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人気連載「玉川奈々福の浪花節的ココロ」ついに最終回!

ぴあ

1年間連載され、多くの方から愛されてきた「玉川奈々福の浪花節的ココロ」がついに最終回。奈々福さんの考える”浪花節的ココロ”とは? 最終回をまるごと全文掲載します!

 手帳のポケットに、一篇の詩をいつも入れてるんですけれど、今回の文章を書こうとして引っ張り出したら、ぼろぼろにちぎれてしまった……。
 「あ……!」
 新しく印刷して、入れなおせばいいんだけれど、長年大事に入れていたのが、ぼろぼろにちぎれてしまったことを、自分でびっくりするほど切なく感じました。
 大好きな、詩です。

 陶淵明は、中国の詩人。4世紀後半に生まれ、5世紀前半にこの世を去った人……日本で『古事記』が生まれるはるか前の文学者です。隠遁生活を楽しんだ詩人として有名です。
 そしてこの漢詩の訳者は、川島雄三。かの『幕末太陽傳』や『貸間あり』を撮った映画監督です。
 いい訳だなあ。なんといってもぜんぶひらがな(笑)! すなおで平易で、無頼が香る。口の端にのせたときの、七五、七七調の、ゴロのよさ。
 この詩には当然、他の訳もたくさんあります。この訳を初めて読んだとき、てっきり井伏鱒二だろうと思い込みました。井伏鱒二の『厄除け詩集』。さまざまな漢詩を、井伏鱒二流に訳したもの。これも素晴らしいのです。ところが川島雄三と聞いてびっくりした。川島雄三は井伏鱒二の大ファンだったのだそうです。

浪曲の登場人物たちが教えてくれた、風に吹かれるまま生きることの強さ

 一年続いた連載の、今回が最終回です。

 何を書こうか迷って、この詩を挙げることにしました。
 私のこのアプリ版ぴあでの連載タイトルは、『奈々福の浪花節的ココロ』。連載初回に申し上げましたとおり、私淑する小沢昭一さんが長年パーソナリティを務められたラジオ番組『小沢昭一の小沢昭一的ココロ』へのリスペクトをこめております。
 川島雄三といえば、小沢昭一と大変縁の深い、というか、小沢昭一さんが心から慕っておられた映画監督ではないか。
 小沢昭一御大を通して川島雄三へ、そしてはるか遠い陶淵明へのリスペクト。
 この詩には、私が思う「浪花節的ココロ」が、詰まっているのです。

 「人生無根蔕」……そもそも、人生なんて、よりどころのないものです。
 というところから、始まる。
 親がね、出身校がね、家系がね、財産がね……を「よりどころ」として認めない。
 そして、人間全般に対する認識が「みちにさまようちりあくた」
 これ、森の石松や、左甚五郎や、小松村七五郎の女房お民の自己認識だろうなあ。つなぐべきものも、背負うものも何一つ持たない。身を要なきものと思いなしている。吹けば飛ぶような我が身である。だから自由だし、いつ死んでしまっても、仕方ない。
 保身のために、人生にセーフティネットを敷くことにキュウキュウとしているわたくしどもとは、そも、認識が違います。

 でも本当は、石松のほうが真実を知ってる。

 だって人生は、いつだって予測不可能なのだから。運命は想像を超えてくるものだから。命は、いつ消えるのか、永らえるのか。そんなことは、わからないことだから。
 風に、流れに、身を任せて、生きていくしか、ないじゃないか。
 あはははは。
 ああしよう、こうしよう、と思う人間の意志や前向きな思考を頭っから否定してますね。

 いや、思うのよ。浪曲の登場人物だって。こうありたいって。
 オノレを磨くことを、上を目指すことを、ハナッから諦めてもいない。じたばたもする。
 でも、運命ってのは、そんなものを簡単に飲み込んでいく。
 奈々福だって、浪曲師になるなんて思っていなかったんですよ、まさかの展開ですよ。
 意志も持った。努力も、多少した気がする。頑張ったりもした。基本、前向きだと思うし。
 でも。
 意志は、持った瞬間にそれが弱みにもなる。
 風に吹かれるまま生きる。そのはかなさを知っているがゆえのふてぶてしいまでの強さ。
 浪曲に出てくる人たちの多くは、社会の下層を生きる人間たちだからこそ、それを知っているのだと思います。

目の前の大切な人との一瞬一瞬を逃さないために

 人生に対する諦念を持ったうえで、そこからのこの詩の展開が、すごい。

 「おなじこのよにうまれりゃきょうだい」と、言っちゃうんだな。
 路にさまよう塵芥同士が、身を寄せ合い、互いに心を寄せあうことこそが貴い、と。
 ……ああ、ここに、浪花節的ココロが通うなあ。

 「えにしはおやよりふかいのだ」
 血縁とか権力とか主従とか貸借とか……そんなものでくくられる関係性を超える、かそかで細やかで色合いが豊かな「情」の世界が、浪花節にはあるんです。
 同じ時代に、同じ場所に居合わせた、それだけがこの世の最も貴い「えにし」だ。
 親兄弟の縁なんかより、深い「えにし」だ。
 清水次郎長と、森の石松は、それを感じあってるだろうなあ。

