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『おんな城主 直虎』と重なった『天国と地獄』 森下佳子が高橋一生を通して描いた希望

リアルサウンド

21/3/25(木) 6:00

 『天国と地獄 ~サイコな2人~』(TBS系)が終わってしまった。様々な考察が飛び交い、多くの視聴者が散りばめられたヒントを元に謎解きに夢中になったドラマであった。随分と惑わされてしまったが、最後に残ったのは、不条理で理不尽なことばかりの現代に投じる、真っ直ぐな願いと、高橋一生と綾瀬はるかが演じる日高と彩子の、「もう一人の自分」への深い愛の物語だった。

 脚本は、これまで『白夜行』『JIN‐仁‐』(共にTBS系)などで綾瀬と、そして大河ドラマ『おんな城主 直虎』(NHK総合)で高橋と組んできた森下佳子である。

 さて、少し暴論をお許しいただきたい。第9話、第10話を観ていて『おんな城主 直虎』で高橋一生が演じた小野但馬守政次を思い起こさずにはいられなかった人は少なからずいたのではないだろうか。政次は、主人公・直虎(柴咲コウ)はじめ井伊谷の人々を守るために、やってもいない罪を被り、死罪になる。彼の思いを汲んだ直虎は、共に地獄に落ちる決心をし「地獄へ落ちろ、小野但馬」と言いながら、自ら槍を彼の身体に突き立てたのだった。

 彩子(in日高)は第4話において「この際、2人仲良く地獄行きと行きましょうよ。それがあるべき世の姿なんだから」と日高に投げかける。それに対し、第9話においては日高が「捕まるならあなたがよかった。何も2人して地獄に行くことはない」と彩子に投げかけ手錠をかけられる。

 その後、月明かりに照らされた留置場の中の日高は、『おんな城主 直虎』における牢の中の政次そのものであるし、彩子の懸命な説得を、穏やかに拒み、全てを自分の罪として受け入れ、死刑台行きが決まる書類にサインする日高もまた、やってもいない罪を受け入れる政次と重なった。被害者感情、警察の面子諸々を考慮して、日高の自白に乗じ、冤罪を作り上げようとする警察組織の不穏な流れのポジションを担うのは、『直虎』で言えば、橋本じゅんが演じた近藤康用らだろうか。それらに抗うように、靴を捨てて階段を一気に駆けあがる彩子の笑顔は、まるで日高と入れ替わっていた時、“人を殺した・殺すのではないか”と視聴者に思わせていた時の彼女のような、過度に上気した顔だ。

 ここまでは同じだった。だが彩子並びに森下佳子は、日高に政次と同じ道を選ばせなかった。日高が一人地獄に行くのを彩子が見送るのでも、共に地獄に落ちるのでもなく、この理不尽なことばかり許される、当たり前のことが成り立たない、地獄でもないけれど天国でもないこの世界を、共に生き続ける道を選ばせたのである。この秘められた「政次アナザーエンディング」はまるで、森下佳子がコロナ禍という先行き不透明な現代を生きる私たちに贈る「希望」だ。

 是枝裕和監督の『万引き家族』がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した時、審査委員長のケイト・ブランシェットが「インビジブルピープル(見えない人々)」という言葉を使ってその年の映画祭の作品群を総括した。『万引き家族』もまた「見えない/見ないふりをされている家族」の物語だった。昨年放送された『MIU404』(TBS系)において脚本の野木亜紀子が光を当てたのも「Not found(存在しない)」とされた人々の物語だ。『天国と地獄』もまた、「そんな人はいないよ」という「クウシュウゴウ(∅)」を名乗る東朔也(迫田孝也)を通して「インビジブルピープル」を描いた。

 一連の事件は、「たった15分先に生まれただけで」運命が天と地ほどに変わってしまった、日高と生き別れの兄弟である東によるものだった。東は、ただ真っ当に生きていただけなのに悉く社会から弾かれ、奪われ続けた人生の末に、死を前に「この世の掃除」をしていこうと、自分から何かを奪った人々を一人ずつ殺していった。

 そんな彼に対し、「新月(「朔也」の朔は「新月」の意味を持つ)は見えない時もあるけれどずっとそこにあるから、いるのにいない、なんてない」と感じる彩子。そして、生きている東と対面することは叶わなかった河原(北村一輝)が、東の犯罪から聞こえる、「立場の弱い人間がいかにたやすく奪われ続けるか」という「声」を掬い上げ、代弁し、守り抜くのもまた、大きな救いであった。

 日高は一貫して彩子を「元の生活のままの状態」に戻してやりたかったのだろう。陸(柄本佑)が彩子の部屋にいて、彩子は変わらず刑事を続ける。それが「あるべき姿」だと思っていた。だが、互いを思いあう日高と彩子の2人を目の当たりにした陸は、「いつかは破れる運命」のサンドバックに自らを例え(第5話)、去っていく。彩子は警察学校に異動になり、それは予想以上に彼女の肌に合っていた。それもまた、「あるべき姿」だったのである。

 彩子が探し回っていた「シヤカナローの花」はずっと傍にあった。凶器となった「呪いの石」の底に。「呪いの石」は「お守りの石」であり、日高と東、2人の母(徳永えり)の願いが籠もった石だった。

 本作は運命に翻弄される人々の物語だ。謎を解く鍵はどこにあるのか、「あるべき姿」とは何かを模索し続ける人々の物語。神様の気まぐれか、はたまた母の願いか、「入れ替わり」に翻弄された日高、彩子、東という3人の「サイコパス(共感性の欠如という意味で本作では使われていた)」は、自分以外の世界を知った。自分と同じぐらい大切な他人を知った。まるで自分のことのように、自分のことを思っている他人の存在を知った。それだけで世界は簡単に変わる。変えられる。

 想像すること、変化を受け入れることもまた、「あるべき姿」を見つけるための一つの手段だ。これは、この混沌とした「今」を生きるための大きなヒントなのである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
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■放送情報
日曜劇場『天国と地獄 ~サイコな2人~』
Paraviにて全話配信中
出演:綾瀬はるか、高橋一生、柄本佑、溝端淳平、中村ゆり、迫田孝也、林泰文、野間口徹、吉見一豊、馬場徹、谷恭輔、岸井ゆきの、木場勝己、北村一輝
脚本:森下佳子
編成・プロデュース:渡瀬暁彦
プロデュース:中島啓介
演出:平川雄一朗、青山貴洋、松木彩
製作著作:TBS
(c)TBS

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