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製作者にとっては“制約”も? 相次ぐ『週刊少年ジャンプ』作品アニメ化について考える

リアルサウンド

21/2/28(日) 10:00

 2016年に公開され、大ヒットを記録した、新海誠監督の劇場長編アニメーション『君の名は。』。その予想以上の盛り上がりは、一つの結果として類似作品を多く生み出すことにもなった。ラブストーリーを軸に、超常的な力やスペクタクルを描く劇場作品が次々に制作され、“キラキラ映画”と呼ばれるようになった少女漫画を原作とした実写映画の、これまでの興行成績の好調な推移ともつながることで、アニメ、実写ともに学生の恋愛がモチーフとなった作品が花盛りになったのだ。

 その中には、もちろん質の高い作品もあれば、あまり感心できない出来のものもあるわけだが、どちらにせよ、このような作品が増えることで、日本映画の多様性が一部損なわれることになったのも確かなことだろう。だが、トレンドの流れがいつまでも一定なわけがない。盛り上がった時期ほどには、この系統の作品に観客が集まらなくなってきているのである。そして、2020年はコロナ禍の影響も重なり、ジャンルを越えて映画興行全体が落ち込むことになった。

 このような状況下で、驚くべき事態が発生する。知っての通り、TVアニメ『鬼滅の刃』の映画『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』が、未曾有といえる特大ヒットを記録したのである。その勢いはなかなか収まらず、『君の名は。』の成績を抜き、ついに難攻不落だった『千と千尋の神隠し』(2001年)の興行収入を抜いて、日本の歴代興収1位の座を獲得することになったのだ。

 この作品が描き出すのは、大正時代の日本を舞台に、人を喰う鬼を退治するために刀で戦う若者たちの物語。『君の名は。』との類似部分は皆無といってよい内容だ。このヒットには、様々な要素が絡み合っていることは言うまでもないが、その一つとして考えられるのは、近年の劇場アニメーション作品の内容が極端に偏っていたという状況が味方したのではないかということである。

 さて、こうなってしまうと、次に何が起こるのかは明らかだろう。『鬼滅の刃』に類似した企画が次々に通るようになるのである。新たに製作される映画の企画書というのは、他のビジネス同様、客観的なデータを基に企画内容が合理的で収益が見込めるものであることを主張する文言が書かれる。これまで強い説得材料であった『君の名は。』は、いまや『鬼滅の刃』へと大きく舵をきっているはずだ。

 とはいえ、鬼を出したり日本刀を振り回すような内容は、さすがにあからさますぎて、その部分をトレースした作品は、おそらくあまり製作されないのではないか。では、代わりに何が検討されるのかというと、思いつくのは同じ『週刊少年ジャンプ』連載作品のアニメーション企画である。

 いま最も『鬼滅の刃』に近いといえる存在は、現在漫画が連載され、TVアニメが放送中の『呪術廻戦』だろう。個人的には『鬼滅の刃』ほど、漫画、アニメのファン層を超えて一般的な視聴者・観客の心を動かすまでになり得るかという疑問があるが、若者の集団が“呪霊”の陣営とバトルを繰り広げるという設定は、第二の『鬼滅の刃』として機能し、育っていく可能性は存在する。

 また、先日は実際に井上雄彦原作の『SLAM DUNK』の劇場アニメ製作が決定されるという唐突な報があったように、『週刊少年ジャンプ』原作作品にまつわる企画が、今後加速することが考えられる。しかし、『鬼滅の刃』のヒット以前から、ジャンプ作品は安定的な人気があり、すでに飽和状態になっているのも確かだ。現在、そして近年映像化されたり、進行している作品には、思いつくままに書いていっても、『銀魂』『ハイキュー!!』『僕のヒーローアカデミア』『Dr.STONE』『HUNTER×HUNTER』『約束のネバーランド』『食戟のソーマ』『ONE PIECE』『DRAGON BALL』『キャプテン翼』『ジョジョの奇妙な冒険』『ダイの大冒険』『シティーハンター』『るろうに剣心』『幽遊白書』などが挙げられる。

