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ラノベ市場、この10年で読者層はどう変わった? 「大人が楽しめる」作品への変遷をたどる

リアルサウンド

20/11/4(水) 10:00

 2010年と2020年のライトノベル市場を比べると、読者年齢の上昇が指摘できる。

 かつては「中高生向け」と言われていたが、今は「中高生向け」とくに「中学生にも支持される」作品は限られている。

 この10年でラノベ市場に何が起こったのか。

2010年と2020年ではライトノベルと呼んで指し示されるものが変化した

 2010年にすでにその変化の萌芽はあった。

 この年、柳内たくみ『ゲート 自衛隊彼の地で斯く戦えり』(アルファポリス)と悪ノP_mothy『悪ノ娘 黄のクロアテュール』(PHP研究所)がソフトカバーで刊行されている。

 前者は小説投稿・閲覧を目的としたスレッド式掲示板サイト(5ちゃんねる=当時の2ちゃんねると同系のスタイルの交流サイト)であるアルカディアに書かれたものを書籍化した本。

 後者はボーカロイド楽曲を原作とする小説、いわゆるボカロ小説の事実上の嚆矢である。

 これらは内容的にもパッケージ的にも、2000年代後半以降のライトノベルの流れとは一線を画しており、かつ、ヒットした。

 当時売れに売れていたラノベ作品といえば、たとえば鎌池和馬『とある魔術の禁書目録』のようなバトルもの(特に現代を舞台に異能力の使い手同士戦う作品は「異能バトル」「現代学園異能」などと形容された)、伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(ともに電撃文庫)のようなラブコメなどだ。一般文芸ではほとんど見られないがラノベ市場特有の大きなニーズとして笑い、コメディ需要を満たす作品としては井上堅二『バカとテストと召喚獣』(ファミ通文庫)も外せない。

 いずれも中高生の年頃の少年少女が登場する物語で、性や暴力描写は少年マンガと同等に抑えられていた。ラノベ自体は当時も大量に刊行されており、なかには主役クラスが大人だったり、ハードコアなセックスや猟奇的な描写のある作品も当然あったが、それらがTVアニメ化されるくらいのヒット作になったケースはこの頃ほとんど存在しない。

 ところが『ゲート』の主人公は33歳の自衛隊員で子どもではない。『悪ノ娘』は主役の片割れが親族殺害も厭わぬ暴君(王女)という異世界ファンタジーで、蜂起されて最期はギロチンにかけられる。こういうタイプの作品が文庫のラノベで劇的に売れたことはほぼなかった。そう、「文庫」のラノベでは。

 『ゲート』のようなウェブ小説、『悪ノ娘』のようなボカロ小説は四六判ないしB6判の「ソフトカバー単行本」で刊行されていった。それはラノベ文庫市場で圧倒的なシェアを持っていたKADOKAWAグループと真っ向から競合することを避けるために、アルファポリスやPHP研究所が文庫での刊行を選択しなかったからだ。

 後追いでKADOKAWAグループがウェブ小説やボカロ小説に参入し、単行本でも(そして文庫でも)刊行するようになったがゆえに、現在の書店の棚を眺めると「ライトノベルは文庫でも単行本でも刊行されるのが当たり前」と思えてしまう。だが2010年段階では「単行本のラノベ」は決して当たり前ではなかった。

 2000年代にラノベ出身の作家が文庫ではなく単行本で作品を刊行する試みはいくつもあったが、それは一般文芸への「越境」と呼称され、読み手も単行本サイズの作品はラノベだとは思っていなかった(当初ハードカバーで刊行された有川浩『図書館戦争』のような、どちらとも呼びがたいボーダーライン的なものも存在したが)。

 そして2000年代の「越境」作品・作家とも異なったのは、「Arcadia」や「小説家になろう」発のウェブ小説が単行本で書籍化されると読者が30代から40代であることも珍しくなかった点である。2000年代の越境作家たちの読者は多くが10代から20代だったはずだが、それより一回りから二回り上の読者がウェブ小説書籍化作品には付いていた。

 その後、2012年に主婦の友社がなろう系作品を書籍化するヒーロー文庫を創刊して初期は全点重版率100%という驚異的な売上を叩き出すと、富士見ファンタジア文庫など既存のラノベ文庫レーベルもウェブ小説書籍化に本格的に乗り出し、大人の読者を狙って獲得し始める。

 2009年末の「メディアワークス文庫」創刊も事件だった。三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』の主人公は23歳と25歳の男女と2000年代までのラノベのセオリーからは外れていたが、大ヒットとなった。

