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映画と働く 第6回 音響演出:北田雅也「理想は万能な殺し屋」

ナタリー

20/12/18(金) 12:10

北田雅也

1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。

今回は映像作品の音響作成や演出を担当する北田雅也にインタビュー。塚本晋也、堤幸彦、豊田利晃、瀬々敬久、井筒和幸といった映画監督たちから全幅の信頼を置かれる彼に、これまで手がけた作品の裏話や、業界に入るまでの経緯を聞いた。なお最終ページには、北田が音響効果を担当した「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」の効果音収録風景も掲載している。

取材・文 / 平野彰 題字イラスト / 徳永明子

“全部やる”人は今までいなかった

──今回北田さんにお声掛けしたのは、この連載コラムの第3回でお話を聞いた録音部・反町憲人さんのご紹介があったからなんです。履歴書の職業欄には「映像に付随する音響作成の技術と演出」と書いていただいたのですが、一言の肩書きにするなら、どうご紹介すれば正しいでしょうか?

最近は「音響効果マン」ではくくれなくなってきているんですよね。“全部やる”人は今までいなかったので。セリフもフォーリー(※注1)も環境音も1人でやるというワンマンスタイルは、あんまりないんですよ。塚本晋也さんはご自身の監督作で製作、脚本、撮影、編集といろいろ兼任されていて、その分お名前がたくさんクレジットされてますが、僕の場合も作品によってはああなる。普通は3人から5人でやる仕事を1人でやってるから。

※注1:映像作品における効果音、またはそれらを録音する手法。登場人物の衣ずれや咀嚼音、足音などさまざまなものがある。アメリカの音響効果技師ジャック・フォーリーの名前が由来。

──北田さんのフィルモグラフィをたどると「音響効果」のほか「サウンドエフェクト」「サウンドデザイン」「サウンドミックス」とクレジットされているケースもあります。

現場で録った音だけで成立する映画ってあるじゃないですか。例えば爆発とかがない作品。そういう作品で、監督との信頼関係があって全部1人で担当している人は「サウンドデザイン」とクレジットされたりしている。豊田利晃監督の「破壊の日」では自分も「サウンドデザイン」となっています。「破壊の日」では「現場に録音部を連れて行けないから、あとで北田さんがやって」と言われたので、すべてアフレコになりました。自分は時間が取れなかったからアフレコとセリフの調整はスタジオマンの方にお願いして、あとからもらった音楽やフォーリーを自分が足したんです。

──確かにそういうお話を聞いていると、一概に「音響効果マン」とはくくれないですね。

欅坂46(現:櫻坂46)のドキュメンタリー(「僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46」)では、インタビュー音声以外のカメラマイクで拾った音、ライブで録られた音楽素材などを僕が受け取って調整しました。

──あのドキュメンタリーを映画館で観たのですが、ライブシーンの音の臨場感がものすごかったです。

すごいですよね。僕もあの作品大好きなんです。監督は高橋栄樹さんという、ミュージックビデオや映画やCMを作られている方で、昔から面白い仕事があると呼んでくれる。ただ僕は欅坂46を全然知らなかったから「なんで僕を呼んだんですか?」と聞いたら「とにかくライブのシーンに迫力が欲しい。生々しさを大事にしたい」ということでした。なので、製作部さんがソニーさんに音源を発注するとき「こういう素材が欲しい」とリクエストしたら、普段のアイドル用のミックス素材という感じではない音源をいっぱい出してきてくれて、その結果ああいう音になりました。

──お話をうかがっていて考えたのですが、今回のコラムでの肩書きは「音響演出」としてよろしいでしょうか。

それでいいと思います。

映画を観に行くのが新宿の中1の遊び

──北田さんは履歴書の「今の職業を志すきっかけになった1本」として、ブライアン・デ・パルマの「ミッドナイトクロス」を挙げられています。まさに主人公の仕事が音響演出なわけですが、どういうきっかけでこの映画を観たのでしょう。

僕は10歳ぐらいまで北海道にいて、そのあと仙台と立川に住み、中1のとき新宿に引っ越しました。北海道から立川までは違和感がなかった。でも新宿の中1は多摩川に釣りに行ったりしないんです。映画を観に行ったりするのが新宿の中1の遊び。それまでの僕は池で遊んだり川で釣りをしていたから、世界観が違いすぎる。これはヤバいなと感じて、まず映画を観ようと思ったんです。当時は名画座がいっぱいあったので、池袋とか新宿とか浅草の2本立て500円ぐらいの映画館に毎週末行っていました。「ミッドナイトクロス」はその頃観たんですよ。

──どんな感想を抱きましたか?

