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『カネ恋』は自分自身を愛するきっかけとなる 三浦春馬さんの思いを受けとり、つなげていくために

リアルサウンド

20/9/16(水) 12:30

「……良き」

 甘い茶菓子を一口頬張り、丁寧に淹れたほうじ茶で流し込んだときのような幸福感。思わず鑑賞後に目を閉じ、少し口角を上げて、ほっこりとした気分になるドラマが生まれた。松岡茉優主演の火曜ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』(TBS系)のことだ。

 脚本家・大島里美によるオリジナル作品で、主人公の九鬼玲子(松岡茉優)は“清貧女子”。文字通り、清く、貧しく暮らすヒロインだ。大里は、同じTBSドラマで『凪のお暇』を手がけたことでも、記憶に新しい。凪の生活も、誰かと比べてアップアップしていた毎日を手放し、自分のお気に入りを集めたスモールライフだった。私たちは今、多くのモノに囲まれることよりも、「これだけあれば幸せ」と満たされることを求めているのかもしれない。

 玲子の部屋は和室で、驚くほどモノが少ない。とても現代ラブコメのヒロインとは思えない。むしろ、時代劇で隠居した武士が住んでいそうな雰囲気だ。モノにはすべて定位置が決まっており、新しいモノを購入するときもしっかり吟味して、「お迎えする」という意識だ。

 大切に迎えたものを長く使う。それは日本語の「もったいない」が持つ感覚よりも、ずっと愛情を感じるスタンス。「安いから買っちゃった」「しかも今なら1個買ったらもう1個ついてくる!」と、テレビショッピングで衝動買いをする母親・サチ(南果歩)との対象的な価値観も面白い。玲子の価値観は、親や周囲の誰かから吹き込まれたものではなさそうだ。

 よく見ると、窓辺には『方丈記』が飾られている。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず…」で始まる『方丈記』は、鎌倉時代初期に鴨長明が記した古典日本三大随筆の一つ。貴族のから武士の時代へ。さらに大地震や大火災が続き、世の中の価値観が大きく変わる中で、多くの人が無常観を抱かずにはいられないタイミングに生まれた随筆だ。

 戦争に災害と、何があるかわからない日々に大金をかけて住まいを構え、いつ失われるかと神経をすり減らすよりも、質素な住まいでも穏やかに暮らせるほうがいい……と鴨長明自身も、必要最低限のモノだけを所有する暮らしをしていたという。心静かに暮らしたいという玲子にとって、バイブルのような存在になっているのだろう。

 そんな玲子の生活を一変させる出来事が起こる。それが、勤務先であるおもちゃ会社の社長息子・猿渡慶太(三浦春馬)との出会いだ。「俺が消費するから日本経済回ってるんでしょうが」と豪語する慶太は、まさに“浪費男子”。何にどのくらいお金を使ったか全く関心がない慶太は、お気に入りのモノを直して大事に使う玲子に「買った方が早くない?」と言ってしまうほど、正反対な価値観を持つ。

 “清貧”と“浪費”。一概にどちらが正しいというのは、言い難い。お金をしっかりと管理していくのも大切だが、「世捨て人」と囁かれるのも寂しいし、経済を回すのも大切だが「結婚したら人生崩壊」なんて振られるのも悲しい。お金の使い方次第では、人間関係にほころびが出るということ。だが、そんな生きることに直結しているお金であるにも関わらず、人に相談しにくく、1人で抱え込みがちになってしまうこと。そんな人生における大切なことを、ライトなラブコメタッチで教えてくれるドラマに仕上がっている。

 劇中では、営業エリートの板垣純(北村匠海)が、親の経営難や自身の奨学金返済などが重なって、思い悩む姿が描かれた。「お金に困っている」とは、とても言えない。自分でなんとかしなければとどんどん追い詰められる板垣は、新幹線チケットを経費で購入し、金券ショップに売り、実際には深夜バスを利用して、その差額を手にしていた。寝る間も惜しんでデータ入力の副業をして、心身ともに疲労困憊な日々を送っていた。

 きっとこんなふうに「人には言えない」とお金に苦しんでいる人は少なくない。相談できない孤独が、さらに人を追い詰める。だが、どうか1人で悩まないでほしい。玲子が「お金のために板垣さん自身がボロボロになってしまっては本末転倒ではないでしょうか」と語りかけたように、お金は人が便利に暮らすために作られたのであって、お金に人生を奪われるのは本末転倒なのだから。正しくお金と向き合う方法を、一緒に考えてくれる人は必ずいる。

 玲子が「ほころび」と呼ぶものは、取れかけのボタンに象徴された、自分を大事にしていないことそのものを言っているように感じる。何がどのくらいあれば満足するのかという、自分自身の価値観を肯定すること。モノに愛着を持つことで、それを身にまとったり使ったりする自分を愛でるということ。お金を好きになって仲良くするということは、つまり自己肯定感を高める、最も身近な手段といえるかもしれない。

 『方丈記』が生まれた鎌倉初期と同じように、2020年も価値観が一変するようなことが続いている。世の中は変化を続け、常にアップデートしていかなくてはならない。それでも、自分が自分であるということは変わらない。ならば、自分のことは誰よりも自分が「愛着」を持っていようではないか。それが、きっと誰かへの愛にも繋がっているはずだから。このドラマは、自分の人生を愛するきっかけになり、窓辺に飾られる作品になるかもしれない。

※追記

 7月18日、猿渡慶太役の三浦春馬さんが永眠されました。この作品の取材でお会いしたとき、限られた時間でのインタビューにバタバタしてしまったにも関わらず、にこやかに丁寧にお話してくださる姿が忘れられません。

 このドラマが、三浦春馬さんのラストドラマであることは事実。ですが、三浦さんのエンターテイナーとしての気持ちを汲むと、そこにばかりとらわれず、むしろこれまで彼が出演してきた作品と同様に、まっすぐ楽しんだほうが彼は喜んでくれるのではないかなと思っています。

 第1話を観て、三浦春馬さんでなければ慶太は考えられなかったのだと感じることができました。脚本を変更し、一つの作品として完成までねばり、オンエアまでこぎ着けてくださった制作スタッフの皆さんへ感謝の気持ちでいっぱいです。三浦春馬さんが愛着を持ち、大切にしてきたエンターテインメントを受け取り、つなげていく。それが今、私たちにできることだと信じて。改めて、心から哀悼の意を捧げます。

■放送情報
火曜ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』
TBS系にて、毎週火曜22:00~ 22:57放送
出演:松岡茉優、三浦春馬、三浦翔平、北村匠海、星蘭ひとみ(宝塚歌劇団)、大友花恋、稲田直樹(アインシュタイン)、中村里帆、八木優、河井ゆずる(アインシュタイン)、キムラ緑子、ファーストサマーウイカ、池田成志、南果歩、草刈正雄
ゲスト出演:梶裕貴、岡本莉音、トミー(水溜りボンド)、登坂淳一
脚本:大島里美
演出:平野俊一、木村ひさし
プロデュース:東仲恵吾
主題歌:Mr.Children「turn over?」(トイズファクトリー)
製作著作:TBS
(c)TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/KANEKOI_tbs/
公式Twitter:https://twitter.com/kanekoi_tbs

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