化として『初恋』を考えようとしてのことだった。

 「Time」は先に述べたようにプロダクションの観点から言えばそっけないほどシンプルで、なんならそこにベッドルームポップ的親密さを感じ取ってしまいそうになるほどだ。飛び道具的なサウンドやエフェクトは廃した楽曲である一方で、『初恋』で聴かせた宇多田の最近の極まったモードが相変わらず(もちろん変化しながら)継続していることがたしかに感じられる。

 まだフル尺が解禁前なので細かい言及は控えるが、歌詞の点でも、個の感情や、あるいは個と個の固有な関係性を貫くことの凄みを、しかし軽やかに描いている点で、『初恋』のモードから地続き――というかそもそも、宇多田の作家性とはそういうことなのかもしれないが――である。

 宇多田はこの「Time」に加えて、「誰にも言わない」(「サントリー天然水」新TVCMソング)を発表したところだ。はっきり聴けるのはごく一部にすぎないが、こちらはこだまのように呼応し合うボーカルのレイヤーが深さと壮大さを演出しつつも地に足のついた印象だ。リリースは5月29日を予定しているというが、フルで聴けるのが待ち遠しい。

 こう立て続けに新曲をリリースされると、どうしても新しいアルバムにいっそうの期待が高まる。『初恋』では海外のプレイヤーとセッションした楽曲が数多く収録されたが、昨年宇多田が参加した井上陽水トリビュートではEnsemble FOVEとコラボレートしていたのが記憶に新しい。ちなみに『美食探偵 明智五郎』の音楽もEnsemble FOVEが全面的に参加している模様(参照:Twitter)。もし今後アルバムが視野に入っているのであれば、Ensemble FOVEとオリジナル曲で共演するところも聴いてみたいものだ。(imdkm)

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