お芝居もいいし話も面白いし、カメラワークが本当にいいなと思って。

──その段階で「自分もこの仕事を目指そう」とまでは思わなかったわけですね。

全然思わなかったです。ああいう仕事があると知ったきっかけではありますけど、まず映画としてすごく好きなんです。

──ではその後、どういうきっかけで“音”に興味を持たれたんでしょうか。

高校に入ったとき、母がミニコンポを買ってくれたんですけど、つまみがいっぱいある機械が好きだったので、それをずっといじってました。レコードからカセットに音をコピーするとなんで音が劣化するのかわからなくて、グライコ(※注2)をいじって。それから大学生になってバイトを始めて、ちゃんとしたオーディオセットを買ったら、音がすごくよかったんですね。グライコとかで補正しなくてもすごくいい音で録音できるのがわかったので、オーディオにハマっていっぱい機械を買っていました。ちょうどその頃にハイファイビデオデッキも発売されたんですけど、当時ビデオ屋でバイトをしていたから、自分が組んだセットで毎日3本ぐらい映画を観るという生活が5年ほど続いて。で、観ていたのはほとんど洋画だったんですが、たまに気になる邦画があって観ると音が悪くて……。「これなら自分のほうがうまくできるんじゃないか?」と思ったんです。まあ若気の至りですよね。

※注2:グラフィックイコライザー。音質調整をするエフェクターの1種。

──なるほど。

洋画は基本的に音がいいじゃないですか。特にビデオになるような作品は大作ばかりだから音がいい。あとその頃の邦画はほぼモノラル(※注3)で、アメリカは基本的にドルビーサラウンド(※注4)。モノの映画ってオーディオ帯域(※注5)も狭いし、立体的に聞こえない。ただ邦画でも、伊丹十三さんの映画の音質だけは洋画に劣っていませんでした。小野寺修さんという録音の方が伊丹さんの作品を担当されていたんですけど、のちに自分が入った会社で音響効果助手として伊丹作品に参加することができました。

※注3:ここでは1チャンネルのオーディオ方式のこと。なおステレオでは左右の2チャンネル、サラウンドでは3チャンネル以上の音声が再生される。

※注4:アメリカのドルビーラボラトリーズ社が開発した音響方式の1種。

※注5:人間が音と認識できる周波数帯域。

──その会社というのが、履歴書の経歴にある「23才 撮影所の中にある音響効果の会社員になる」の会社でしょうか?

そうです。東洋音響カモメ(現:カモメファン)ですね。

たまたまの上にたまたまが乗っかった結果、今の僕がある

──経歴を読んでいくと「29才 もえつきて無職 2年あそぶ」とありますが、この「もえつきて」というのは何かきっかけが……。

ほぼ休まず働いていたからです。朝4時終了で朝9時開始みたいなのが1カ月続いたり、50時間ぐらい寝られない作品があったりして、疲弊して、やる気がなくなっちゃったんですね。

──続いて「31才 フリーランスとしてアルカブースの社長に世話になる」とあります。アルカブースも東洋音響カモメと同じく音響効果の会社ですが、2年のブランクの間はどう過ごされていたんですか?

2年のうち1年はもともと休むつもりで、そのあとも半年休んでいました。うちの奥さんからは「毎月11万円払えば休んでていいよ」と言われていたから、貯金を切り崩して11万円払っていたんですけど、1年半経ったらさすがにヤバくなってきた。で、あるとき、僕とほぼ同年代の岡瀬晶彦さんという音響効果マンから電話があったんです。岡瀬さんが「今、何してんの?」と聞くから「なんにもしてない」と答えたら「柴崎さんが盲腸になっちゃって、映画が1本飛びそうなんだよね」と言う。柴崎さんというのはアルカブースの社長の柴崎憲治さんです。そこから「Pro Tools(※注6)で仕込みができて映画の効果音ができて暇な人間って北田くんしかいないんだけど、できない?」と頼まれたので、翌日から2週間アルカブースに行って作業しました。で、退院してきた柴崎さんと会ったら「今回(ギャラは)50万でいいか?」と聞かれた。それをきっかけに「これからは金のためにここで働こう」と思ったんです(笑)。

※注6:アメリカのアビッドテクノロジー社が開発した、音楽制作および映像用サウンド作成ソフト。

──(笑)

それからアルカブースで3年間いろんな仕事をやらせてもらって、子供が生まれ、自宅で作業するようになって、完全なフリーランスになったという感じです。

──思わぬきっかけで復帰されたんですね。

そうです。たまたまの上にたまたまが乗っかった結果、今の僕があるんです。もともと僕は怠惰で面倒くさがりで、基本的には何もしたくない。でも一緒に仕事をした人たちの要望に応えているうちに、いろんなことができるようになったんですね。

「本当に殺せる音」を追求

──音響演出の中で音を“作る”こともあるわけですよね。すごく悩んだ音はありますか?