 なぜ、こんなにも新旧ジャンプ作品の映像化が絶えないのか。それは、『週刊少年ジャンプ』が少年誌のなかで現在も圧倒的な部数を誇っている事実があるからだ。2020年度、少年誌で2位、3位の部数となっている『週刊少年マガジン』『月刊コロコロコミック』を、ダブルスコア以上の成績で圧倒し、一強状態となっているのである。その売り上げを支えるのは、徹底した人気投票システムだ。読者の送るアンケートハガキの集計結果を重視することで、他の少年誌に比べ大勢の好みが反映され、連載作品を描く作家たちは順位を上げるために試行錯誤を続ける。そして、ダメとなったらすぐに新連載と入れ替わる。

 アンケートで人気を集めるため、作品の方向性を変えるほどのテコ入れをするケースも多い。多くの場合、読者が求めるのは“バトル展開”である。当初はギャグや人情ものとして始まったはずの漫画が、途中から趣旨を変えて戦いを始める内容になる例は少なくない。しかし、それはできるだけ避けたいと思っている漫画家が多いということが、やはりジャンプ作品の『バクマン。』で言及されている。

 このようなシステムによって、ジャンプ作品は結果として、あるカラーに染め上げられる場合が少なくない。『鬼滅の刃』にしろ『呪術廻戦』にしろ、ジャンプで生き残るための工夫として、過去の成功した事例を踏襲する内容になっている部分が散見される。ジャンプ原作の作品を鑑賞すると、そういう“ジャンプコード”ともいえるような要素が存在していることに気づく。

 私が“ジャンプコード”の大きな特徴として指摘したいのは、“部活感”である。『キャプテン翼』や『テニスの王子様』、『ハイキュー!!』のように、実際に学校の部活動などを舞台にしていた作品はもちろん、多くの作品で部活動を連想させるようなコミュニティが描かれ、指導者や先輩、後輩たちとともに修行して強くなりながら、強敵と戦っていく。その最中で、尊敬する先輩が破れ去っていく姿を見るというショックを経験したり、強敵に勝利する度にさらに強い存在が立ち塞がることになる。そして、戦いの合間に小休止としてギャグシーンを挟むのも常套手段だ。もちろん、これらの手法はジャンプ以外の雑誌の連載作品にもいえることだが、まさにジャンプの表現はその総本山ともいえるものだ。

 つまり、『週刊少年ジャンプ』のコアな読者として想定されている年代が経験する、学校という閉じられた場所と、その外に触れる機会である部活動という世界観が、様々な設定の上に乗せられているのである。まさに、自分の体験する“リアル”に近い感覚と、そこで描かれる勝利の快感が味わえることで、多くの読者を惹きつけていたというのが、多くのジャンプ作品に共通する要素といえる。もともと、ジャンプには「友情」「努力」「勝利」というキャッチフレーズが掲げられているが、それを一言に総合したものが“部活感”といえるのではないか。

 そんなジャンプ作品が、幅広い世代に読まれ、愛されているというのは、日本社会そのものが、ある意味で部活動の延長のようなものであるからかもしれない。例えばアメリカでは、従業員が同じ企業に長年務めるケースは、いまだに“終身雇用”(いまそれが保証されているかは別として)の考え方が根強い日本に比べると、少ないといえる。年功序列や集団の中での協調性などが強く求められ、全員が同じ方向に向くことを求められることが多い日本の企業は、体育会系の部活動に近いものがある。だからこそ、企業は学生時代の部活動経験を重視する傾向があるのだろう。

 かつて、少年漫画には、本宮ひろ志の『男一匹ガキ大将』に代表されるように、バンカラで一匹狼のかっこよさに憧れる風潮があった。その後描かれた『リングにかけろ』や『魁!!男塾』などは、そんなバンカラなセンスを踏襲しながらも、集団に帰属する主人公に憧れるという方向にシフトしているように見える。これは、日本社会の一般的な価値観に変化が起こったことを示しているように思えるのだ。

 その中にあって、『HUNTER×HUNTER』や『DEATH NOTE』、『約束のネバーランド』などの作品は、そのような制約から、かなりの部分で逃れ得ているということも指摘しておきたい。これらの作品は、作者が物語に対して強いこだわりや能動性があることを示しているといえよう。

