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ひふみんのクラシック入門

将棋とクラシックの微妙な関係〜その2

毎月連載

第3回

19/2/15(金)

天才棋士が天才作曲家をみて感じることは

 モーツァルトの音楽からは元気の良さを感じます。“作曲は元気でないとできない”とモーツァルトが言っていたということを本で読んだことがありますが、この言葉にはまさに納得です。私の将棋に置き換えてみると、これまでに2505回の対局を戦ってきたのですが、いかなる場合にも元気な状態で戦ってきたのです。どの対局の前にも「負けるかもしれない」と思ったことは1回もありません。この気持ちは若い頃から一貫していて、当時の名人に挑戦するような大勝負の際にも「負けるかもしれない」というような気持ちになることはまったくありませんでした。これこそが勝負師向きの性格だと思います。そして、今振り返ってみると、2505回の対局は2505回のコンサートを行ったようにも感じられるのです。

楽譜と棋譜の接点とは

 音楽には楽譜が有るように、将棋には棋譜というものがあります。棋譜を見ると例えば50年前の対局の時に考えた内容でも95%程度までは思い出すことができます。今でも棋譜さえあれば、それぞれの対局中に1時間以上も考えた内容はもちろん、対局の場所や状況まで思い出すことができます。これは音楽家が楽譜を見て様々なことを思い出すのと似ているのかもしれません。

 さらには、棋士同士付き合いにも興味深いものがあります。クラシックの世界では、ハイドンとモーツァルトの仲が良くて、師弟関係でもあり友人でもあったという話がとても素敵です。まさに天才同士のつながりですね。我々棋士同士もみんなライバルであると同時に仲間ですのでとても仲が良いのです。対局が終わった後には“感想戦”というのがあって1時間から2時間程度ふたりで戦いの軌跡を辿るのです。お互いの読み筋をオープンに話し合うわけですね。大山康晴名人と私は生涯に105局対戦していますので、こういう時間をとても多く共有しています。つまりライバルではあるけれど、とても仲が良いのです。“感想戦”は、音楽家が楽譜を見ながら音楽を思い出したり語り合ったりする姿に似ているように思います。将棋は90%までが理詰めで、残りの10%が考え抜く場面です。いくら考えても答えが出ないという時間ですね。大山名人は勝負師でしたから、いくら考えても答えが出ない場合には、相手が嫌だと思うような手を指すとおっしゃっていました。私の場合はどうやったら相手が嫌がるのかがよくわからないので、こればかりはなかなかうまく出来ませんでしたね。

“記憶力”も将棋とクラシックの共通点

 “記憶力”という意味においても将棋とクラシックの共通点を感じます。例えば、指揮者の小林研一郎さんは記憶力が凄まじくて、得意の『第九』を指揮する時などには、合唱団員に名前を言わせてその場で全て覚えてしまうそうなのです。それを証明するために、その場でばらばらに並びなおさせた団員の名前を完璧に当てるという話を聞いたことがあります。これには驚きました。その小林さんは将棋においてもアマチュア最高位の5段という実力者なのですから、音楽と将棋に関する共通点というものが存在するのでしょう。

 余談ですが、その小林研一郎さんが「駒音コンサート(※第2回参照)に参加した棋士の中で谷川名人が一番音楽的な筋がいい」とおっしゃっていたことを谷川さんに伝えたのです。私だったら大喜びするところですが、谷川さんは「加藤さん、加藤さん、我々がアマチュアの将棋ファンに“貴方は筋が良い”と言うのは、“貴方はあまり強くありません”という意味ではないですか?」と切り替えしてくるわけです。実に谷川さんらしいです(笑)。


インタビュー写真撮影:星野洋介

プロフィール

加藤一二三(かとう・ひふみ)
1940年1月1日福岡県生まれ。将棋棋士九段。14歳で当時史上最年少の中学生プロ棋士となり、「神武以来の天才」と評された。2017年6月20日、現役を引退。現在はバラエティ番組にも多数出演するなどタレントとしても活躍中。

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