あんまり悩まないです。悩んでも意味がないというのが持論で、まずやったほうがいい。半日掛けてサウンドライブラリーの音を1万個とか2万個聴けば「あ、これかな」というものが見つかる。あとはホームセンターやスーパーに行ったりすると「これ使ったらこういう音出るな」というのがわかります。Amazonとかヤフオク!も見ますね。

──ヤフオク!ですか。

Amazonは基本的にジャンク品みたいなものを売ってないけど、ヤフオクはそういうものをいっぱい売ってるんですよ。それに「この商品を見てる人はこれも見てるよ」という感じで、多彩な商品が出てくる。例えばメカ的な音を作るためにメカ的なものを探してたら、想像もしていなかったアイテムがいっぱい表示されるから、とりあえず買う。年間100万円以上ヤフオクで買い物してるんじゃないかな。

──音1つでは悩まないということですけど、作品単位で悩んだこともありませんか?

たぶんあるんですけど忘れちゃうんですよね。

──では思い出深い作品、印象的な作品は?

塚本晋也さんの作品です。全権委任というか、こっちの思い付きとかも面白いと思えば受け入れてくれる方ですから。それに塚本さんの作品の場合、お金を稼ぐためにやっているというより、僕自身の楽しみのためにやるという部分が大きい。それから「バイオハザード」(ゲーム「バイオハザード7 レジデント イービル」)や「ドラえもん」(「映画ドラえもん のび太の新恐竜」)といった大好きな作品に参加できたことはうれしかったし、堤幸彦さんの「真田十勇士」も思い出深いです。あれはアクションシーンの音を全部作ったんですよ。その経験は塚本さんの「斬、」のとき音響効果用の刀を作るきっかけにもなりました。

──「斬、」の刀の音は強烈でしたね。

どんな映画を観ても、日本刀の音が物足りなくて。うっかり落としただけで足の指とか取れちゃうようなヤバいブツなのに、重みを感じない。だから刀の音を作るために、いろんな刃物を集めてスタジオに持ち込んだんですけど、やっぱり恐ろしいんですね。その場にいる人がみんな「近寄りたくない」と思うし、血の気が引く。日本刀も本来そういうものであるはずなんですよ。

──人を斬るものですからね。

映画では刀のディテールが全然表現されてないし、小道具として見慣れすぎちゃったこともあって、雑に扱われている印象が強いです。「これ付けときゃいいんだろ」みたいな感じで、洋画でも邦画でも同じ音が付いてる。だからそうじゃないものをゼロから作りたいと思って「真田十勇士」のときにチャレンジして、ある程度成功はしたけど“重さ”が足りなかった。「これじゃまだ殺せない」と感じて「本当に殺せる音」を追求していた頃に、ちょうど塚本さんが「次は時代劇をやります」とおっしゃったので「マジか」と思いました。

クリーンな環境ではアイデアが生まれない

──刀以外でこだわった音はありますか?

銃ですね。例えば「ザ・ファブル」の、サイレンサー(※注7)を付けた銃の発砲音。

※注7:銃声を軽減するために取り付ける装置。

──冒頭のシーンで出てきますね。それまで映画やドラマで聞いてきたサイレンサーの音とはまるで違っていました。

打ち合わせのとき、江口カン監督が「機動戦士ガンダム」の話を始めて。「冒頭でザクのモノアイが“ビュイン”という音を立てて光りますけど、あれって“発明”ですよね。北田さんもファブルのサイレンサーの銃の音を“発明”してください」と言われたんです。僕も打ち合わせをする前から「これはキーポイントになる音だ」と思ってはいたけど、どうもありきたりのものになってしまう。結果的に、エアダスターと固形燃料を使って音を作りました。燃料を燃やしておいて、そこにガスを噴射すると「ボッ」と音がする。それをマイクで拾ったんです。