 しかも10代読者だけでなく、上は40代(2020年現在では50代)の女性にまで広く読まれた。メディアワークス文庫に代表される、コージー(日常もの)ミステリーやほっこりあたたまる良い話、泣ける恋愛もの、あやかしもの、神様ものなどを中心ジャンルとする小説をイラストを付けて売り出した出版物は2010年代を通じて「ライト文芸」と呼ばれるカテゴリーとして勢力を拡大していく。

 ライト文芸は『ビブリア』や友麻碧『かくりよの宿飯』(富士見L文庫)、浅葉なつ『神様の御用人』(メディアワークス文庫)のように10代女子に支持される作品もあるが、基本的には20代以上の女性をターゲットにしたものが多い。

 ライト文芸をライトノベルに含めるか含めないかは人によって異なるが、含めるとしても従来型の中高生を主たる対象とした(少なくともその建前で作られていた)文庫のラノベ、いわば「狭義のラノベ」とは異なる「広義のラノベ」の一種と言っていい。

上の世代に向けて拡張していく一方、かつての本丸は……

 こうして見ると、2010年代のラノベ市場はおおむね読者年齢を上の方に拡張していったことがわかる。

 2010年代後半以降になると、2000年代までに創刊された文庫のラノベレーベル(「狭義のラノベ」を担ってきた刊行元)から、ウェブ発ではない、従来からの文庫書き下ろし形態で書かれたものであるにもかかわらず、大学生や社会人の主人公やヒロインが登場する作品も少なくなくなった。もちろんこれらの主たる読者は中高生ではなく、それ以上の年齢である。

 10代向けの新しい動きは? さらに下の方には? と言うと、ボカロ小説は中高生女子を中心に、従来のラノベ読者とはまた別の層に熱狂的に支持された。しかし2010年代半ばになると失速し、その後もボカロ小説で売れ続けるシリーズは『カゲロウデイズ』と『告白予行練習』くらいになってしまった。

 2009年に創刊された角川つばさ文庫は、当初こそ谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』などのライトノベルを小学校中高学年向けの児童文庫作品として出し直していたが、こうした動きは続かなかった。児童文庫は表紙がイラストで挿絵もあるという意味ではライトノベルに近いし、しばしば装丁やイラストが「ラノベ化している」と年長世代から批判されることもあるが、児童書関係者からラノベ(的)だと思って作っていると筆者は聞いたことがないし、何より読者はラノベやその仲間と思って読んでいないだろう。

 ラノベはもはやユースカルチャーではない。幅広い年齢に向けられたサブカルチャーの一種である。特定のタイプの映像化作品だけが中高生にも読まれ、特定ジャンルの作品だけが高校生、大学生にも読まれるものになった。それ以外は10代には遠いもの、関係ないものとして認識されている――マンガや映画、ラノベ以外の小説がそうであるように。

 興味深いことに、児童書市場は、絵本でも子ども向け実用書でも学習マンガなどでも「大人も楽しめる」「親子で読める」作品を充実させることによって、かつてであれば親が自分のために使っていた書籍代を奪うようにして市場を拡大させた。人口減と書籍代減というマクロトレンドがあるにもかかわらず、児童書市場は2012年は780億円、19年は880億円と増加している。

 一方、紙の文庫ラノベ市場もこの10年で「大人が楽しめる」方向に拡張したものの、規模は半減した。文庫のライトノベル市場は、2012年が統計を取り始めて以来のピークで284億円、2019年には143億円と半減(出版科学研究所調べ)。そもそも文庫本市場は落ち込みが激しいが、文庫全体の落ち込みよりハイペースで文庫ラノベ市場は縮小している。ラノベはコミックと違って電子書籍市場が紙と同じくらいあるわけではなく、合算してもピークより減ったことは今や認めざるを得ない。もっとも、単行本+文庫でラノベ市場を見ると市場規模はプラスであるとの記述が出版科学研究所『出版指標年報2018年版』にはあるものの、中高生が主に買っていた文庫ラノベに関してはほんの数年で半分になったことは事実だ。ラノベ市場は、上には広がったが、元々のターゲット向けの本丸は弱体化したように映る。

 かつてラノベは中高生向けと言われたが、ラノベの側、本の作り手側がまず中高生から離れ、それを追いかけるように中高生が以前よりラノベから離れた。一昔前は「大人のライトノベル」は例外的な存在だったが、今やそちらのほうが主流と言っていいだろう。文字通り、ライトノベルは成熟したのだ。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

 

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