 さて、このように一定の傾向があるジャンプ作品をアニメ化するときに、アニメ製作者にとってはさらなる制約が待っている。それは、原作の内容を改変することが非常に難しいという点だ。様々なジャンプ作品原作のアニメを鑑賞していると、とくに近年は漫画の内容を、ほとんどそのまま映像化しているように見えるのである。『鬼滅の刃』や『ハイキュー!!』のアニメ版のように、力のあるスタジオがディテールを豪華に、アクションの部分をこだわりの技術で描くことで魅了するように、ほとんどごく限定された範囲でしかクリエイティビティを発揮することが許されていないのではないかと思える瞬間が、何度も訪れる。

 ちなみに、例外的に『約束のネバーランド』は、2期でストーリーの変更が見られるが、これはおそらく製作上の都合が関係していて、綿密な原作者との話し合いがあったはずだ。また、アメリカ製作の『DEATH NOTE』は、アメリカの観客を中心に楽しませるという意味で、大幅に改変しなければならなかったのは当然といえる。

 基本的にストーリーの改変を、『週刊少年ジャンプ』や集英社が望まないのも当たり前で、とくに連載中の原作が存在している場合、ストーリーをいじることで整合性が取れなくなるリスク生じる可能性がある。近年は、基本的には改変しないという合意のもとで作品をスタジオに任せるという取り決めが強化されている傾向にあるはずで、鑑賞する側も、そのことをある程度承知しているからこそ、ジャンプ作品のアニメは、アニメ監督の名前がそれほど注目されなくなっているのである。

 たしかにアンケートで人気を得て勝ち抜いてきた実績のある作品には、いずれも光るものがあり、それをアニメーション監督が塗り替えることで、さらに素晴らしい作品に生まれ変わるかどうかは大きな賭けであるといえよう。『鬼滅の刃』のような成功例もある以上、そんな監督まかせのリスクを引き受ける必要性は、出版社側には無くなってきているはずだ。

 しかし、同時にそこには落とし穴も存在する。人気を得ているジャンプ作品にも、至らない部分が存在することも確かなのだ。『週刊少年ジャンプ』は、編集部の方針として、作品としての総合的な質がそれほど高くなくても、長所や可能性を見つけて、そこを伸ばしていくという面がある。それが結果として、多くの読者を惹きつける表現を生み出すことになっているのは素晴らしい。だが、それだけに作家ごとに弱点がある場合も少なくない。ギャグ表現がうまくいっていなかったり、時代の流れに合わない表現や、説明不足な点が見られるときもある。週刊連載という激務のなかで描かれたということを考えても、仕方ない部分があるだろう。われわれは近年、そんな部分すら忠実にアニメ化されているところを見ているのである。これでは、せっかくアニメが後発の作品として発表されているにもかかわらず、そのアドバンテージが活かしきれていないということになる。

 ある程度の例外もあるが、これまで述べてきたようにジャンプ作品を基にした映像作品、とりわけアニメーションは、かなり製作側に制約が課されるというのが現実だろう。それに慣れている視聴者側も、SNSで原作との細かな違いに異議を唱えるケースが増えているように、アニメ監督などの演出上のスタンドプレーや、過度なクリエイティビティを望まなくなっている傾向にあるといえる。そして、良くも悪くもそれらアニメーション作品に、本来オリジナル作品ならば必要ないはずの雑誌のカラーが反映してしまうのも確かなのだ。

 今後、『君の名は。』のブーム後のように、ジャンプを中心とした漫画原作アニメに、より注目が集まり、その製作に拍車がかかるのは間違いないだろう。もちろん、『鬼滅の刃』は日本の映画興行を、かなりの部分で救うという功績を打ち立てたといえるし、映画やアニメファンとして感謝すべきところは非常に多い。だが、それが今後、日本のアニメ製作の未来を良い方向に転がしていくかどうかということについては、疑問を感じる部分もあるのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
全国公開中
声の出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔、石田彰
原作:吾峠呼世晴(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com
公式Twitter:@kimetsu_off

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