──よくそこに行き着きましたね。

でもまったくの想像から行き着いたわけではなくて。「いい素材ないんだよね」と言いながら試行錯誤しているうちに「いいね、これ!」となったわけです。いろんなガラクタが散らかった状態のフォーリースタジオで音を作るのは、そういう状況で仕事をすると発想力がすごく豊かになるからなんですよ。

──それは面白いですね。アイデアはクリーンな環境から生まれるという先入観がありますが。

クリーンじゃダメなんです。例えばこれ(筆記具やハサミなどが入ったペン立て)、こうなってるより、(ペン立ての中のものを乱雑にテーブルの上に出し)こうなってたほうがいいんですよ。「これで人殺しの音作れるじゃん。(ペンを手に取り)これを果物に刺して抜いたらブチョッて言うんじゃないかな」と想像できる。でもこれをここにきれいにしまっちゃうと(ペン立てに入っていたものを戻して)、ペン全体は見えなくなって、そういう想像力はなくなってしまうんです。

なんでもできるようにならなければいけない

──北田さんにとって職業病みたいなものはありますか?

自分ではあまりないと思ってるんですけど、物音とか環境音に反応してしまいます。家でも旅先でもどこに行っても、何か聞こえると「何々?」ってなるから、うちの奥さんは「面倒くせえな」と思ってる気がします。あと職業病というか、サイレンとかが聞こえるとiPhoneで録音してしまいますね。

──それを作品に使うということですよね。

使ってます。パトカーの拡声器を通した「交差点に侵入します」という音声なんかは、サウンドライブラリーで売ってませんから。

──もしこのお仕事をされていなかったら、と想像したことはありますか?

あんまりないですね。ろくでもない人生を歩んでるんじゃないかと思います。

──最後に、これから映像の音響に携わろうとしている人へのアドバイスをお願いします。

物音を合成して作るという作業を人工知能がやれるかどうかっていう実験がされてるんですよ。映像から物理特性を解析して、あるものをたたいたときに出る音を、別の素材を3つぐらい合成して作るということはできるようになってきている。

──そんな技術が……。

ただ人工知能が音響“演出”をすることは今のところ無理で、そこまで進歩するには50年、早くてもあと30年は掛かるんじゃないかな。ラッシュを観て「このシーンは静かだけど、こういう音だけは聞こえてきたほうがいい」と判断するようなことはAIにはまだできない。だからそういう演出面においてはまだ勝負できるけど、これからスタートする人が、例えばフォーリーだけを職業にするのは危険だと思います。もっとユニバーサルに、なんでもできるようにならなければいけない。音響効果だけでもある程度の収入が見込めるのに僕がいろんなことをやっているのは、なんでもできないと“死”に至るから。だって録音部を現場に連れていかない作品があると、そこで録音部は“必要ない”存在になるわけですよね。それは恐ろしいことじゃないですか?

──確かに。

でも僕は、そういう録音部がいなくてもいい映画の仕事を引き受けている。ある意味、人の仕事を抹殺しちゃってるわけです。一方で「効果部は要らない」と言う録音部さんもいる。みんな緩慢な殺し合いを続けてるわけですよ。「やります」「できます」と言いながら人の仕事を奪って死に至らしめようとしている。だから武器は1個じゃダメで、ピストルもライフルも斧もナイフも全部持っていて使いこなせないといけない。ある種のクリエイティブな仕事をする人は、映画に出てくる万能な殺し屋みたいになったほうがいいと思いますね。

※塚本晋也の塚は旧字体が正式表記

北田雅也(キタダマサヤ)

1968年2月19日生まれ、北海道出身。21歳で大学を中退し、音響の専門学校に入学する。23歳で日活撮影所内の音響効果制作プロダクション・東洋音響カモメ(現・カモメファン)に入社。29歳の頃に同社を退社し、2年後、音響効果会社アルカブースでフリーランスとして働く。その後、塚本晋也や堤幸彦の監督作で音響効果を担当。「斬、」で第73回毎日映画コンクールの録音賞、第13回アジア・フィルム・アワードの音響賞にノミネートされた。そのほかの担当作品に「パッチギ! LOVE&PEACE」「野火」「菊とギロチン」「泣き虫しょったんの奇跡」「僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46」などがある。音響効果でクレジットされた「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」が2021年2月5日に公開。

「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」フォーリー収録風景

インタビュー後、「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」のフォーリー収録を見学させてもらった。東京・東宝スタジオ ポストプロダクションセンター1のフォーリーステージで行われていた収録の模様を写真で紹介する。

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