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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

小津安二郎監督『麦秋』の話から、永井荷風と『濹東綺譚』、隅田川にかかる橋…、最後は葛飾柴又、山田洋次監督につながりました。

隔週連載

第40回

19/12/24(火)

 『麦秋』で原節子はひとり、夜の台所で茶漬けを食べた。
 美女が茶漬けを食べる。
 それで思い出すのは、豊田四郎監督の昭和三十五年の作品『濹東綺譚』。原作は言うまでもなく永井荷風。前年の昭和三十四年に七十九歳で死去した荷風を追悼して作られた。
 玉の井の私娼、お雪を演じるのは山本富士子。東京の場末の町に住む娼婦にしては美し過ぎるとの評もあったが、山本富士子は豊田監督の「お雪はね、泥沼に咲く蓮の花なんだよ」のひと言に納得してお雪を演じたという。
 原作と映画は大きく違うところがある。
 原作では、お雪の相手をするのは作者の荷風自身を思わせる「わたくし」だが、映画では「わたくし」が書こうとしている「失踪」という小説の主人公、種田順平という中学校の教師に置き換えられている。演じているのは芥川比呂志。
 玉の井でこの中学校教師がお雪に出会う。はじめてお雪の家へ上がった日、お雪は、寝間に入る前に、食事をする。それが簡単な茶漬け。長火鉢の前に座って、その様子を見ていた芥川比呂志演じる中学校教師が、お雪を愛らしく思ったのだろう、熱い茶を改めてご飯のうえにかけてやる。
 そんなことをする客は少ないらしく、山本富士子演じるお雪は「あら、あなた、親切ねえ」と喜ぶ。ちょっとした夫婦のような雰囲気が生まれている。二人の仲は、茶漬けから始まった。

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