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樋口尚文 銀幕の個性派たち

新井浩文、 不審に放心気味の強面

毎月連載

第3回

(C)2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 (C)瀬川晶司/講談社

 ゼロ年代以降の新人男優は、信じ難くきれいな容貌の持ち主が多い。近年、多額の製作費をかけずに稼げる学園物やラブコメがあまた作られたが、それらの宣材を飾る男優女優のカップルの図を見ていると、女優よりもフェミニンなかわいい男優が甘いポーズを披露していたりすることがよくある。

 そういった若い俳優たちはアクがなく、なんとなく人柄も当たり障りなさそうな感じがして、実際そういう面々が人気を集めている。こういった若者たちはそれなりに懸命に演技したりしているのであながち否定もできないのだが、素朴な印象として誰かと誰かの区別がつきにくい。かつては脇役が個性的なだけでなく、市川雷蔵も勝新太郎も中村錦之助も高倉健も松田優作も、それぞれのかたちで特異な活気や殺気をみなぎらせていたが、今どきの若いスタアたちはどこか無菌的で静かで優しい。

 そういう傾向のなかで、新井浩文のような不審な容貌に出くわすと、ちょっと嬉しくなってくる。新井の面構えは、シラケと屈折と鬱屈の70年代から時をかけてきたような感じなのに、2001年の行定勲監督『GO』でデビューし、じわじわと頭角をあらわしていった、れっきとしたゼロ年代のひとである(それなのに俳優としてデビューするきっかけが屋台で荒戸源次郎と偶然出会ったことだというのがなんとも60~70年代的でおもしろい)。新井は意外にも、くだんのゼロ年代以降のデオドラントされたきれいで優しい男子たちの潮流と並走する感じで認知されていったひとなのである。もしかすると、こういう明朗穏健にして無菌的な俳優の傾向が、逆に新井の存在を必要となものとし、引き立てたところもあるのではないか。

『犬猿』(C)2018『犬猿』製作委員会

 そんな新井はデビュー早々の2002年に幸運にも豊田利晃監督『青い春』で主演を果たし、以後も2005年の大森立嗣監督『ゲルマニウムの夜』、2007年の山下敦弘監督『松ヶ根乱射事件』で主演、そのほか2006年の西川美和監督『ゆれる』などで印象的な助演を見せた。これらの作品で新井は持ち前の不審で正体不明な容貌と雰囲気を活かして鮮やかな印象を残したが、なかでも『松ヶ根乱射事件』のしまらない日常にダルに埋没している警官役などは新井でなくしては体現できないであろうけだるさが魅力的に作品をおおって瞠目させられた。

 こういった見ていてじれったくなるようなダメ男の路線は、やがて2014年の武正晴監督『百円の恋』に凝縮される。あの誇り高いが実力のともなわない現実を持て余しているような、なんとも面倒くさそうなボクサー志願の青年を、新井は言わず語らずして絶妙に演じきってみせた。ボクシングに賭けているかのような風情だったのに、いつの間にかけろっと諦めてどこかのお姐チャンとしけた豆腐売りをやっているという(しまらなさの極致のような!)設定があまりにもハマッていて、これはもう新井浩文の持ち味の面目躍如という感じであった。

『葛城事件』(C)2016「葛城事件」製作委員会

 この『百円の恋』のボクサー志願の青年や、2016年の赤堀雅秋監督『葛城事件』の精神をすり減らしリストラされる青年のように、自らの思いや悩みに押しつぶされて放心気味の表情は、新井の真骨頂ではなかろうか。もちろん2012年の北野武監督『アウトレイジビヨンド』の狂犬のごとき役どころや2013年の山崎貴監督『永遠の0』の侠客など、その強面をまっすぐに活かした際の演技も目覚ましいが、しかし新井の魅力が鮮烈に輝くのは、なんともしまらない、ダルな自意識がとぐろを巻いているようなキャラクターとめぐりあった時であろう。

 こんな情けなさと屈折の権化のような新井が2016年のTBSドラマ『毒島ゆり子のせきらら日記』では、なんとセクシーなジゴロ的新聞記者を演じていて驚いた。観客や視聴者はとにかく安心したい性分だから、こういう不審な強面を「馴致」して「アイドル化」したがるので、新井にはぜひその引力に屈せず悪相の鮮度を維持しつづけてほしい。

『斉木楠雄のΨ難』(C)麻生周一/集英社・2017映画「斉木楠雄のΨ難」製作委員会

作品紹介

『斉木楠雄のΨ難』

2017年10月21日公開 配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント=アスミック・エース
監督・脚本:福田雄一
出演:山崎賢人/橋本環奈/新井浩文/吉沢亮/笠原秀幸
新井は斉木が唯一、心を読むことができない人物である燃堂役。

『犬猿』

2018年2月10日公開 配給:東京テアトル
監督・脚本:吉田恵輔
出演:窪田正孝/新井浩文/江上敬子/筧美和子/阿部亮平/木村知貴
新井はいつもトラブルを巻き起こす窪田の兄役。

『クソ野郎と美しき世界』

2018年4月6日公開
監督:園子温/山内ケンジ/太田光/児玉裕一
出演:稲垣吾郎/稲垣吾郎/草なぎ剛/浅野忠信/尾野真千子/新井浩文
太田光監督作に草なぎ剛とともに出演。

『SUNNY 強い気持ち・強い愛』

2018年8月31日公開 配給:東宝
監督・脚本:大根仁
出演:篠原涼子/広瀬すず/小池栄子/ともさかりえ/渡辺直美/新井浩文

『泣き虫しょったんの奇跡』

2018年9月7日公開 配給:東京テアトル
監督・脚本: 豊田利晃
出演:松田龍平/野田洋次郎/永山絢斗/染谷将太/渋川清彦/新井浩文
松田扮する晶司と苦楽をともにする奨励会員・清又で出演。

『散り椿』

2018年9月28日公開 配給:東宝
監督:木村大作 脚本: 小泉堯史
出演:岡田准一/西島秀俊/黒木華/池松壮亮/緒形直人/新井浩文
新井は舞台となる扇野藩の組頭役。

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』の撮影に近く入る。

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