 「うれしいときにはよろこんで ともだちあつめてのもうじゃないか」
 ともだち、と思ったかどうか知らないが、笹川一家の食客・平手造酒と一の子分・勢力富五郎が。浪人である俵星玄蕃と、赤穂浪士の杉野十平次が。馬術指南の曲垣平九郎と、下郎の度々平が。まったく違う身分・立場でありながら、それを超えて認め尊敬し、酒酌み交わし、情を通わせる風景があるのです。

 こやつ、できるな。
 貴様、なかなかいい奴じゃな。
 旦那に惚れてますぜ。
 おまいさん、見れば見るほど、いい男だねえ。
 それを感じるためには、出自とか、家系とか、貴賤とか、そういうもので目を曇らせちゃいけないんだな。
 目の前の人を、そのまんま問い、受け入れる、澄んだ目と勇気が必要なんだな。
 時は無情に過ぎていく。この、ほのかにあたたかな感情はいましかない。
 だからこの一瞬に賭けるのだ。
 ああ、そんな生き方ができればいいなあ。

 実際のわたくしは、浪曲をうなりながらも、雑事にかまけて、大事な人との大事な時間を大事にできないままに過ぎている。仕事を理由に、うまい酒を酌み交わす機会も逸している。

 「わかいときはにどとは来ない」……ああ、もう手遅れかも。
 「あさがいちにちにどないように」……ああ、その言葉に刺される!!!
 せめていま、大事な人の悲しみを見逃さないように。
 せめていま、大事な人と、喜びをともに喜べるように。
 私自身の喜びと悲しみを、思い切り喜び思い切り悲しめるように。

 浪曲の登場人物に憧れ、少しでも近づきたいからこそ、心を込めて、演じたいと思うのかもしれません。

 小沢昭一さん、今年生誕90年。亡くなられて間もなく7年になります。私は入門して25年になりますが、この間に大事な師匠、大事な先輩たち、尊敬する方々を数多く亡くしました。

 「いきてるうちがはなではないか」
 「さいげつひとをまたないぜ」

 浪曲に溺れつつ、生き方を、日々、浪曲に問われている、わたくしです。

(イラストレーション:岡村みのり)

浪曲なんでもQ&A

もしも奈々福さんにお子さんがいて、浪曲を志したいと言ったら、許しますか?

 勝手にするがいいです。
 可愛い我が子がいて、「浪曲師になりたい!」なんて言われたら、きっと内心は心配で、どっちかっていうと反対で、「無理に決まってるじゃん!」とか思いながら、動悸が止まらず、おろおろするかと思います。私自身が浪曲師になるなんて、人生の予定にまったくなかったし、それで食べて行けるなんて想像できなかったし、現状は奇跡だと思っています。
 たまたま、あり得なかったことが、いま瞬間風速的に私には起きてるだけ、です。
 でも、人生なんて予測不能なものです。
 それが本気であるならば、精いっぱいの努力をするならば、うまくいく、かもしれない。
 うまく、いかないかもしれない。
 でも、失敗って、大きな財産ですからね。失敗の数なら人に負けませんけれど、失敗から本当に大きく学んだと思います。
 生きることは日々実験だ、賭けだ!
 歯を食いしばって、我が子に言うと思います。「勝手にするがいいさ」。
 ……果たして、本当に言えるかな。言えるわたくしでありたい。

最終回に大宣伝!

『奈々福版 浪曲 研辰の討たれ~ひとり忠臣蔵でござる』

開催日時:12月5日(木) 19:30~
会場:渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール
出演:玉川奈々福『浪曲 研辰の討たれ』+義士伝一席(曲師:沢村豊子 邦楽囃子方:望月太左衛)
助太刀出演:三増紋之助(曲独楽)
料金:3,500円(全席指定・税込)
問い合わせ:らくご@座 TEL 03-3911-5015

歌舞伎の『研辰の討たれ』。これこそ私が「浪曲でやりたいっ!」と思った世界。野田版研辰の討たれで、故・勘三郎丈が演じられるのをみて、長年憧れ、ようやく許可を得て浪曲化しました。浪曲において「赤穂義士伝」は大きな物語で、数々の演題が演じられてきましたが、「研辰」は、「反義士」です。
お三味線のほかに、邦楽囃子方の望月太左衛先生に、鼓を入れていただきます。奈々福年内最大のイベント。ぜひぜひ来てください。

歌手・玉川奈々福、デビューシングル発売中!

DEBUT SINGLE

刀剣歌謡浪曲「舞いよ舞え」/恋々芝居/銭形平次捕物控 玉川奈々福殺人事件

COCA-17640 1,667円+税

はじめての刀剣歌謡浪曲である『舞いよ舞え』や歌の初吹き込み『恋々芝居』のほか、ボーナストラックに新作浪曲『銭形平次捕物控 玉川奈々福殺人事件』も収録。

日本コロムビア公式サイト

プロフィール

玉川奈々福(たまがわ・ななふく) 

1994年10月、日本浪曲協会主宰三味線教室に参加。1995年7月7日、玉川福太郎に入門。三味線の修行をしていたが、師の勧めにより2001年より浪曲師としても活動。さまざまな浪曲イベントをプロデュースするほか、自作の新作浪曲や他ジャンルの芸能・音楽との交流も国内外で多岐にわたって行う。2018年9月に初のDVD『ほとばしる浪花節 玉川奈々福ライブ!』をリリース。2019年第11回伊丹十三賞受賞。2019年6月19日、日本コロムビアよりデビュー・シングルをリリース。
ブログ「ななふく日記」
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